俊足のアキレスがいつまで経っても前を歩く鈍足の亀に追いつけない?
常識的に考えれば、そんなことはあり得ないでしょう。
しかし、古代ギリシャの哲学者ゼノンは、
- アキレスが亀に追いつこうとすれば、その間に亀は先に進む。
- アキレスが進んだ場所からまた亀に追いつこうとすれば、その間に亀はさらに先に進む。
という考えから、アキレスは永遠に亀には追いつけないと主張しました。
この記事では、アキレスと亀のパラドックスをわかりやすく解説すると共に、パラドックスの論破方法を解説!
当時のギリシャでは解決することができなかった問題も、現在の無限の概念で論破できます。
アキレスと亀のパラドックスとは?
「アキレスと亀」は、紀元前5世紀頃の古代ギリシャで提起されたパラドックスです。
パラドックスの意味は「矛盾」であり、ギリシャ語の “para”(別々の、交わらない)と “doxa”(考え)を合わせて作られた言葉です。
このパラドックスを提起したのはゼノン
アキレスと亀のパラドックスの内容に入る前に、まずは歴史から。
紀元前5世紀頃、ミレトス学派の「万物は○○である」という考え方に対して、ゼノン(Zeno, B.C.490頃-B.C.430頃)をはじめとするエレア派はパラドックスを提起しました。
ゼノンは現存するだけでも9個のパラドックスを考えており、その中で一番有名なのが「アキレスと亀」です。
このパラドックスの目的は、ミレトス学派の「空間と時間はそれぞれ点と瞬間からなっている」という考え方を否定することでした。
足の速い者が足の遅い者に追いつけないパラドックス
アリストテレス(Aristotle , B.C.384 – B.C.322) の『自然学』に載っている、「アキレスと亀」の元祖は次のような表現となっています。
走ることの最も遅いものですら最も速いものによって決して追い着かれないであろう。なぜなら、追うものは、追い着く以前に、逃げるものが走り始めた点に着かなければならず、したがって、より遅いものは常にいくらかずつ先んじていなければならないからである。
この表現だとわかりづらいため、後世の人々が「アキレス」と「亀」という具体物を使って以下のように表現しなおしました。
俊足のアキレスとゆっくり進む亀がいる。
亀がアキレスよりも前方にいるとき、アキレスは亀に追いつくことができない。
なぜなら、アキレスが亀のいた位置に追いつくときには、亀はまた前方に進んでしまっている。
これを繰り返していくため、アキレスはいつまで経っても亀に追いつくことはできない。
ちなみに、「アキレス」はギリシャ神話の英雄の名で、古代ギリシャの詩人ホメロス(Homer, B.C.8世紀頃)の主著『イリアス』の中では「駿足のアキレス」と形容されるほどの人物です。
ただ、ゼノンの考え方に基づくと、アキレスはカメに追いつけないような気がしてきます。
秒速10mのアキレスが、秒速1mの亀に追いつけない
アキレスと亀のパラドックス を具体的な数値で考えてみましょう。
アキレスの進む速さを秒速10mとする。カメの進む速さを秒速1mとする。
また、亀はアキレスの前方10mにいるとする。
①1秒後
アキレスは10m進み、亀は1m進むので11mの位置にいる。
②さらに0.1秒後
①の状態から、アキレスは1m進み、亀は0.1m進む。
※図3,図4は縮尺を変えて描いています。
③さらに0.01秒後
②の状態から、アキレスは0.1m進み、亀は0.01m進む。
よって、アキレスはいつまで経って亀に追いつくことはできない?
ゼノンはこのパラドックスを通して、ミレトス学派の考えを以下のように背理法で否定しました。
ミレトス学派の「空間と時間はそれぞれ点と瞬間からなっている」と仮定する。
→亀のいた位置(点)は無限にあり、その無限個の点をアキレスが有限の時間(瞬間)で到達しきることは不可能である。
→ミレトス学派の主張は間違っている
二分法のパラドックスと同様の視点でパラドックスが主張されているのがわかります。
ミレトス学派は、これらのゼノンのパラドックスに反論できませんでした。
パラドックスの論破方法は?
ゼノンのパラドックスによって、無限を恐れた数学界。
アキレスと亀のパラドックスが数学的に解決されたのは、パラドックスの誕生から2000年以上経った17世紀でした。
微分積分学を筆頭に、無限という概念が数学界で研究されたことでゼノンの考えを論破することが可能になりました。
無限等比級数の和で論破できる
アキレスと亀のパラドックスを通して、ゼノンが主張したのは
カメのいた位置(点)は無限にあり、その無限個の点をアキレスが有限の時間(瞬間)で到達しきることは不可能
ということでした。
しかし、アキレスが走った時間は同じ無限でも、収束する無限だったのです。
アキレスと亀の具体的数値例の設定のまま、無限等比級数を使って考えてみましょう。
アキレスは亀に追いつくまでに
1+0.1+0.01+0.001+\cdots (秒)
走ることになる。
これは初項 $~a=1~$、公比$~ r=0.1~$の無限等比数列の和であるため、$~-1 \le r \le r~$より収束し、
\begin{align*} 1+0.1+0.01+0.001+\cdots &= \frac{1}{1-0.1} \\ \\ &=\frac{1}{0.9} \\ \\ &=\frac{10}{9} ~~(秒)\\ \end{align*}
と有限の時間(約1.111秒)であることがわかる。
古代ギリシャの世界においては、無限に数をたしたら無限に大きくなるという考えだったため、常識的にはあり得ないとわかっていながらも、アキレスと亀のパラドックスに反論することができなかったのです。
方程式でも論破できる
実は、無限に頼らなくても、アキレスと亀のパラドックスを論破することは可能です。
アキレスと亀の具体的数値例において、方程式を立てたとしても$~\displaystyle \frac{10}{9}~$秒という値が出てきます。
アキレスと亀が進んだ時間を$~x~$秒とすると、次のような方程式を立てることができる。
10x=10+x
これを解くことで、
\begin{align*} 9x &= 10 \\ \\ x &=\frac{10}{9} ~~(秒)\\ \end{align*}
で追いつく(同じ位置にいる)ことがわかる。
中学1年生の方程式でもよくあるタイプの問題でした。
$~x~$を設定するときに、「アキレスが亀に追いつくまでの時間を$~x~$秒とする」などとしてしまうと、循環論法となってしまうので前提に注意してください。
まとめ:無限に数を足しても、無限大になるとは限らない
アキレスと亀のパラドックスは、ゼノンの他のパラドックスと同様、無限の扱いの難しさを示しています。
- 運動の連続性を主張するミレトス派に対し、エレア派のゼノンが提示したパラドックスの1種。
- 無限に数をたしても、無限大になるとは限らないところがパラドックスのミソ。
- 17世紀以降、無限等比級数の収束性により、パラドックスの論破が可能となった。
ちなみに、アキレスとの距離が近くなるほど、カメの速さがアキレスの速さに近づくことを考えると、実は追いつけないんだ。
その場合の時間は調和級数になって、発散するよ。
カメがアキレスの速さに近づくという設定に無理があるにゃ。
参考文献
- 『カッツ 数学の歴史』,pp.68-69.
- 『メルツバッハ&ボイヤー数学の歴史Ⅰー数学の萌芽から17世紀前期までー』,pp.71-74.
- 『数学の流れ30講(上)ー16世紀までー』,pp.28-31.
- 『数学の歴史物語』,pp.46-47.
- 『世界数学者事典』,pp.252-253.
- 『ギリシャ数学史』,pp.154-155.
- 『アキレスとカメーパラドックスの考察ー』
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