古代ローマ時代のエジプトで活躍した数学者かつ天文学者のクラウディオス・プトレマイオス。
プトレマイオスの英語読み「トレミー」は、円に内接する四角形の定理「トレミーの定理」として、現代の私たちにも親しまれています。
この記事では、数学者プトレマイオスの生涯と功績についてを、数学史ライターで現役教員のFukusukeが高校数学までの知識で解説!
トレミーの定理によって、教科書の巻末にもついている三角比の表が細かく求められました。
時代 | 85年頃~165年頃 |
場所 | アレクサンドリア |
プトレマイオスの生涯
クラウディオス・プトレマイオス(Claudius Ptolemæus , 85頃〜165頃)は2世紀のアレクサンドリアで活躍した数学者・天文学者です。
英語名読みで「トレミー(Ptolemy)」としても知られています。

(出典:See page for author, Public domain, via Wikimedia Commons)
紀元前30年までアレクサンドリアを治めていたプトレマイオス王の一族とは関係がありません。
プトレマイオスの年譜
年代 | 出来事 | 補足 |
---|---|---|
85年頃 | アレクサンドリアで生まれる | エジプトのプトレマイス・ヘルミウ出身とする説もある。 |
127年~141年頃 | 天文観測を行う | 主著『アルマゲスト』の中で、この期間に行った天文観測について言及している。 |
その後 | 『アルマゲスト(数学集成)』を著す | 全13巻からなる大著で、天動説に基づく宇宙観を体系的に示した。三角比が研究の道具として使われている。 |
『ゲオグラフィア(地理学)』を著す | 世界の約8000地点における緯度経度を示した。 | |
165年頃 | アレクサンドリアで死亡 |
プトレマイオスの活動場所
エジプトのプトレマイス・ヘルミウ出身という説もあるものの、プトレマイオスはその一生のほとんどをエジプトのアレクサンドリアで過ごしたと考えられています。
アレクサンドリアは、ヘレニズム時代からローマ帝国時代にかけて学問の中心地として栄え、巨大なアレクサンドリア図書館があったことでも知られています。
プトレマイオスの功績:トレミーの定理を発表した
プトレマイオスの数学における最も有名な功績の一つが、「トレミーの定理」の発見と証明です。
この定理は、円に内接する四角形の辺と対角線の長さの間に成り立つ美しい関係を示しており、天文学に必要な三角比を考えるうえでも強力な道具となりました。
トレミー=プトレマイオス
「トレミーの定理」という名称は、もちろんクラウディオス・プトレマイオスの英語読み「トレミー (Ptolemy)」に由来します。
トレミーの定理が、プトレマイオスの主著『アルマゲスト』の中で示されていることから、このように呼ばれています。
ちなみにですが、『アルマゲスト』はアラビア語由来の言葉で、次のように名前が変わっていきました。
- プトレマイオスが『数学集成』と書名を付ける。
- 後の注釈者が他の書と区別をつけるため、『大集成』と名を与える。
- アラビア語に翻訳されるとき、「最も偉大なもの」を表す「Al-majisti」となる。
- ヨーロッパで『アルマゲスト』として知られるようになる。
アラビア、ヨーロッパと、まさに数学が発展する場所に『アルマゲスト』あり。
様々な場所を経た分、もともとの書名から変わって現在は『アルマゲスト』が定着しています。

『数学集成』という書名の数学書は約200年後のパップスも書いており、差別化する意味でもプトレマイオスの『数学集成』は『アルマゲスト』と呼びましょう。
トレミーの定理の内容
トレミーの定理は、円に内接する四角形$~ABCD~$において、2組の対辺の積の和が、2本の対角線の積に等しいというものです。
四角形 $ABCD$ が円に内接するとき、
AB \times CD + BC \times DA = AC \cdot BD
が成り立つ。


四角形の中に登場する全ての線分を使っているところがエレガントなポイントです。
トレミーの定理の証明
トレミーの定理にはいくつかの証明方法がありますが、その中でもプトレマイオス自身による証明方法をここでは代表的な初等幾何学を用いた証明の一例を紹介します。
円に内接する四角形$~ABCD~$の対角線$~BD~$上に、$~\angle DAE = \angle BAC~$となるように点$~E~$をとる。


三角形$~ADC~$と$~AEB~$で、円周角の定理から$~\angle ACD = \angle ABE~$。
仮定と合わせて、二角相等で$~ADC~$∽$~AEB~$
\begin{align*} AB : AC &= BE : CD \\ AB \times CD &= AC \times BE~~~~\cdots① \end{align*}


三角形$~AED~$と$~ABC~$で、円周角の定理から$~\angle ADE = \angle ACB~$。
仮定と合わせて、二角相等で$~AED~$∽$~ABC~$
\begin{align*} AD : AC &= DE : BC \\ AD \times BC &= AC \times DE ~~~\cdots② \end{align*}


$①,②$の両辺をそれぞれ足すと、
\begin{align*} AB \times CD + AD \times BC &= AC \times (BE + DE) \\ &= AC \times BD \end{align*}
となり、トレミーの定理が示された。$~~~\blacksquare~$
補助線を引くことで相似な三角形が2組現れるというプトレマイオスの発想は、非常に巧みです。
三角関数の加法定理へと応用した
トレミーの定理は、単なる幾何学の美しい定理に留まらず、三角関数の発展にも大きく貢献しました。
特に、三角関数の加法定理を導き出す際に、この定理が強力な役割を果たします。
\sin{(\alpha+\beta)} =\sin{\alpha}\cos{\beta}+\cos{\alpha}\sin{\beta}
※プトレマイオスの時代は、$~\sin{}~$の原形である$~chord~$を使っていました。
プトレマイオスはトレミーの定理を巧みに利用して、三角関数の加法定理を証明しました。
直径が$~1~$の円に内接する四角形$~ABCD~$を考える。
このとき、四角形の各辺の長さは以下のように表される。


次に、$~\triangle ABD~$で正弦定理を使うと、外接円の直径は$~1~$なので、
\begin{align*} \frac{BD}{\sin{(\alpha+\beta)}}&=1 \\ \\ BD&=\sin{(\alpha+\beta)} \end{align*}
と求められる。


ここで、トレミーの定理を利用すると
\begin{align*} \cos{\beta} \cdot \sin{\alpha}+\sin{\beta} \cdot \cos{\alpha}&=1 \cdot \sin{(\alpha+\beta)} \\ \sin{\alpha}\cos{\beta}+ \cos{\alpha}\sin{\beta} &=\sin{(\alpha+\beta)} \end{align*}
となり、三角関数の加法定理は示された。$~~~\blacksquare~$
プトレマイオスは他にも、トレミーの定理によって余弦の加法定理や、相似によって半角の公式を証明しています。
\cos{(\alpha+\beta)} =\cos{\alpha}\cos{\beta}-\sin{\alpha}\sin{\beta}
※プトレマイオスの時代は、$~\sin{}~$の原形である$~chord~$を使っていました。
\sin^2{\frac{\alpha}{2}} =\sin{\alpha}\cos{\beta}+\cos{\alpha}\sin{\beta}
※プトレマイオスの時代は、$~\sin{}~$の原形である$~chord~$を使っていました。
プトレマイオスの功績:三角比の表を細かくした
プトレマイオスは、自身で導いた三角関数の公式を応用し、非常に精密な「弦(chord)の表」を作成しました。
現代の$~\sin{}~$の表に相当するもので、約300年前のヒッパルコスが作成した$~3.75^{\circ}~$刻みの表よりもさらに細かい0.25°感覚。
精度の高さも相まり、その後の天文学や航海学の発展を大きく支えることになります。
0.25°刻みの正弦表の作り方
プトレマイオスは、三角関数の加法定理を用いて、以下のような手順で$~0.25^{\circ}~$刻みの正弦表($~0.5^{\circ}~$刻みのchordの表)を作成しました。
図形的に値が求められる$~36^{\circ}~$の三角比と$~30^{\circ}~$の三角比からスタートする。
- 加法定理により、$~6^{\circ}~(36^{\circ}-30^{\circ})~$の三角比を求める。
- 半角の公式により、$~3^{\circ}~\displaystyle \left(= \frac{6^{\circ}}{2} \right)~$の三角比を求める。
- 半角の公式により、$~1.5^{\circ}~\displaystyle \left(= \frac{3^{\circ}}{2} \right)~$の三角比を求める。
- 半角の公式により、$~0.75^{\circ}~\displaystyle \left(= \frac{1.5^{\circ}}{2} \right)~$の三角比を求める。
- 半角の公式により、$~0.375^{\circ}~\displaystyle \left(= \frac{0.75^{\circ}}{2} \right)~$の三角比を求める。
- $~0.75^{\circ}~$と$~0.375^{\circ}~$を$~1:2~$で比例配分することで、$~0.5^{\circ}~$の三角比を求める。
(角度が小さいとき、$~\sin{}~$の値と角の大きさはほぼ比例するから) - 半角の公式により、$~0.25^{\circ}~\displaystyle \left(= \frac{0.5^{\circ}}{2} \right)~$の三角比を求める。
こうして求められた$~\sin{0.25^{\circ}}~$の値は$~0.004363426~$。
真値は$~\sin{0.25^{\circ}} \fallingdotseq 0.004363309~$なので、小数第6位まで一致していることがわかります。
プトレマイオスは以上の計算を積み重ねることで、最終的に精度の高い$~0.25^{\circ}~$刻みの正弦表を完成させたのです。
これは、電卓やコンピュータのない時代において、途方もない計算量と精密な幾何学的考察の賜物でした。
円周率を小数第3位まで求めた
プトレマイオスは、三角比の表を作成した結果、円周率$~\pi~$の近似値を当時の最高精度で得ました。
彼が利用したのは、円に内接する正720角形。
各辺からの中心角は$~0.5^{\circ}~$であるため、円周角は$~0.25^{\circ}~$。


したがって、各辺の長さは$~\sin{0.25^{\circ}}~$となり、これを$~720~$倍することで円周率が次のように求められました。
\pi\fallingdotseq720 \times 0.004363426=3.14166672
実際の値と比較し、小数第3位まで一致しています。
約400年前のアルキメデスは小数第2位までの一致であったため、アルキメデスよりもプトレマイオスのほうが正確な値を得たことになります。



計算しやすさを重視するため、『アルマゲスト』では円周率を$~\displaystyle \frac{377}{120}\fallingdotseq3.1416666~$にしていたよ。


プトレマイオスのエピソード∶緯度と経度を示した
プトレマイオスは、数学だけでなく天文学、地理学においても大きな足跡を残しました。
その一つが、地球上の位置を正確に示すための方法として、緯度と経度の概念を体系的に使用したことです。
彼の著書『ゲオグラフィア(Geographia, 地理学)』では、当時知られていた世界の約8000箇所もの地点の緯度と経度がリストアップされています。


15世紀にラテン語訳された『ゲオグラフィア』
(出典:Ptolemy, Latin translation by Jacobus Angelus, maps by Claudius Clavus, scanned by the Library of Nancy, DJVU file made by Yann, Public domain, via Wikimedia Commons)
プトレマイオスの『ゲオグラフィア』はその後の地図製作や航海術に大きな影響を与えました。
ルネサンス期にはラテン語に翻訳され、近世ヨーロッパの地理学者の間では聖書のように扱われていました。
あのコロンブスも『ゲオグラフィア』を参考に、航海を始めたと言われています。
まとめ
プトレマイオスの業績は、数学、天文学、地理学という広範な分野に及び、後世に計り知れない影響を与えました。
- トレミーの定理を発表した。
- トレミーの定理から三角関数の性質を示し、三角比表を作成した。
- 数学を利用して天文学だけでなく、地理学にも影響を与えた。



『アルマゲスト』は「最も偉大なもの」の名に恥じない大著だったんだね。



中世ヨーロッパが科学の暗黒時代に入ることもあり、『アルマゲスト』は1000年以上もの間、数理天文学の基礎となっていたんだ。「最も偉大」と称されるに相応しい影響力!
このブログの参考文献
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- 『カッツ 数学の歴史』
- 『メルツバッハ&ボイヤー数学の歴史(Ⅰ・Ⅱ)』
- 『数学の流れ30講(上・中・下)』
- 『数学の歴史物語』
- 『フィボナッチの兎』
- 『高校数学史演習』
- 『数学の世界史』
- 『数学の文化史』
- 『モノグラフ 数学史』
- 『数学史 数学5000年の歩み』
- 『数学物語』
- 『世界数学者事典』
- 『数学者図鑑』
- 『数学を切りひらいた人々(1~5)』
- 『天才なのに変態で愛しい数学者たちについて』
- 『素顔の数学者たち』
- 『数学スキャンダル』
- 『ギリシャ数学史』
- 『古代ギリシャの数理哲学への旅』
- 『ずかん 数字』
- 『πとeの話』
- 『代数学の歴史』
- 『幾何学の偉大なものがたり』
- 『アキレスと亀』
- 『ピタゴラスの定理100の証明法』
- 『ピタゴラスの定理』
- 『フェルマーの最終定理』
- 『哲学的な何か, あと数学とか』
- 『数と記号のふしぎ』
- 『身近な数学の記号たち』
- 『数学用語と記号ものがたり』
- 『納得する数学記号』
- 『図解教養事典 数学』
- 『イラストでサクッと理解 世界を変えた数学史図鑑』(拙著)
- 『教養としての数学史』(拙著)
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