アレクサンドリアのヘロンは、1世紀に活躍した古代ギリシャの数学者であり発明家です。
三角形の面積を求める「ヘロンの公式」で知られるだけでなく、自動ドアや自動販売機など多くの画期的な発明を生み出しました。
特にヘロンの公式は、面積を簡単に求められる革新的な式であると同時に、数学に対する考え方が変わる重大な意味を有しています。
この記事では、数学者ヘロンの生涯と功績についてを、数学史ライターで現役教員のFukusukeが中学生・高校生でもわかるように解説!
ヘロンがローマ帝国や数学史全体に与えた影響がわかります。
時代 | 1世紀頃 |
場所 | アレクサンドリア |
ヘロンの生涯
ヘロン(Heron,1世紀頃活躍?)はローマ帝国に支配された後のアレクサンドリアで研究した数学者です。
生没年については紀元前150年から紀元後250年の間で諸説あります。
この記事では最も一般的な説となっている、1世紀を生きた人物であるという仮定で解説します。

(出典:See page for author, Public domain, via Wikimedia Commons)
ヘロンの年譜
エジプトのアレクサンドリアで生まれる
アレクサンドリアで学ぶ
当時最大の研究施設であったムセイオンで学んだとされる。
月食を観測する
ヘロンの著作とされる『経緯儀(Dioptra)』で、この日の夕方から観測された月食について言及している。
アレクサンドリアで死亡する
ヘロンの活動場所
ヘロンはエジプトのアレクサンドリアで生まれ、一生をこの地で過ごしました。
特に、アレクサンドリアの研究所ムセイオンや付属のアレクサンドリア図書館が、彼の頭脳を形作り、その才能を発揮させています。
ヘロンの功績:ヘロンの公式を発明した
ヘロンの公式の内容と例
彼の功績で最も有名なのはヘロンの公式です。
数学Iの応用として登場する公式であり、覚えておくと三角形の面積を素早く求めることができます。

三辺の長さが$~a~,~b~,~c~$の$~\triangle ABC~$で、
s=\frac{a+b+c}{2}
とする。
このとき、$~\triangle ABC~$の面積$~S~$は次のように求めることができる。
S=\sqrt{s(s-a)(s-b)(s-c)} \\
ヘロンの公式は、三角形の三辺の長さがすべて整数値であれば$~s~$もきれいな値になりやすいため、計算が非常に簡単です。($~s~$ の意味については後述)
3 つの辺の長さが$~3~,~7~,~8~$である三角形の面積$~S~$は、
s=\frac{3+7+8}{2}=9
を利用することで、ヘロンの公式から
\begin{align*} S&=\sqrt{9(9-3)(9-7)(9-8)} \\ &=\sqrt{9\cdot 6\cdot 2\cdot 1} \\ &=6\sqrt{3} \end{align*}
と求められる。
三角形の高さや角度を求めなくても面積が簡単に求められるため、高校受験や高校数学で裏技的に使われています。
ヘロンの公式の s が意味するもの
ヘロンの公式に登場する$~\displaystyle s=\frac{a+b+c}{2}~$は、三角形の周の長さ$~a+b+c~$を$~2~$で割っているため、三角形の半周を意味します。
三角形の半周を使って面積が求められる公式といえば、次のものが有名です。

三辺の長さが$~a~,~b~,~c~$の$~\triangle ABC~$で、内接円$~O~$の半径を$~r~$とする。
このとき、$~\triangle ABC~$の面積$~S~$は次のように表される。
S=\frac{r}{2}(a+b+c)
この公式は、$~S=\triangle ABO +\triangle BCO +\triangle CAO~$から証明できます。
この公式の右辺を$~\displaystyle s=\frac{a+b+c}{2}~$を使って表すと、
S=rs
となり、三角形の周の長さと内接円の半径と面積には密接な関係があるとわかります。
実際、ヘロン自身が証明するときも、上記の面積公式を利用しました。
ヘロンの公式の証明
ヘロンは著書『測地術(Geodaesia)』の中で、ヘロンの公式を次のように証明しています。
三辺の長さが$~a~,~b~,~c~$の$~\triangle ABC~$で、内接円$~O~$の半径を$~r~$とする。

$~\displaystyle s=\frac{a+b+c}{2}~$とおくと、$~\triangle ABC~$の面積$~S~$は内接円の半径と周による面積公式より、
S=rs~~~\cdots ①
と表せる。
半直線$~CB~$上の$~B~$の左側に、$~BG = AF~$となるような点$~G~$をとる。

このとき$~CG= s~$となり、$~OD= r~$とともに$①$に代入すると、
S = CG・OD
であり、$~CG > 0 ~,~OD > 0~$より、
S = \sqrt{CG^2・OD^2}~~~\cdots②
と表せる。
次に、$~B~$を通る$~BC~$の垂線と、$~O~$を通る$~OC~$の垂線の交点を$~H~$とする。

このとき、$~\angle HBC=\angle HOC=90^{\circ}~$より、4点$~C~,~O~,~B~,~H~$は$~CH~$を直径とする同一円周上にある。

内接する四角形の性質から、次の等式が成り立つ。
∠COB + ∠CHB =180^{\circ}~~~\cdots ③

また、$~\triangle ABC~$の内接円の性質から、次の等式が成り立つ。
∠COB + ∠AOF =180^{\circ}~~~\cdots ④
$③$と$④$より、
∠CHB= ∠AOF
であり、$~\angle CBH=\angle AFO=90^{\circ}~$と合わせて、$~\triangle CHB~$∽$~\triangle AOF~$。

相似な図形の性質から、
BC : BH= AF : FO = BG : OD \quad \text{(Gの設定と半径から)}
であり、比の順番を入れ替えると、
BC : BG = BH : OD~~~\cdots⑤
である。
ここで、$~CH~$と$~BC~$の交点を$~I~$とすると、$~\triangle HBI~$∽$~\triangle ODI~$なので、
BH : DO = BI : DI~~~\cdots⑥
が成り立つ。

$⑤$と$⑥$より、
BC : BG = BI: DI
であり、これを変形すると、
\begin{align*} \frac{BC}{BG}&=\frac{BI}{DI} \\ \\ \frac{BC}{BG}+1&=\frac{BI}{DI}+1 \\ \\ \frac{BC+BG}{BG}&=\frac{BI+DI}{DI} \\ \\ \frac{CG}{BG}&=\frac{BD}{DI} \\ \\ \frac{CG^2}{BG \cdot CG}&=\frac{BD\cdot DC}{DI\cdot DC} ~~~\cdots⑦ \\ \end{align*}
である。
$~\triangle ODI~$∽$~\triangle CDO~$より、
\begin{align*} DI : DO &= DO: DC \\ DI\cdot DC&=DO^2 \end{align*}
なので、$⑦$に代入して、
\begin{align*} \frac{CG^2}{BG \cdot CG}&=\frac{BD\cdot DC}{DO^2} \\ \\ CG^2 \cdot DO^2&=CG\cdot BG \cdot BD \cdot DC~~~\cdots ⑧ \end{align*}
となる。
最後に$⑧$を$②$に代入して、
\begin{align*} S&= \sqrt{CG\cdot BG \cdot BD \cdot DC} \\ &= \sqrt{s(s-a)(s-b)(s-c)} \end{align*}
とヘロンの公式が示された。$~~~\blacksquare~$
相似を利用した、中学3年生でも理解できそうな証明でした。(内接四角形の性質だけは数学Aの内容)
内接円を利用しているため、三角形の半周$~\displaystyle s=\frac{a+b+c}{2}~$が登場する納得の方法です。
ヘロンの公式には他にも有名な証明方法があるので、ぜひチェックして見てください。
ヘロンの功績:日常と数学の両面に影響を与えた
建築現場で役立った
ヘロンの公式は現在、建築や測量、プログラミングにおいて、実用的な計算方法として重宝されています。
例としてこんな状況を考えてみましょう。
次のような土地がある。この土地の面積はどう測定すればいいか?

四角形の面積は一般的には直接求められないため、まずは三角形2つに分け、対角線の長さを測ります。

実際に対角線を測って$~7m~$だった場合、ヘロンの公式を使うことで、それぞれの三角形の面積が求められます。
s_1=\frac{8+5+7}{2}=10~,~s_2=\frac{5+4+7}{2}=8
より、
\begin{align*} S_1&=\sqrt{10 \cdot (10-8)\cdot(10-5)\cdot (10-7)}=10\sqrt{3} \\ \\ S_2&=\sqrt{8 \cdot (8-5)\cdot(8-4)\cdot (8-7)}=4\sqrt{6} \end{align*}
となるので、土地の面積は$~10\sqrt{3}+4\sqrt{6}~m^2~$と求められる。

$~(底辺)\times(高さ)\times \displaystyle \frac{1}{2}~$を使う場合、高さを求めるために垂線を正確に引く必要があり、広大な土地になるほど大変だったんだ。
今のプログラミングでも、三辺から代数的に面積が求められるヘロンの公式は重宝されているよ。
ヘロンが生きていた時代のローマでは、数学は天文学や建築学のための学問でした。
ヘロンの公式が使われたという証拠はないものの、三辺の長さのみを必要とする革新的な計算方法は、ローマ最盛期の建築の効率化に貢献したと考えられます。



「テルマエ・ロマエ」でも有名なローマの公衆浴場。その建築の際にヘロンの公式が使われていたかもしないね。
長さと面積を数値としてとらえた
当時のローマの実用的な側面だけでなく、ヘロンの公式は数学史的にも革新的な一面を持っていました。
ヘロンの公式で面積$~S~$を言葉で書き表してみましょう。
ヘロンの公式において、$~s~$は半周、$~a~,~b~,~c~$は各辺の長さを指すため、$~s-a~$や$~s-b~$、$~s-c~$は幾何学的に長さを意味する。
S=\sqrt{(長さ)\times(長さ)\times(長さ)\times(長さ)}
ヘロンより前のギリシャ由来の数学では、この式を計算することができませんでした。
なぜなら、長さを4回かけ算しており、幾何学的な解釈ができなかったからです。


しかし、ヘロンはその制約を公式を通じて取っ払いました。
代数計算を幾何的な解釈と絡めることなく、単なる数値計算として完結させたのです。
ヘロンはその他にも、著書『幾何学(メトリカ)』の中で、次のような問題を提示しています。
面積と周の長さの和が280となる直角三角形の各辺の長さを求めよ。
これまた、長さと面積をたし算するという、古代ギリシャ数学を逸脱する考え方です。
ヘロンは以上のように、純粋に数値として数式を扱うという現代数学では当たり前の考え方を、1世紀の数学界に与えました。
ヘロンのエピソード∶バビロニア由来の開平法を利用した
ヘロンの公式で面積$~S~$を求めた場合、その値の多くが$~\sqrt{~~}~$を含む無理数です。
ヘロンの公式で土地の面積が$~\sqrt{~~}~$の状態で求められても、実学重視のローマでは重宝されません。
そこで、ヘロンは次の式で$~\sqrt{~~}~$の近似値を手軽に求めました。
\sqrt{a^2+b} \fallingdotseq a+\frac{b}{2a}
これを利用して、いくつかの$~\sqrt{~~}~$の近似値を出してみます。
$~\sqrt{~~}~$ | 近似値 |
$~\sqrt{2}~(=1.414\cdots)$ | $~\displaystyle \sqrt{2}\fallingdotseq \sqrt{1^2+1}=2+\frac{1}{2\cdot 1}=1.5~$ |
$~\sqrt{5}~(=2.236\cdots)$ | $~\displaystyle \sqrt{5}\fallingdotseq \sqrt{2^2+1}=2+\frac{1}{2\cdot 2}=2.25~$ |
$~\sqrt{7}~(=2.645\cdots)$ | $~\displaystyle \sqrt{7}\fallingdotseq \sqrt{2^2+3}=2+\frac{3}{2\cdot 2}=2.75~$ |
$~\sqrt{10}~(=3.162\cdots)$ | $~\displaystyle \sqrt{10}\fallingdotseq \sqrt{3^2+1}=3+\frac{1}{2\cdot 3}=3.166~$ |
簡易な計算で、割と高い精度で近似値が出ているのがわかります。
実用性を求められるローマにおいて、非常に有用な公式となったことでしょう。
ちなみに、ヘロンが使った式の元になったのは、相加相乗平均を利用したバビロニアの開平法でした。


ヘロンのエピソード:自動ドアと自動販売機を発明した
ヘロンは優れた発明家としても知られています。
特に興味深いのが、彼が設計した自動ドアと自動販売機です。
物理学や化学を利用した、当時としては驚きの仕組みでした。




こういったところからも、ヘロンは科学を理論的に解明するだけでなく、実用上の応用にも長けていたことがわかります。
まとめ
ヘロンは「ヘロンの公式」を通じ、数学界に新しい風を与えました。
- 「ヘロンの公式」により、三角形の3辺の長さだけからその面積を簡単に計算できるようになった。
- ヘロンはローマの実学重視の風潮に呼応し、平方根の近似値計算を簡単に行った。
- 数を長さや面積に置き換える古代ギリシャ由来の幾何学的解釈を脱し、数を数として計算を行った。
実学重視のローマの需要に合った数学を展開したヘロン。
彼の主功績であるヘロンの公式は、文化史と数学史の両方にとって革新的な逸物だったのです。



便利さ以上の意味がヘロンの公式にあるとは…。



長さを2回かけると面積、3回かけると体積、4回かけると非常識。
そんなギリシャ由来の数学を変えた功績は大きいよね。
参考文献
- 『カッツ 数学の歴史』,pp.183-185.
- 『メルツバッハ&ボイヤー 数学の歴史Ⅰー数学の萌芽から17世紀前期までー』,pp.171-173.
- 『数学の流れ30講(上)ー16世紀までー』,pp.76-78.
- 『世界数学者事典』,pp.499-500.
- 『高校数学史演習』,pp.57-58.
- 『素顔の数学者たち』,p.16.
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