幾何学といえば「ユークリッド幾何学」を指すのが一般的であり、紀元前300年頃に『原論』の中で形作られました。
日常の感覚から公理と公準が作られ、それらの上で様々な幾何学的な性質が発見・証明されています。
本記事では、ユークリッド幾何学の基本的な公理と公準、そしてその中でも特に重要な「平行線公準」について詳しく解説!
数学史上、平行線公準が注目されてきた理由がわかります。
時代 | 紀元前300年頃~ |
場所 | アレクサンドリア→世界中 |
ユークリッド幾何学とは?
図形を扱う学問である幾何学。
その起源はエジプト文明で行われた測量に遡りますが、しっかりと構築されたのは紀元前300年頃のことです。
現実世界の現象に基づいた幾何学
ユークリッド幾何学を一言で言えば、
日常の感覚に沿った幾何学
です。
例として、公準4を見てみましょう。
すべての直角は互いに等しいこと。
直角が場所によって$~91^{\circ}~$だったり、$~88^{\circ}~$だったりすることはなく、この世界において直角と言われればどこでも$~90^{\circ}~$に等しくなります。
このような「当たり前」に基づいた幾何学がユークリッド幾何学なのです。
そのため、建築や工学の分野をはじめ、さまざまな分野で知らず知らずのうちに使われています。
『原論』で築かれた幾何学
ユークリッドが幾何学の公理や公準を述べたのは、主著『原論』でのこと。
この書物は、幾何学の基本原理を体系的にまとめたものであり、紀元前300年ごろにユークリッド(Euclid,紀元前330年頃〜紀元前275年頃)によって書かれました。
ユークリッドは最初の章の始めに5つの公理と5つの公準を述べ、それらを基に465の命題を全13章の中で証明しています。
公理と公準を土台に、言葉を定義したうえで命題を次々に証明して積み重ねていくというユークリッドの論理展開は、数学の在り方そのものであり、現在も脈々と受け継がれています。
公理1から公理5
ユークリッドが築いた、「当たり前」の感覚に基づいたユークリッド幾何学。
その土台とも言える公理を1つ1つ見てみましょう。
公理1:A=C かつ B=C ⇒ A=B
同じものに等しいものは互いに等しい。
$~A~$が$~B~$に等しく、$~B~$が$~C~$に等しいならば、$~A~$は$~C~$に等しいというもので、推移律とも呼ばれています。
まさに当たり前の性質ですね。
公理2:A=B ⇒ A+C = B+C
等しいものから等しいものを加えた和は互いに等しい。
加法についての等式です。
もし$~A~$が$~B~$に等しいならば、$~A~$に$~C~$を加えたものは$~B~$に$~C~$を加えたものに等しいという意味。
天秤でイメージしてもわかる通り、こちらも当たり前の性質。
公理3:A=B ⇒ A−C = B−C
等しいものから等しいものを引いた差は互いに等しい。
減法についての等式です。
もし$~A~$が$~B~$に等しいならば、$~A~$から$~C~$を引いたものは$~B~$から$~C~$を引いたものに等しいという意味。
こちらも当たり前の性質です。
公理4:図形が重なるなら合同
互いに重なり合うものは互いに等しい。
もし二つの図形が全ての点で重なり合うならば、それらは合同(大きさも形も同じ)であるという公理です。
平面に限らず、立体でも合同が言えます。
公理5:全体は部分より大きい
全体は部分より大きい。
部分は常にその全体よりも小さいという公理です。
これが最も当たり前のように感じます。
公準1から公準4まで
公理同様、「当たり前」の感覚に基づいて作られた公準。
公理との違いは、幾何学に特化した内容であるということです。
公準1:2点間から線分が引ける
任意の点から任意の点へ直線(線分)を引くこと。
任意の場所にある2つの点を線分で結ぶことができるという公準です。
現在の数学では、直線と線分の違いが明確ですが、『原論』では全て「直線」として表されています。
公準2:線分を延長して直線にできる
任意の直線(線分)を連続して伸ばすこと。
任意の線分を延長すれば直線になるという公準です。
公準1と合わせることで、作図における定規の役割が保証されます。
公準3:点と半径から円が描ける
任意の中心と任意の半径の円を描くこと。
任意の点を中心として、任意の長さの半径を持つ円を描くことができるという公準です。
この公準により、作図におけるコンパスの役割も保証されました。
公準4:直角は常に90°
すべての直角は互いに等しいこと。
すべての直角は等しい、すなわちどんな直角も$~90^{\circ}~$であるという公準です。
場所によって直角の定義が変わらないことを断言しており、角度を求める問題が一貫した整合性を持つことになります。
公準5:平行線公準
ユークリッドが言語化した公理や公準の中で、一際目立ち、長年議論になっていたのが5つ目の公準です。
平行線は1本しか引けない
ユークリッド幾何学の公準5は、他の公準や公理と比べ、文章が非常に長くなっています。
二つの直線と交わる直線の同じ側の内角の和が二直角($~180^{\circ}~$)より小さいならば、二つの直線を同じ側に伸ばしていけばいつかは交わること。
同じ側の内角の和が$~180^{\circ}~$より大きくなれば、逆側でこの公準が適用され、2つの直線は交わってしまいます。
つまり、両側で2つの直線が交わらないようにするためには、同じ側の内角の和を$~180^{\circ}~$にする必要があります。
この状況こそ「平行」であり、公準5が「平行線公準」と呼ばれる所以です。
そして、同じ側の内角の和が$~180^{\circ}~$の場合のみ平行となるという条件は、平行線が1本しか引けないことを意味しています。
三角形の内角の和は180°
平行線公準を使うことで、三角形の内角の和が常に180度であることが証明できます。
三角形の三つの内角の和は二直角($~180^{\circ}~$)に等しい。
この命題を証明するにあたって、『原論』の順番に従って以下の命題は証明済みとします。
- 命題13:もしある直線が他の直線に立ち、その直線に角を作るならば、それは必ず二つの直角、または和が二つの直角($~180^{\circ}~$)と等しい角を作る。
- 命題29:一つの直線が二つの平行線に交わってなす錯角は互いに等しく、外角は内対角に等しく(同位角は等しく)、同側内角の和は2直角($~180^{\circ}~$)に等しい。
- 命題31:任意の直線にその直線に平行な直線を引くこと。
三角形$~ABC~$について、公準(2) より、$~BC~$を$~D~$まで延長する。
1章の命題31 より、$~C~$を通る直線$~CE~$が、直線$~AB~$と平行になるように引ける。
1章の命題29 より、平行線の錯角から$~\angle BAC=\angle ACE~$。$~~~\cdots ~①$
1章の命題29 より、平行線の同位角から$~\angle ABC=\angle ECD~$。$~~~\cdots ~②$
$①$ , $②$ で、公理(2) より、
\begin{align*} \angle BAC+\angle ABC&=\angle ACE+\angle ECD \\ &=\angle ACD~~~\cdots ~③ \end{align*}
$③$ で、公理(2) より、$~\angle BAC+\angle ABC+\angle ACB=\angle ACD+\angle ACB~$。$~~~\cdots ~④$
1章の命題13 より、$~\angle ACD+\angle ACB=180^{\circ}~$。$~~~\cdots ~⑤$
$④$ , $⑤$ で、公理(1) より、$~\angle BAC+\angle ABC+\angle ACB=180^{\circ}~$。 $~~Q.E.D.$
現在の教科書にも載っている証明方法が、『原論』でも使われていました。
平行線が1本ではない幾何学も存在する
1本の直線に対し、平行線が1本のみ引けるのがユークリッド幾何学。
しかし、時代の流れとともに公準5だけを入れ替えても幾何学の世界が作れることがわかりました。
公準5を入れ替えた幾何学を非ユークリッド幾何学といい、その代表格が双曲幾何学と楕円幾何学です。
双曲幾何学:平行線が無数に引ける幾何学
双曲幾何学は、ヤーノシュ・ボヤイ(Janos Bolyai , 1802~1860)とニコライ・ロバチェフスキー(Nikolai Lobachevsky , 1792~1856)がそれぞれ独自に発見した、平行線が無数に引ける幾何学です。
ユークリッド幾何学の公準5の代わりに、以下の公準を用います。
1つの直線に対し、直線上にない点からの平行線は無限に存在する。
双曲幾何学では、三角形の内角の和が$~180^{\circ}~$未満になるという特徴があります。
楕円幾何学:平行線が引けない幾何学
楕円幾何学は、ベルンハルト・リーマン(Bernhard Riemann , 1826~1866)が発見した、平行線が全く引けない幾何学です。
楕円幾何学では、ユークリッド幾何学の公準5の代わりに、以下の公準を用います。
1つの直線に対し、直線上にない点からの平行線は存在しない。
楕円幾何学では、三角形の内角の和が$~180^{\circ}~$を超えるになるという特徴があります。
さらに、辺の数が最も少ない多角形はニ角形という、現実ではあり得ない図形も存在するのです。
まとめ
ユークリッドが主著『原論』で始めたユークリッド幾何学について解説してきました。
- ユークリッド幾何学は、日常の感覚に基づいた幾何学。
- 5つの公理と5つの公準では、当たり前の性質が宣言されている。
- 公準5だけは平行線についての主張で、それだけを入れ替えた幾何学も存在する。
ボヤイたちよりも前に、非ユークリッド幾何学に気付いた人はいなかったの?
疑念を抱いていた人はずっと昔からいて、プトレマイオスは公準5を他の公理や公準から証明しようとした1人だよ。
参考文献(本の紹介ページにリンクしています)
- 『カッツ 数学の歴史』,pp.70-75,共立出版.
- 『メルツバッハ&ボイヤー数学の歴史Ⅰー数学の萌芽から17世紀前期までー』,pp.104-106.
- 『メルツバッハ&ボイヤー 数学の歴史Ⅱー17世紀後期から現代へー』,pp.559-563.
- 『世界数学者事典』,pp.585-589など.
- 『ギリシャ数学史』,pp.177-178.
- ポール・パーソンズ、ゲイル・ディクソン(2021)『図解教養事典 数学』,p.97 , NEWTON PRESS
- The Greek text of J.L. Heiberg (1883–1885)「EUCLID’S ELEMENTS OF GEOMETRY」<https://farside.ph.utexas.edu/Books/Euclid/Elements.pdfよりダウンロード>
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