
その生涯と功績を辿ります。
←前回 数学史6-2 ~ギリシャ時代(数字)~ |
次回→ 数学史6-4 ~ギリシャ時代(ピタゴラス)~ |
Ⅰ 年譜

B.C. 625年頃 |
ミレトスで生まれる。 |
若い頃 | エジプトやバビロニアを旅行し、ピラミッドの高さを測ったり、六十進法の使い方を覚えたりした。 |
B.C. 590年頃 |
ミレトスに戻り、「イオニア哲学学校」を創設した。 |
B.C. 585年 |
5月28日に日食が起こることを予想した。 |
時期 不明 |
・タレスの定理を証明した。 ・海上の船までの距離を測った。 ・ずる賢いロバの対処をした。 ・オリーブ搾り器で金儲けをした。 ・星空観測中に井戸に落ちた。 |
B.C. 547年頃 |
第58回オリンピックを観戦中、熱中症で死去。 |
Ⅱ 生涯と功績
Ⅱー1 ミレトスで誕生
タレス(Thales, B.C.625頃-B.C.547頃)は、ギリシャの植民地の一つである、イオニア地方のミレトスという港町で生まれました。
無限の概念を初めて示したアナクシマンドロスも同時期のミレトス出身で、ミレトス学派(イオニア自然学派)という言葉もあるほど、豊かな思想が育まれやすい地域である。
タレスの父はエクサミュアス、母はクレオブリネという名で、裕福な商人の家庭でした。
Ⅱー2 ピラミッドの高さの測量
タレスは、商人の家庭ゆえにエジプトやバビロニアに自由に旅行ができ、そこで幾何学や天文学などを学びました。
エジプトでは、ピラミッドの高さを以下の方法で測り、彼の賢人ぶりを伝えるエピソードの一つとなっています。
(1) 棒を1本地面に立て、棒の長さと影の長さの比を測る。
(2) ピラミッドの影の長さを測る
(3) (1)と(2)の影と高さの比は同じになるため、
\begin{equation}
40:20=200:(ピラミッドの高さ)
\end{equation}
よって、ピラミッドの高さは$~100~$m となる。
また、バビロニアでは六十進法や天文学について学ぶと同時に、幾何学の命題
半円に内接する三角形は直角三角形である。
を学びました。
この命題は、後にタレス自身が証明をし、現在「タレスの定理」と呼ばれています。
Ⅱー3 日食の予言
ギリシャに帰ってきたタレスは、紀元前590年頃に、ミレトスに「イオニア哲学学校」を創設しました。
その学校では「なぜ?」という問いを大切にし、世界で起こる現象は、論理的に説明できることを力説しました。
現象を説明する姿勢は、科学の発展へもつながっています。
特に、バビロニアの天文学の記録から、日食が起こる日を予測しました。
その日とは、紀元前585年5月28日であり、実際に日食が起こって、どうして予測できたのかを人々に説明をし、驚かせました。
タレスが生きている間は、このエピソードが彼を有名にしています。
Ⅱー4 タレスの定理
タレスの物事を論理的に考えるという姿勢は、エジプトやバビロニアを旅している時に学んだ幾何学の法則の証明へと彼を動かしました。
その中の1つが、バビロニアから持ち帰った、現在彼の名が付いている円に関する定理です。
半円に内接する三角形は直角三角形である。
前述の通り、バビロニアではすでにこの性質が知られていました。
しかし、なぜそれが成り立つのかというところまで踏み込んだのは、タレスが初めてであり、数学史上最初の証明と言われています。
それゆえに、タレスは「最初の数学者」と呼ばれているのです。
証明の中身までは明らかになっていませんが、他にも三角形や円に関する定理の証明をいくつか行っています。(→詳しくは「タレスの定理」へ)
Ⅱー5 海上の船までの距離の測量
ピラミッドの高さの測量や日食の予言などを通し、タレスの学者としての評判が広がっていき、様々な人が彼に助けを求めてきました。
その中の1つが、沖に出ている船までの距離を求めたいという船乗りからのお願いです。
タレスは以下の方法で、解決策を示しました。
(1)任意のA地点から船を見て、その方角と直角となるような直線を引く。
(2)任意のB地点から、(1)の直線と直交するような線を引く。
(3)すると、下のような図形が出来上がるため、△OAF∽△OCBとなる。(直角と対頂角で二角相等)
(4)よって、$ \displaystyle OF=\frac{OA\cdot OB}{OC} $となるので、船までの距離が求まる。
ピラミッドのときと同様、相似を使って解決しました。
港にいた商人や船乗りにとって、この方法は重宝されたと言われています。
Ⅱー6 ずる賢いロバ
タレスは鉱山の労働者からも助けを求められたという話があります。
岩塩鉱から塩を掘り出した労働者は、塩を袋に詰めてロバの背中に乗せて運んでいた。
途中、浅い川を渡らなければならない。
ある日、川を渡っている最中にロバが転倒した。
背中に乗っていた塩の大半が水に溶けてしまい、軽くなったため、その日ロバは残りの道中楽であった。
その日以降、ロバは川で転倒し続け、楽することを覚えた。
なぜ毎日ロバが川で転倒するのかわからない鉱山の人々がタレスに助けを求めた。
タレスは数日間、ロバの様子を観察し続け、ロバの狙いを理解した。
翌日、ロバの背中に乗せた袋には、塩ではなく海綿(スポンジのようなもの)を入れた。
これまで同様にロバは川でわざと転倒するも、その日は海綿が水を吸い、ずっと重くなった。
何日か海綿を運ばせることで、ロバが川で転倒することはなくなり、元通り塩を運べるようになった。
ロバも賢いですが、その賢さをタレスは利用しました。
入念な観察によって原因を探り、その原因を対処するための策を講じるという、今と変わらない問題解決のプロセスを踏んでいることがわかります。
Ⅱー7 オリーブオイルで金儲け
あるときタレスは「あんなに賢いのにどうして金持ちじゃないんだ。」という噂を聞き、金儲けを実演してみせたという話もあります。
ここ数年、ギリシャで重要な作物であるオリーブの生育が悪く、タレスはそれが気候によるものだと分析をしました。
そこでその気候が回復する時期を予測し、その直前に近隣のオリーブ園を訪れ、オリーブ搾り器の買い取りを持ちかけます。
オリーブ園はお金に困っていたため、こぞってオリーブ搾り器をタレスに売り渡しました。
その直後、タレスが事前に予測していた通り、気候は回復してオリーブは大豊作となりました。
しかし、オリーブ園は搾り器ををタレスに売ってしまっていたため、オリーブオイルに加工できません。
オリーブ園は、タレスから搾り器を借りるしかなかったため、タレスは賃料で大儲けしました。
お金儲けもできることを実証したタレスは、正当な値段で各オリーブ園に搾り器を売り戻しました。
本当にお金儲けをするつもりはなく、あくまで噂を否定するためにお金儲けを実証したという点が、タレスの人間性を表しています。
Ⅱー8 井戸に落ちたタレス
日食を予測したタレスは恒星の動きにも興味を持っていて、そこから夏至や春分を予測し説明する理論まで唱えました。
星空観測への熱中ぶりを示唆する話も残っています。
ある日、星空を観測していたタレスは、足下がおろそかになり、井戸に落ちた。
その近くを女性が通りかかり、タレスが落ちた経緯を説明すると、その女性から次のようにからかわれた。
タレス先生ほどの賢い人が、頭上にある遠くの星には注意を払うのに、自分の足下にあるものは見えないんですか?
この井戸に関する話については、タレスは井戸に落ちたのではなく、自分から井戸の底へ下り、調べたい星以外の光を遮ったという説もあります。
どちらにせよ、タレスの天文学への興味の強さが現れています。
Ⅱー9 熱中症で死去
天才として名を馳せたタレスでしたが、B.C.545年頃の第58回古代オリンピックを観戦中、熱中症で亡くなったと言われています。
現象をとことん観察し、論理的に説明するという自然科学の研究姿勢の礎を築いたタレスの精神は、現在へと引き継がれています。


その本は現存していないものの、紀元後のギリシャの数学者プロクロス(Proclus, 412頃-485)が、エウデモスの研究を根拠に著書『エウクレイデス「原論」第Ⅰ巻の注釈』の中でタレスのことを記したため、今に伝わっているよ。
←前回 数学史6-2 ~ギリシャ時代(数字)~ |
次回→ 数学史6-4 ~ギリシャ時代(ピタゴラス)~ |
◇参考文献等
・ヴィクターJカッツ著,上野健爾・三浦信夫監訳,中根美知代・高橋秀裕・林知宏・大谷卓史・佐藤賢一・東慎一郎・中澤聡訳(2009)『カッツ 数学の歴史』,p.57,共立出版.
・中村滋・室井和男(2015)『数学史ーー数学5000年の歩み』,pp.86-88,共立出版.
・三浦伸夫・三宅克哉監訳,久村典子訳(2018)『メルツバッハ&ボイヤー 数学の歴史Ⅰー数学の萌芽から17世紀前期までー』,pp.43-45,朝倉書店.
・中村滋(2019)『ずかん 数字』,p.66,技術評論社.
・ジョニー・ボール著,水谷淳訳(2018)『数学の歴史物語』,pp.20-24,SB Creative.
・Bertrand Hauchecorne,Daniel Suratteau(2015)『世界数学者事典』,pp.273-275,熊原啓作訳,日本評論社.
・ポール・パーソンズ、ゲイル・ディクソン(2021)『図解教養事典 数学』,p.17,NEWTON PRESS
・志賀浩二(2014)『数学の流れ30講(上)ー16世紀までー』,pp.27-29,朝倉書店.
・マイケル・J・ブラッドリー(2009)『数学を切りひらいた人びと1-数学を生んだ父母たち』,pp.13-28,松浦俊輔訳,青土社.
・ピエルジョルジョ・オーディフレッディ著,河合成雄訳(2021)『幾何学の偉大なものがたり』,pp55-68,創元社.
コメント