生徒が苦手意識を持ちやすい教科である数学。
そういった生徒たちの関心意欲を高めるために、生徒が主体的に取り組める数学的活動を授業の中で入れることが望ましいものの、
- 数学的活動は授業準備に時間がかかる(教員が忙しすぎる)
- カリキュラムの進行上、授業時数的に数学的活動をする余裕がない
といった理由から、例題→問題演習→例題→問題演習→‥‥となってしまいがちです。
しかし、そういった縛りの中でも、授業内に小ネタを挟むことで生徒の興味を惹き、数学が楽しいと思えるような授業を手軽に展開することができます。
この記事では、1回の授業の中で「1へぇー&1笑い」を実践し続けている現役数学教員が、中1の単元「方程式」で使っている数学ネタを紹介!
準備不要で5分後の授業からでも使えます!!
「方程」って何?
「方程式」という言葉は、古代中国の数学書『九章算術』の8巻のタイトル「方程」に由来します。
「方程」と名付けられた理由にはいくつかの説があります。
- 「方」は正方形を、「程」は測ることを意味し、元々は正方形の一辺の長さを求めることを指した
- 「方程」は格子状に数を並べることを指した
上の説の理由は、漢字の意味に由来しています。
下の説の理由の根拠となるのは『九章算術』の8巻「方程」の解法。
この巻の第1問では、以下のような連立方程式の問題となっており、これを行列の考え方を使って数を並べて解きました。
今、上禾※1が$~3~$束、中禾が$~2~$束、下禾が$~1~$束で実が$~39~$斗※2になり、上禾が$~2~$束、中禾が$~3~$束、下禾が$~1~$束で実が$~34~$斗になり、上禾が$~1~$束、中禾が$~2~$束、下禾が$~3~$束で実が$~26~$斗になる。
上禾・中禾・下禾の$~1~$束あたりの実は、それぞれいくらになるか。
※1「禾」は粟物の総称で、上禾は入っている実が多く、下禾は実が少ない。
※2「斗」は尺貫法における体積の単位。1斗は約18L。
なぜ「答え」ではなく「解」?
方程式を解いた結果を「答え」ではなく「解」と呼ぶのには理由があります。
『広辞苑』によれば、それぞれの言葉は以下のような意味合いを持っています。
- 「答え」は問題を解いた結果。
- 「解」は方程式を満たす未知数のとるべき値。
「解」は単なる「答え」以上の意味を持っており、数学的な思考や操作の結果を表しているのです。
なぜ未知数は a ではなく x を使う?
未知数として$~x~$を使う習慣は、17世紀のフランスの数学者ルネ・デカルト(René Descartes , 1596~1650)に由来します。
デカルトは、既知数をアルファベットの始めの方($~a~,~b~,~c~$)で表し、未知数をアルファベットの終わりの方($~x~,~y~,~z~$)で表すことを提案しました。
それまでもフランスのフランソワ・ヴィエトが既知数を子音($~b~,~c~,~d~,~f~,\cdots~$)で、未知数を母音($~a~,~e~,~i~,\cdots~$)で表していたものの、デカルトの影響力により、彼の記法が定着しました。
また、当時の印刷技術である活版印刷では、アルファベットのスタンプを原稿どおりに並べてインクを付けて字を印刷していました。
日常的に使う単語の中で「x」が入っているものは少なく、「x」のスタンプが擦り減らずに余っていたため、印刷会社としても万々歳でデカルトの記法を受け入れています。
1637年の『方法序説』の影響力が強く、僕の記法が定着したよ。
昔は未知数を何で表した?
未知数を特定の文字で表すという文化は、紀元前からありました。
各時代、各地域でいろいろな特色はありますが、その一例を見てみましょう。
文字 | 年代 | 場所 | 説明 |
アハ | 紀元前1650年頃 | エジプト | 「量」を意味する言葉が「アハ」。方程式の問題は「アハ問題」と呼ばれていた。 |
ς | 3世紀頃 | エジプト(ローマ) | ディオファントスが、数を表す「αριθμος」の最後の文字を使用した。 |
cosa | 1495年 | イタリア | 「何」を表すイタリア語が「cosa」。 イタリアのルカ・パチョーリが記号代数のブームに合わせて使用した。 |
coss | 1525年 | ドイツ | cosaに由来する言葉。 ドイツのクリストフ・ルドルフが使用した。 |
甲 | 17世紀 後半 | 日本 | 関孝和が$~x~,~y~,~z~,~w~$にあたる文字を「甲・乙・丙・丁」で表した。 |
これだけいろいろな表現があった未知数が、現在ではデカルトの記法にほぼ統一されています。
等式の性質はなぜ成り立つ?
方程式を解くとき、移項よりも前に登場するのが等式の性質。
天秤のイメージで説明するのがわかりやすいですが、数学的な厳密さを追究した場合、ユークリッドの『原論』にまで遡ります。
等しいものから等しいものを加えた和は互いに等しい。
等しいものから等しいものを引いた差は互いに等しい。
加法と減法の等式の性質は、これらの公理から明らかです。
乗法については、加法の繰り返しとして捉えれば 公理2 より示すことができます。
3\times4=\underbrace{3+3+3+3}_{3を4個たす}
除法については、乗法に直すことができるため、こちらも示せたことになります。
12 \div 4= \underbrace{12 \times \frac{1}{4}}_{かけ算に直せる}
これを機会に、ユークリッドの『原論』の公理と公準から今の世界ができていることを伝えるのもアリかと思います。
分数型のステルスカッコとは?
方程式の解法に限らず、生徒たちが苦手とするのは分数が含まれる式の処理。
特に次のような分数の方程式は間違いが多い傾向にあります。
次の方程式を解きなさい。
\frac{x+3}{3}-\frac{x-5}{2}=1
この問題の解法における、よくある間違いは次のようなものです。
両辺を$~6~$倍することで、
\begin{align*} \cancel 6 ~^{\normalsize{2}} \times\frac{x+3}{\cancel{3}}-\cancel 6 ~^{\normalsize{3}} \times\frac{x-5}{\cancel{2}}&=6 \times 1 \\ 2x+3-3x-5&=6 \\ -x-2&=6 \\ -x&=8 \\ x&=-8~~~? \end{align*}
分数の形で表された方程式では、ステルスカッコ(隠れたカッコ)を強調しましょう!
ステルスカッコを見える形にすることで、分配法則を使わなければいけないことがわかり、計算ミスを防ぐことができます。
両辺を$~6~$倍することで、
\begin{align*} \cancel 6 ~^{\normalsize{2}} \times\frac{(x+3)}{\cancel{3}}-\cancel 6 ~^{\normalsize{3}} \times\frac{(x-5)}{\cancel{2}}&=6 \times 1 \\ 2(x+3)-3(x-5)&=6 \\ 2x+6-3x+15&=6 \\ -x&=-15 \\ x&=15 \end{align*}
間違いやすいところは印象的な言葉を使う。
汎用性の高い指導テクニックです。
復習で出したい文字式の計算
上のような問題を行ったときに合わせて紹介したいのが、次の文字式の計算。
次の分数を計算しなさい。
\frac{x+3}{3}-\frac{x-5}{2}
文字式の単元学習時にはできていたとしても、分数の方程式を解いた後は間違える生徒が続出します。
\begin{align*} &~~~\frac{x+3}{3}-\frac{x-5}{2} \\ \\ &=2(x+3)-3(x-5) \\ \\ &=2x+6-3x+15 \\ \\ &=-x+21~~~? \end{align*}
等式の性質が使えるのは、等式のときのみ!
通常の式と方程式の違いを理解させるいい問題となります。
ちなみに、納得感のある説明をするには、小学生のときに$~\displaystyle \frac{1}{2}+\frac{1}{3}~$計算するにあたって、
\frac{1}{2}+\frac{1}{3}=3+2=5
のように6倍したかどうかを尋ねるとよいでしょう。
方程式を使った有名問題
方程式の応用例として、ディオファントスの墓の問題を紹介するのも面白いです。
ディオファントスは一生の$~\displaystyle \frac{1}{6}~$を少年として、さらに一生の$~\displaystyle \frac{1}{12}~$を青年として過ごした。その後一生の$~\displaystyle \frac{1}{7}~$を過ぎて結婚し、$~5~$年後に息子ができた。その子は父の半分しか生きられず、ディオファントスより$~4~$年早く亡くなった。
ディオファントスは何歳のときに亡くなったか求めなさい。
ディオファントス(Diophantus , 3世紀頃)は3世紀の数学者で、未知数にアルファベット(当時はギリシャ文字 ς )を使い始めた人物です。
彼のような数学者がいなかったら、未だに方程式「$~x+3=5~$」は「$~量+3=5~$」のように言葉で式を表していたかもしれません。
エジプトの方程式の解法
紀元前のエジプトでは、方程式を次のような解き方をしていました。
アハとアハの$~\displaystyle \frac{1}{4}~$の和が$~15~$であるとき、アハの値を求めよ。
「アハ」を$~x~$とすると、
x+\frac{1}{4}x=15
と表せる。
$~x=4~$と仮定すると、方程式は
4+\frac{1}{4}\times 4=5 ~~~\cdots ①
となるので、右辺を$~15~$にするためには、$①$の両辺を$~15 \div 5=3~$倍すればよい。
したがって、
4 \times 3 +\frac{1}{4}\times 4 \times 3=15
なので、$~x=4\times 3~$、すなわち「アハ」は$~12~$とわかる。
等式の性質や移項などを使わず、解を仮定した上で比を使って解いており、現在の解き方と比較すると煩わしさを感じます。
長い歴史の中で数学が便利になっていることを感じさせられると同時に、思考力を伸ばすのにも役立つ例です。
まとめ&他分野の授業ネタ
方程式の歴史や言葉の由来、ミスしやすい問題など様々な角度から方程式にアプローチすることで、生徒たちの興味を引き出し、理解を深めることができます。
- 「方程」という言葉は、中国の数学書に由来する
- 「解」は「答え」の一種
- デカルトが未知数に$~x~$を使用した
- 紀元前から未知数は様々な文字や言葉で表されてきた
- 分数の方程式は、ステルスカッコを強調!
- 両辺に数をかけていいのは、等式のときだけ
- 文章題の応用として、ディオファントスの墓が使える
- 古代エジプトでは、等式の変形を使わずに方程式を解いていた
これらの小ネタを適切に活用することで、数学の授業がより魅力的になり、生徒たちの学習意欲を高めることができるでしょう。
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