クレタ人のパラドックス

 古代ギリシアの預言者エピメニデスが発言したと言われる「クレタ人のパラドックス」。「自己言及のパラドックス」として最も有名なこのパラドックスを解説していきます。
Ⅰ パラドックスの内容
Ⅱ このパラドックスの別バージョン
Ⅲ 同様のパラドックス


目次

Ⅰ パラドックスの内容

 まずはどのようなパラドックスなのかを見てみましょう。

クレタ人のパラドックス

「クレタ人はうそつきだと、クレタ人は言った」

 さて、この発言のおかしさに気づけますか? 少々考えてみてから、下にスクロールしてみてください。
  
 ちなみに、クレタ島は地中海に浮かぶギリシャの最大の島だそうです。↓↓

 
 では、パラドックスの中身をじっくり見ていきましょう。

解説

①この発言をしたクレタ人が正直者であった場合
 この発言をしたクレタ人が正直者(うそつきでない)ならば、「クレタ人はうそつき」という発言は本当のこととなる。

→しかし、この発言をした人もクレタ人であるため、うそつきであるということに矛盾する。

 
②この発言をしたクレタ人がうそつきであった場合
 この発言をしたクレタ人がうそつきならば、「クレタ人はうそつき」という発言はウソになり、「クレタ人はうそつきではない」ということにある。

→しかし、この発言をしたクレタ人はうそつきであることに矛盾する。

 
 よって、どちらの解釈をしたとしても矛盾(パラドックス)が生じる。

 頭がこんがらがってきますね。じっくり読んで考えてみてください。


Ⅱ このパラドックスの別バージョン

 実は、エピメニデスが残したクレタ人のパラドックスは1種類だけではなく、他の表され方もしています。

クレタ人のパラドックス2

クレタ人であるエピメニデスは言った。

「すべてのクレタ人はうそつきである」

 この場合だと、パラドックスとは言い切れない点が出てきます。

解説

①エピメニデスが正直者であった場合
 エピメニデスが正直者(うそつきでない)ならば、「すべてのクレタ人はうそつきである」という発言は本当のこととなる。

→しかし、この発言をした正直者のエピメデニスもクレタ人であるため、うそつきであるということに矛盾する。

 
②エピメニデスがうそつきであった場合
 エピメニデスがうそつきならば、「すべてのクレタ人はうそつきである」という発言はウソになり、あるクレタ人が存在し、そのクレタ人はうそつきではない」ということにある。

→エピメニデス以外にクレタ人が一人でもいれば、論理的には問題ない。

 
 よって、の解釈ならば、矛盾が生じない。(パラドックスではない)

 数Ⅰで学んだ「否定」です。「すべての〇〇は△△である」の否定は「ある〇〇が存在して、その〇〇は△△ではない」ということになるので、クレタ人がエピメニデス一人ならパラドックスとなりますが、クレタ人が2人以上ならパラドックスではなくなります。


Ⅲ 同様のパラドックス

 同じような系統のパラドックスを2つほど挙げておきます。Ⅰと同様の解釈になりますので、自分で頭が痛くならない程度に考えてみてください。

同様のパラドックス1

「私はうそつきである」

同様のパラドックス2

「この命題は偽である。」


 この記事を書いていて頭がこんがらがってきました(@_@。

   
 
 


◇参考文献等
・青柳碧人(2015)『浜村渚の計算ノート 3さつめ』,pp.29-30,新潮社.
・高橋昌一郎(2014『ニュートン別冊 絵解きパラドックス』,pp.46-47,ニュートンプレス.
・「Wikipedia エピメニデスのパラドックス」,<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%94%E3%83%A1%E3%83%8B%E3%83%87%E3%82%B9%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9 > 20187年12月15日アクセス

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • はじめまして。
    物理にも「ギブスのパラドックス」というのがあります。これを解消するために、
    ある人が「同じ種類の粒子は区別できない」という考えを提案しました。
    例えば2個の窒素分子は区別できないと現代物理学は考えています。
    その後、多くの研究者が、「区別できる」と考えてもギブスのパラドックスは起きないことを示しましたが、
    「区別できない」ということで既に話が進んでしまったので偉い学者さんたちは見直す必要はないと考えました。
    ところが、この「区別できない」という考え方がパラドックスを起こしてしまうことが判りました。
    まず、現代物理学の言う「区別できない」ことの意味についてお話ししたいと思います。
    2枚のコインを投げた時に現れる次の3つの組み合わせについて考えましょう。
    Ⅰ:2枚とも表。 Ⅱ:1枚が表、1枚が裏。 Ⅲ:2枚とも裏。
    ●区別できる2枚のコインAとBを投げたとき
    Ⅰ:(A表,B表)→場合の数1→確率1/4。
    Ⅱ:(A表,B裏),(A裏,B表)→場合の数2→確率1/2。
    Ⅲ:(A裏,B裏)→場合の数1→確率1/4。
    ●区別できない2枚のコインを投げたとき
    現代物理学は、区別できないのだから、コインを入れ換えてできる場合は同じ1つの場合だと考えています。
    そこで
    Ⅰ:(表,表)→場合の数1→確率1/3。
    Ⅱ:(表,裏)→場合の数1→確率1/3。
    Ⅲ:(裏,裏)→場合の数1→確率1/3。
    「えー、本当にそうなの?」と思われるのではないでしょうか。しかし、本当に物理学者たちはこう考えているんです。
    私も、「不思議だけどミクロの世界ではこうなるのかなあ?!」と思っていました。
    ところが、粒子の性質以前に、この「区別できない」という考え方自体が矛盾を引き起こしてしまいます。
    2個のコインを投げた時に現れる次の3つの組み合わせについて考えましょう。
    Ⅰ:2個とも偶数。 Ⅱ:1個が偶数,1個が奇数。 Ⅲ:2個とも奇数。
    ●区別できる2個のサイコロAとBを投げたとき
    Ⅰ:(A偶,B偶)→場合の数1→確率1/4。
    Ⅱ:(A偶,B奇),(A奇,B偶)→場合の数2→確率1/2。
    Ⅲ:(A奇,B奇)→場合の数1→確率1/4。
    具体的に数の組み合わせを見ても
    Ⅰ:(A2,B2),(A2,B4),(A2,B6),(A4,B2),(A4,B4),(A4,B6),(A6,B2),(A6,B4),(A6,B6)→場合の数9→確率1/4。
    Ⅱ:(A2,B1),(A2,B3),(A2,B5),(A4,B1),(A4,B3),(A4,B5),(A6,B1),(A6,B3),(A6,B5)
    (A1,B2),(A1,B4),(A1,B6),(A3,B2),(A3,B4),(A3,B6),(A5,B2),(A5,B4),(A5,B6)→場合の数18→確率1/2。
    Ⅲ:(A1,B1),(A1,B3),(A1,B5),(A3,B1),(A3,B3),(A3,B5),(A5,B1),(A5,B3),(A5,B5)→場合の数1→確率1/4。
    同じ結果になり合理的である。
    ●区別できる2個のサイコロAとBを投げたとき
    Ⅰ:(偶,偶)→場合の数1→確率1/3。
    Ⅱ:(偶,奇)→場合の数1→確率1/3。
    Ⅲ:(奇,奇)→場合の数1→確率1/3。
    ところが、具体的に数の組み合わせを見ると
    Ⅰ:(2,2),(2,4),(2,6),(4,4),(4,6),(6,6)→場合の数6→確率2/7。
    Ⅱ:(2,1),(2,3),(2,5),(4,1),(4,3),(4,5),(6,1),(6,3),(6,5)→場合の数9→確率3/7。
    Ⅲ:(1,1),(1,3),(1,5),(3,3),(3,5),(5,5)→場合の数6→確率2/7。
    と、同じ現象の確率にもかかわらず異なる値になってしまいます。これは不合理です。
    「区別できない」という考え方自体が矛盾を引き起こすことが判ります。

    長々と書いて申し訳ありません。パラドックスを解消しようとして導入した考えがパラドックスを
    作ってしまったというお話です。

    •  コメントありがとうございます。
       区別できるサイコロと区別できないサイコロの話、面白いですね。
       また1つ、新たなパラドックスを知ることができました!!

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