ペドロ・ヌネシュ徹底解説!球面上の等角航路(航程線)はどうなる?【数学史16-6】

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 16世紀のポルトガルで活躍したペドロ・ヌネシュは、航海学と代数学の両方に重要な足跡を残した数学者です。
 とくに、球面上で経線と一定の角をなす等角航路(航程線)を理論化したことで知られ、のちのメルカトル図法へとつながる発想を準備しました。

 また、1567年に刊行された『Libro de Algebra』では、イタリア式の記号法を用いながら、一次方程式・二次方程式・三次方程式にまで及ぶ代数的操作を整理しました。

 この記事では、ペドロ・ヌネシュの生涯をたどったうえで、等角航路の意味と、代数学者としての仕事を、数学史の先生Fukusukeがわかりやすく解説します。

 球面上の曲線をどう地図に表すかという問題は、航海術と数学が深く結びついたテーマでした。

この記事を書いた人

Fukusuke(ふくすけ)
数学史の先生

  1. 現役の中学・高校数学教員
  2. 重刷、ブログ累計200万PV達成
  3. 行間がなくなるほど丁寧な式変形で執筆中
この記事を書いた人

Fukusuke
(ふくすけ)
数学史の先生

  • 現役の中学・高校数学教員
  • は発売1ヶ月で即重刷
  • 当数学史ブログは累計200万PV達成
  • 行間がなくなるほど丁寧な式変形で記事を執筆

この記事を読んでわかること

ペドロ・ヌネシュの生涯

 ペドロ・ヌネシュ(Pedro Nunes, 1502年〜1578年)は、16世紀ポルトガルを代表する数学者です。
 宮廷の宇宙誌学者と大学教授を兼ねながら、航海学・地図学・代数学にまたがって仕事をしました。

ペドロ・ヌネシュ
ペドロ・ヌネシュ
(出典:作者不明Unknown author, Public domain, via Wikimedia Commons)

 とくに、航海に必要な進路を球面幾何の問題として考えたことと、代数学書を残したことの二点が、ヌネシュを数学史上の重要人物にしています。

ヌネシュの年譜

 生没年、主要官職、1537年と1567年の著作を軸に、ヌネシュの歩みをまとめました。

ヌネシュの年譜
年代出来事補足
1502年ペドロ・ヌネシュが生まれる出身地はアルカセル・ド・サルという説がある。
年代不詳サラマンカ大学で学ぶ入学・卒業年は不明。
1529年王国の宇宙誌学者に任命される1529年11月16日にポルトガル王国宇宙誌学者に任命されたとされる。
1537年『球体論』を刊行する等角航路の問題を重要な形で扱った著作として位置づけられる。
1544年コインブラ大学に就く1544年10月16日に数学教授職に就いたとされる。
1547年首席王室宇宙誌学者に昇進する宮廷での地位がさらに高まった。
1567年『代数論』を刊行する一次方程式・二次方程式・三次方程式にまで及ぶ代数的操作を整理した
1578年コインブラで死去する本年の8月11日という説もある

ヌネシュの活動場所

 ヌネシュの活動を地理的に見ると、出身地、学問の出発点、宮廷の中心地、晩年の大学都市がはっきり分かれています。

  • アルカセル・ド・サル:ヌネシュの出身地とされる場所。
  • サラマンカ:ヌネシュが学んだ大学所在地。彼の学問的出発点。
  • リスボン:宮廷教育・航海教育・官職の舞台となった都市。宮廷と航海学の中心地として示す。
  • コインブラ:数学講座をした地。また、彼が死去した地。
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