「三角法の父」とも呼ばれる、紀元前の数学者ヒッパルコス。
彼は古代ギリシャの天文学者かつ数学者であり、その功績は現代の科学にも深く影響を与えています。
円の1周を360°と定め、sinの原形である「chord」を定義し、三角比の表を作成するなど、彼の業績は多岐にわたります。
本記事では、ヒッパルコスの生涯や彼が残した偉大な功績、そして天文学の発展にどのように寄与したのかを詳しく解説します。
ヒッパルコスがいなければ、1周100°の不便な度数法だったかもしれません。
時代 | 紀元前180年頃〜紀元前125年 |
場所 | アレクサンドリア |
ヒッパルコスの生涯
古代ギリシャの数学者・天文学者のヒッパルコス(Hipparchus、紀元前180年頃〜紀元前125年)。
彼は三角法の基礎を築き、天文学に革命をもたらした偉大な科学者です。
ヒッパルコスの年譜
古代ギリシャの都市ニカイアで誕生
現在のトルコのイズニクに位置している。
ロードス島で天体観測を行う
約35年間、ロードス島で天体観測を行った。
アレクサンドリアで春分を観測する
三角法を使用する
天文学への応用のため、三角法を初めて組織的に活用した。
アレクサンドリアで死亡する
説によっては、ロードス島で死亡したともされている。
ヒッパルコスの活動場所
ニカイアで生まれたヒッパルコスは、初期の教育をそこで受けた後、学問の中心地であるアレクサンドリアで学びます。
紀元前162年からは天文学者としてロードス島に移り、約35年もの間、この地を中心に天体観測を行いました。
その後はアレクサンドリアで研究を続け、この地で亡くなったとされています。
功績:三角比の原形を作った
1周360°を定着させた
ヒッパルコスは、角度を測定する際に1周を360°に分割する方法(度数法)を考案し、これを広く普及させました。
バビロニアの60進法を基にしていると考えられ、360の約数の多さ(400以下で最大の24個)から、角度の分割がしやすいという利点があります。
この1周360°という設定は、1日や1年で1周する天体の位置や動きを記述するのに非常に有用であり、現代でも広く使用されています。
sinの原形であるchordを定義した
ヒッパルコスは、『円内の線について』という書物を著し、三角法の知識を体系化しました。
彼は、円の中心角と弦の長さの関係を研究し、後の正弦関数($~\sin{}~$)の基礎となる概念を定義しています。
円の弧の長さを$~\alpha~$とする。
このときの弦の長さを$~chord(\alpha)~$(略して$~crd(\alpha)~$)と定義する。
単位円(半径が$~1~$の円)でいくつか例を挙げてみます。
半径$~1~$の円において、円周は$~2\pi~$となる。
そのため、以下のような値が求められる。
\begin{align*} &\cdot crd\left(\frac{\pi}{3}\right)=1\\ \\ &\cdot crd\left(\frac{\pi}{2}\right)=\sqrt{2}\\ \\ &\cdot crd\left(\frac{2\pi}{3}\right)=\sqrt{3}\\ \\ &\cdot crd\left(\pi\right)=2\\ \end{align*}
一般角や優弧(半円よりも長い弧)を考えない場合、定義域は$~0 \leqq \alpha \leqq \pi~$となります。
後述する三角比の表も180°までだったため、この定義域で考えられていたと断定してよいでしょう。
また、弦を半分にすることで、現在の正弦関数と同じ役割を果たしていることがわかります。
半径$~1~$の円において、$~chord~$と$~\sin{}~$には以下のような関係がある。
crd(\alpha)=2 \sin{\frac{\alpha}{2}}
ヒッパルコスが定義したchordは、1~3世紀にインドに渡り、400年頃のインドの天文学書『パイターマハシッダーンタ』では、現在の$~\sin{}~$へと進化しました。
三角比の表を作成した
ヒッパルコスは、$~chord~$を使って角度と弦の長さの関係を表す「弦の表」を作成しました。
これは、現代の三角関数表の原型となるものです。
ヒッパルコスが作ったのは、7.5°おきの$~chord~$の表であり、現存こそしていないものの、正確に作ることができていたなら、次のような表になっていたと思われます。
ヒッパルコスが作成したであろう$~chord~$の表の完成イメージと、現在の$~\sin{}~$の対応表。
小数第何位まで求まっていたのか、またどれほど正確なものだったのかは定かでないですが、ヒッパルコスの三角比表は、天体の位置計算や測量に広く利用され、後の天文学や航海術の発展に大きく貢献しました。
エピソード:天文学のために数学をした
1年の長さや月までの距離を計算した
ヒッパルコスはそもそも、天文学のために三角法を形作りました。
ロードス島での35年以上の天体観測の結果と、アレクサンドリアでの文献調査から、夏至の日が145年前とずれていることを発見し、1年の長さを$~\displaystyle 365\frac{1}{4}-\frac{1}{300}~$日($~365.2466\cdots~$日)と算出し、現代の値である$~365.2422\cdots~$日に非常に近い結果を得ました。
また、ヒッパルコスは太陽や月までの距離やそれらの天体の直径を、見かけの直径から以下のように算出しました。
地球の直径の何倍か? (ヒッパルコスの計算) | 地球の直径の何倍か? (実際の数値) | |
太陽までの距離 | $~1,245~$倍 | $~11,740~$倍 |
月までの距離 | $~33.67~$倍 | $~30.17~$倍 |
太陽の直径 | $~12.33~$倍 | $~109.25~$倍 |
月の直径 | $~0.33~$倍 | $~0.27~$倍 |
太陽に関する数値こそ不正確ですが、月に関する数値は非常に精度が良いです。
このことから、彼の三角比の表は非常に正確なものであったことがわかります。
天文観測の道具を発明した
ヒッパルコスは、精密な天体観測を行うために、アストロラーベという器具を発明しました。
アストロラーベを利用することで、星や太陽の高度が測定でき、観測者がいる場所の緯度や時間を知ることができます。
そのため、時が経つにつれて天体観測だけでなく航海でも使われました。
まとめ
ヒッパルコスの業績は、数学と天文学の歴史において画期的なものであり、彼の研究は後世の科学者たちに大きな影響を与え続けています。
- 1周360°の角度法を確立し、現代でも使用される基準を作った。
- sinの原型となるchord(弦)の概念を定義し、三角関数を形作った。
- 3.75°ごとのsinの表を作成し、天文計算に応用した。
当たり前のように使っていた1周360°は、ヒッパルコスに由来するんだね。
バビロニアの60進法に目をつけたのが良かったんだ。エジプトの10進法に目をつけていたら、1周100°とかになっていたかもしれないよ。
参考文献
- 『カッツ 数学の歴史』,pp.162-165.
- 『メルツバッハ&ボイヤー 数学の歴史Ⅰー数学の萌芽から17世紀前期までー』,pp.160-161.
- 『数学の流れ30講(上)ー16世紀までー』,pp.111-113.
- 『世界数学者事典』,pp.401-402.
- 『ギリシャ数学史』,pp.221-224.
- 『高校数学史演習』,pp.100-120.
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