中世イスラーム世界で、三角法を飛躍的に発展させた偉大な数学者、アブール・ワファ。
彼の最も重要な功績は、三角関数を体系化し、現代数学につながる基礎を築いたことでした。
それまで個別に扱われていた三角法の概念を整理し、6種類の三角関数の関係性を明らかにしました。
また、さらには加法定理や正弦定理といった重要な公式を証明したり、単位円の有用性を後世に認識させています。
この記事では、アブール・ワファの生涯と功績、そして彼にまつわる興味深いエピソードについて、数学史の先生Fukusukeが中学生・高校生にも分かりやすく解説します!
この記事を読めば、アブール・ワファが三角法の歴史においていかに重要な人物であったかがわかります。
| 時代 | 10世紀 |
| 場所 | バグダード(現イラク) |
アブール・ワファの生涯
アブール・ワファ(Abū’l-Wafā , 940年 – 998年)は、10世紀にバグダードで活躍した、ペルシャ出身の数学者・天文学者です。

(出典:See page for author, Public domain, via Wikimedia Commons)
アブール・ワファの年譜
アブール・ワファの生涯は、以下の通りです。
| 年代 | 出来事 | 補足 |
|---|---|---|
| 940年 | ペルシャのブーズガーン(現イラン東部)で生まれる。 | 叔父から数学を学ぶ。 |
| 959年 | バグダードへ移住する。 | 当時の学問の中心地で、多くの学者と交流する。 |
| 959年~998年 | ブワイフ朝の宮廷に仕える。 | カリフ(指導者)の庇護のもと、数学や天文学の研究に没頭する。 |
| 988年 | バグダードに天文台を建設する。 | 観測器具「壁掛け四分儀」の製作にも関わる。 |
| 998年 | バグダードで没する。 | 彼の著作は、後のイスラーム世界や”近世以降の”ヨーロッパの数学に大きな影響を与えた。 |
アブール・ワファの活動場所
アブール・ワファは現在のイランに位置するブーズガーンで生まれました。
叔父から数学を学んだワファは、当時の学問の中心地であるバグダードに移住。
ワファの時代のバグダードはアッバース朝の衰退後にブワイフ朝が支配していましたが、依然としてイスラーム世界の学術・文化の中心地であり、「知恵の館」に代表されるように世界中から学者が集まる国際都市でした。
アブール・ワファは、このような恵まれた環境で、アル・ビールーニーなどの偉大な学者たちと協力しながら、研究を進めることができたのです。
アブール・ワファの功績:三角関数を発展させた
アブール・ワファの最大の功績は、なんといっても三角法を一つの独立した数学分野として確立したことです。
彼は、インドやギリシャから伝わった知識を整理・発展させ、現代の三角関数の基礎を築きました。
6種類の三角関数の関係を述べた
ヒッパルコスが定義したchord($~\sin{}~$の前身)に始まる三角関数。
イスラームが数学史で台頭する8世紀以前は、アーリヤバタの時代に使われていた$~\sin{}~,~\cos{}~$しかありませんでした。
しかし、9世紀のイスラームにおいて、合計6種類の三角関数が登場しています。
6種類の三角比、正弦(sine, サイン)、余弦(cosine, コサイン)、正接(tangent, タンジェント)、余割(cosecant, コセカント)、正割(secant, セカント)、余接(cotangent, コタンジェント)を次のように定義する。

\begin{align*}
\sin{A}&=\frac{a}{c}~,~\cos{A}=\frac{b}{c}~,~\tan{A}=\frac{a}{b} \\
\\
\csc{A}&=\frac{c}{a}~,~\sec{A}=\frac{c}{b}~,~\cot{A}=\frac{b}{a}
\end{align*}アブール・ワファは、6つの三角関数の関係性について言及しました。
プトレマイオスの時代から知られている加法定理や2倍角の公式のような$~\sin{}~$と$~\cos{}~$のみが出てくるものに加え、以下のような関係式を著書である『アルマゲスト天文表』の中で紹介しています。
\begin{align*}
\tan{A}&=\frac{\sin{A}}{\cos{A}} \\
\\
\cot{A}&=\frac{\cos{A}}{\sin{A}}=\frac{1}{\tan{A}} \\
\\
\sec{A}&=\frac{1}{\cos{A}} \\
\\
\csc{A}&=\frac{1}{\sin{A}}
\end{align*}これらの関係式を駆使し、正弦表を$~0.25^{\circ}~$間隔で小数第6位程度まで作成したり、正接表の作成にも携わったりと三角関数の値の精緻化に貢献したのです。
単位円を使った
現在の高校数学では、三角関数を使うときに単位円を用います。
三角関数で単位円を使うという文化を生み出したのが、アブール・ワファです。
彼は、正弦、余弦、正接を半径$~1~$の円で考えました。
下の図の半径$~1~$の円(単位円)において、三角関数は次のように表すことができる。
\begin{align*}
\sin{\theta}&=y~,~\cos{\theta}=x~,~\tan{\theta}=\frac{y}{x} \\
\\
\csc{\theta}&=\frac{1}{y}~,~\sec{\theta}=\frac{1}{x}~,~\cot{\theta}=\frac{y}{x}
\end{align*}
球面三角形を考えるうえでは、鈍角や180°以上の角をも考える必要があり、単位円の使用によって、その流れを自然に行うことができました。
これらの功績から、現代的な三角関数を初めて計算したのはアブール・ワファと言われています。
加法定理を証明した
三角関数の中でも特に重要な公式の一つが加法定理です。
\sin(α + β) = \sin α \cos β + \cos α \sin β \\ \sin(α - β) = \sin α \cos β - \cos α \sin β
アブール・ワファは、『アルマゲスト天文表』の中で、加法定理を以下のように説明しています。
二つの弧の和と差の正弦の計算をそれぞれが分かっているときに行う。
(中略)
それぞれの正弦に他方の余弦を掛けて,そして二つの弧の和の正弦を求めるときは二つの積を加えるが,差の正弦を求めるときは差をとる。『中世イスラーム数学史』p189より
「それぞれの正弦($~\sin{\alpha}~,~\sin{\beta}~$)に他方の余弦($~\cos{\beta}~,~\cos{\alpha}~$)をかける」という簡潔な表現を用いています。
そして、アブール・ワファはプトレマイオスの方法とは異なる方法で加法定理を証明しました。
半径$~1~$の円$~O~$の円周上に$~A, B, C~$をとる。
$~OA, OB, OC~$を結び、$~B~$から$~OA, OC~$に向けた垂線の足を$~H, I~$とし、直線$~BH~$,$~BI~$と円$~O~$の交点を$~D, E~$とする。

このとき、$~H, I~$は$~BD, BE~$の中点であるため、中点連結定理から、
HI = \frac{1}{2}DE \cdots ①がわかる。
$~DE~$は$~\overset{\frown}{DBE}~$の弦の長さで、
DE = 2\sin \frac{1}{2}\overset{\frown}{DBE} \cdots ②である。(理由は後述※)
また、円周上の位置関係から、
\begin{align*}
\overset{\frown}{DBE} &= \overset{\frown}{DA} + \overset{\frown}{AB} + \overset{\frown}{BC} + \overset{\frown}{CE} \\
&= 2\overset{\frown}{AB} + 2\overset{\frown}{BC} \\
&= 2\overset{\frown}{AC} \cdots ③
\end{align*}なので、$~①〜③~$より、
\begin{align*}
HI &= \frac{1}{2} \cdot 2\sin\left(\frac{1}{2} \cdot 2 \overset{\frown}{AC}\right)\\
HI &= \sin \overset{\frown}{AC} \cdots ④
\end{align*}が求められる。
次に4点$~O, H, B, I~$について考える。
$~\angle OHB = \angle OIB = 90°~$より、$~O, H, B, I~$は$~OB~$を直径とする円周上にある。

$~B~$から$~IH~$への垂線の足を$~J~$とする。
小さい円において、$~\overset{\frown}{BH}~$に対する円周角から
\angle BOH = \angle BIJ
である。
また、
\angle BHO = \angle BJI = 90°
なので、二角相等から、
\triangle BIJ \text{∽} \triangle BOHという関係がある。

対応する辺の比と$~BO = 1~$であることから、
\begin{align*}
BI : BO &= IJ : OH\\
BO \cdot IJ &= BI \cdot OH\\
IJ &= BI \cdot OH \cdots ⑤
\end{align*}であり、ここで、$~\triangle BOI~$と$~\triangle BOH~$は、斜辺$~1~$の直角三角形であることから、
\begin{align*}
BI &= BO \sin{\overset{\frown}{BC}}= \sin \overset{\frown}{BC}\\
OH &= BO \cos{\overset{\frown}{AB}}= \cos \overset{\frown}{AB}
\end{align*}となる。
これらを$~⑤~$に代入して、
IJ = \cos \overset{\frown}{AB} \cdot \sin \overset{\frown}{BC} \cdots ⑥が求められた。
同様に、小さい円における$~\overset{\frown}{BI}~$に対する円周角から、
\angle BHJ = \angle BOI
また、
\angle BJH = \angle BIO = 90°
なので、二角相等から、
\triangle BHJ \text{∽} \triangle BOI
ワファによる加法定理の証明4
対応する辺の比と、$~BO = 1~$であることから、
\begin{align*}
BH : BO &= HJ : OI\\
BO \cdot HJ &= BH \cdot OI\\
HJ &= BH \cdot OI \cdots ⑦
\end{align*}であり、ここで、$~\triangle BOI~$と$~\triangle BOH~$は斜辺$~1~$の直角三角形であることから、
\begin{align*}
OI &= BO \cos \overset{\frown}{BC} = \cos \overset{\frown}{BC}\\
BH &= BO \sin \overset{\frown}{AB} = \sin \overset{\frown}{AB}
\end{align*}となる。
これらを$~⑦~$に代入して、
HJ = \sin \overset{\frown}{AB} \cdot \cos \overset{\frown}{BC} \cdots ⑧が求められた。
$~④,⑥,⑧~$より、
\begin{align*}
\sin \overset{\frown}{AC} &= HI \\
&= HJ + IJ \\
&= \sin \overset{\frown}{AB} \cos \overset{\frown}{BC} + \cos \overset{\frown}{AB} \sin \overset{\frown}{BC}
\end{align*}なので、加法定理が示された。$~\blacksquare~$
$~O, H, B, I~$が同一円周上にあるということを巧みに使った見事な証明でした。
証明中の$②$では、ヒッパルコスの定義したchordに基づく考え方により、以下のように式を作っています。
※$~\overset{\frown}{AB}~$の中心角が$~\theta~$のとき、下の図のように、弦$~AB = 2\sin\frac{\theta}{2}~$となる。


球面三角形の正弦定理を証明した
アブール・ワファは天文学の研究に不可欠な球面三角法においても大きな足跡を残しています。
メネラウスが『球面幾何学』の中で述べた球面上の三角形に関して、アブール・ワファは以下の正弦定理を証明しました。
球面三角形$~ABC~$において、
\frac{\sin a}{\sin A} = \frac{\sin b}{\sin B} = \frac{\sin c}{\sin C}が成り立つ。

平面三角形における正弦定理と異なり、分子にも$~\sin{}~$がついているのがわかるでしょう。
この定理の発見は、天体の位置を正確に計算したり、地球上の任意の地点からメッカの方向(キブラ)を求めたりする上で、非常に重要な役割を果たしました。

(AIによるイメージ)
ムスリムにとって大切なお祈りが、ワファの発見によって正確に行えるようになったのです。
アブール・ワファのエピソード:プトレマイオスに勝って負けた
アブール・ワファの功績を語る上で欠かせないのが、古代ギリシャの偉大な天文学者プトレマイオスとの関係です。
アブール・ワファは時代が進んだ分、プトレマイオスよりも三角法を発展させたものの、後世での影響力ではプトレマイオスに劣っていました。
| 比較項目 | プトレマイオス | アブール・ワファ |
|---|---|---|
| 時代と地域 | 2世紀頃 ローマ帝国領エジプト(アレクサンドリア) | 10世紀 ブワイフ朝(バグダード) |
| 主要な著作 | 『アルマゲスト』 | 『アルマゲスト天文表』 |
| 主要な功績 | 天文学の集大成『アルマゲスト』の中で、天体計算の道具として三角法を体系的に利用した 。 | 三角関数の概念を導入・体系化し、三角法を数学の一分野として発展させた 。 |
| 使用した三角関数 | 弦 (chord) を主に用いた。 現代の正弦 (sin) に相当する。 | 正弦 (sin)、余弦 (cos) を体系的に使用し、正接 (tan)、余接 (cot)、正割 (sec)、余割 (csc) についても利用した。 |
| 作成した数表 | 『アルマゲスト』に弦の表を収録。0.5°刻みで、小数第6位程度に相当する精度を持っていた 。 | 15分(0.25°)刻みの高精度な正弦表および正接表を作成。正弦表の精度は小数第6位程度に達したとされる。 |
| 発見・導入した定理 | トレミーの定理を用いて、三角関数の加法定理に相当する関係式を導出し、数表作成に応用した。 | プトレマイオスとは別の方法で、三角関数の加法定理を導出した。 また、球面三角法における正弦定理を明確な形で示した最初の人物で、メッカの方向を求めるために応用された。 |
| 後世への影響 | 『アルマゲスト』は、その後1400年以上にわたり天文学の最も権威ある教科書とされ、イスラム世界やヨーロッパの科学に絶大な影響を与えた。 | 彼の著作と三角法の改良は、イスラム世界の数学・天文学を大きく前進させ、のちのナスィールッディーン・トゥースィーらによる三角法の体系化に影響を与えた。 |
上記の表からも分かる通り、アブール・ワファは数学的な内容ではプトレマイオスに「勝った」ものの、歴史的な影響力では「負けた」と捉えることができるでしょう。

まとめ
この記事では、中世イスラームで三角関数を大いに発展させた数学者アブール・ワファについて解説しました。
- 6種類の三角関数($~\sin,\cos,\tan,\sec,\csc,\cot~$)の関係性を示し、正弦表や正接表を作成した。
- 正弦の加法定理を証明した
- 球面三角法における正弦定理を証明した
- プトレマイオスよりも三角関数を発展させたが、後世への影響力では及ばなかった

なんでプトレマイオスのほうが影響力が大きかったの?



教科書となっていたこと、ワファの功績も『アルマゲスト』が土台になっていたこと、ワファの本は中世ヨーロッパで翻訳されなかったことなどが要因とされているよ。
このブログの参考文献
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- 『カッツ 数学の歴史』
- 『メルツバッハ&ボイヤー数学の歴史(Ⅰ・Ⅱ)』
- 『数学の流れ30講(上・中・下)』
- 『数学の歴史物語』
- 『フィボナッチの兎』
- 『高校数学史演習』
- 『数学の世界史』
- 『数学の文化史』
- 『モノグラフ 数学史』
- 『数学史 数学5000年の歩み』
- 『数学物語』
- 『世界数学者事典』
- 『数学者図鑑』
- 『数学を切りひらいた人々(1~5)』
- 『天才なのに変態で愛しい数学者たちについて』
- 『素顔の数学者たち』
- 『数学スキャンダル』
- 『ギリシャ数学史』
- 『古代ギリシャの数理哲学への旅』
- 『ずかん 数字』
- 『πとeの話』
- 『代数学の歴史』
- 『幾何学の偉大なものがたり』
- 『アキレスと亀』
- 『ピタゴラスの定理100の証明法』
- 『ピタゴラスの定理』
- 『フェルマーの最終定理』
- 『哲学的な何か, あと数学とか』
- 『数と記号のふしぎ』
- 『身近な数学の記号たち』
- 『数学用語と記号ものがたり』
- 『納得する数学記号』
- 『図解教養事典 数学』
- 『イラストでサクッと理解 世界を変えた数学史図鑑』(拙著)
- 『教養としての数学史』(拙著)


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