中国古代の数学書『孫子算経』を著したことで知られる数学者・孫子(そんし)。
その正体は多くの謎に包まれていますが、孫子が著した『孫子算経』は中国数学における重要な功績とされています。
とりわけ、中国剰余の定理や鶴亀算の最古の記述が含まれており、後世の数学に大きな影響を与えました。
数学者孫子の生涯と功績を数学史ライターFukusukeが解説!
この記事を読むことで、中国剰余の定理と鶴亀算の起源を知ることができます。
| 時代 | 3世紀〜5世紀頃(正確な年代不詳) |
| 場所 | 中国(詳細は不明) |
孫子の生涯
孫子(Sunzi , 3世紀初め)は中国で活躍した数学者です。

(AIによるイメージ)
しかし、実際の人物像についてはほとんど記録が残っておらず、詳細な生涯は不明です。
代表作『孫子算経』の成立時期やその記述内容から、魏晋南北朝時代(3〜5世紀)に活動していたと推定されています。
儒教的な教養を持ちつつ、実用的な算術教育にも通じた人物であったといわれています。
兵法書で有名な軍師の孫子は紀元前500年頃の人。
数学者の孫子の生涯は明らかになっていないものの、軍師である孫子とは別人なのは明らかです。
孫子の年譜
| 年代 | 出来事 | 補足 |
| 3世紀はじめ頃 | 孫子が生まれる | 兵法書で有名な孫子とは別人。 |
| 3世紀 | 『孫子算経』を書く | 孫子は三国時代(220年〜280年)に活躍したとされる。 |
| その後 | 孫子が亡くなる |
『孫子算経』の問題に載っている単位や地名から、孫子は南北朝時代(439年〜581年)に活躍したという説もあります。
ただ、改良を加えられながら発行された版が『孫子算経』には多くあるため、孫子の活躍時期が特定できていません。

見つかっている『孫子算経』は南北朝時代の成立と考えられているものの、これが孫子オリジナルのものかどうかがわかっていないため、孫子の生年代に多数の説が生まれているんだ。
孫子の活動場所
孫子の活動場所についても、正確な地域は分かっていません。
南北朝時代に活躍したという説によれば、『孫子算経』に使用されている用語や文化的背景から、魏晋南北朝時代の中国北部で活動していた可能性が高いとされています。


(出典:俊武 at the Japanese language Wikipedia, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)
孫子の功績:『孫子算経』を書いた
『孫子算経』は九章算術や他の古代数学書とは異なる独自の問題構成を持ち、日常生活に即した実用的な問題が多く含まれています。
これにより、実務的な算術教育の発展に寄与しました。


中国剰余の定理を初めて扱った
『孫子算経』の第3巻には、現在「中国剰余の定理」として知られる問題が登場します。
今有物,不知其数。三、三数之、賸二;五、五数之、賸三;七、七数之、賸二。問物幾何?
答曰:二十三。
術曰:
三三数之、賸二、置一百四十。
五五数之、賸三、置六十三。
七七数之、賸二、置三十。
并之、得二百三十三。以二百一十減之、即得。
現代語訳すると、以下のような問題、答え、解説となります。
「あるものがあるが、その数がわからない。3で割って余り2、5で割って余り3、7で割って余り2。いくつか?」
答え:23
解法:
- 「三三数之、賸二」→ 140と置く($~5×7×4~$)
- 「五五数之、賸三」→ 63と置く($~3×7×3~$)
- 「七七数之、賸二」→ 30と置く($~3×5×2~$)
- 合計233を得て、210($~3×5×7~$を2回分)を引き、23を答えとする。
この方法は、3, 5, 7 に対するそれぞれの余りに該当する「素となる部分」をかけ合わせた値を用い、その和から公倍数を引くことで最小の正の解を導く、まさしく現代の中国剰余定理の原型です。
なぜこの方法で$~23~$が求められるのかを、合同式を使って考えると以下の通りになります。
- $~5\times7~$の倍数のうち、$~3~$でわったときの余りが$~2~$になるものを1つ探すと、$~140~$が見つかる。
5\times7\times4\equiv2~(mod~3)\cdots①
- $~3\times7~$の倍数のうち、$~5~$でわったときの余りが$~3~$になるものを1つ探すと、$~63~$が見つかる。
3\times7\times3\equiv3~(mod~5)\cdots②
- $~3\times5~$の倍数のうち、$~7~$でわったときの余りが$~2~$になるものを1つ探すと、$~30~$が見つかる。
3\times5\times2\equiv2~(mod~7)\cdots③
- ①,②,③の左辺の和から、$~105~$を$~n~$回ひいた数を$~A~$とおく。
A=5\times7\times4+3\times7\times3+3\times5\times2-3\times5\times7\times{n}$~A~$を$~3~$でわると、①より、
A\equiv2+0+0-0=2~(mod~3)
$~A~$を$~5~$でわると、②より、
A\equiv0+3+0-0=3~(mod~5)
$~A~$を$~7~$でわると、③より、
A\equiv0+0+2-0=2~(mod~7)
となるため、$~A~$は問題の条件を満たしていることがわかる。
したがって、$~140+63+30=233~$から$~105~$を$~2~$回ひいた$~23~$は題意を満たす。
その後、同様の問題でも解けるように研究された中国剰余の定理は、今の記法で書くと以下のようになります。
与えられた2つの整数$~m~,~n~$が互いに素であれば、任意の整数$~a~,~b~$に対して
\begin{cases}
x \equiv a ~~&(\mod{m}~~~) \\
x \equiv b ~~&(\mod{n}~~~~)
\end{cases}を満たす整数$~x~$が$~mn~$を法として一意に存在する。
『孫子算経』の問題は、数論の重要な先駆例であり、近代数学の合同式理論へとつながる源流となりました。
鶴亀算を初めて扱った
また、『孫子算経』では雉と兎の足の数から個体数を求める「雉兎同籠」の問題も見られます。
これは、後に日本に伝わり、「鶴亀算」として発展するものです。


この種の問題は連立一次方程式の初等的な応用例として、日本の和算などにも影響を与えました。
今有雉兎同籠,上有三十五頭,下有九十四足。問雉兎各幾何?
答曰:雉二十三、兎一十二。
術曰:上置頭、下置足。半其足,得四十七,以少減多,再命之,上三除下三,上五除下五,下有一除上一,下有二除上二,即得。
又術曰:上置頭,下置足,半其足,以頭除足,以足除頭,即得。
今、雉と兎が同じ籠の中に入っている。上から見ると頭が35個あり、下から見ると足が94本ある。雉と兎はそれぞれ何匹いるか。
答:雉23羽、兎12匹
解法①:
上に頭の数を、下に足の数を置く。足の数を半分にすると47になる。
少ないもの(頭数)を多いもの(足数の半分)から引いて、再び命じる。
上の3を下の3で除し、上の5を下の5で除し、下に1があれば上の1を除き、下に2があれば上の2を除くと、答えが得られる。
解法②:
上に頭の数を、下に足の数を置く。足の数を半分にして、頭の数を足の数で調整し、足の数を頭の数で調整することで、答えが得られる。
解法①の下線部は、算木に基づく計算手順が書かれているため、ややまどろっこしい表現になっています。
解法②の下線部は、足の数の半分(47)と頭の数(35)を使うことで答えが得られることを主張しています。
実際、以下のように求めることができます。
雉の足が1本、兎の足が2本にした場合、合計足の数は47本になる。
籠の中の35匹が全て雉だとすると、足は35本となり、$~47-35=12~$本足が足りない。
雉1羽を兎1匹に変更すると、1本足が増えるため、$~12 \div 1=12~$匹の兎がいるとわかる。
したがって、雉は$~35-12=23~$羽であることがわかる。
まさに「鶴亀算」の解法です。
この「雉兎同籠」の問題が日本に伝わり、江戸時代の和算で「鶴亀算」として定着していきました。
まとめ
中国の数学者、孫子の生涯と功績について解説してきました。
- 主著『孫子算経』は中国古代数学を代表する重要文献
- 中国剰余の定理の元となる問題を記した。
- 後の鶴亀算につながる「雉兎同籠」という問題を記した。



今でも鶴亀算は小学生の算数で扱われて、子どもたちの頭を悩ませているよね。



中国剰余の定理も、数論の先駆けとなる大事な定理だよ。
このブログの参考文献
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- 『カッツ 数学の歴史』
- 『メルツバッハ&ボイヤー数学の歴史(Ⅰ・Ⅱ)』
- 『数学の流れ30講(上・中・下)』
- 『数学の歴史物語』
- 『フィボナッチの兎』
- 『高校数学史演習』
- 『数学の世界史』
- 『数学の文化史』
- 『モノグラフ 数学史』
- 『数学史 数学5000年の歩み』
- 『数学物語』
- 『世界数学者事典』
- 『数学者図鑑』
- 『数学を切りひらいた人々(1~5)』
- 『天才なのに変態で愛しい数学者たちについて』
- 『素顔の数学者たち』
- 『数学スキャンダル』
- 『ギリシャ数学史』
- 『古代ギリシャの数理哲学への旅』
- 『ずかん 数字』
- 『πとeの話』
- 『代数学の歴史』
- 『幾何学の偉大なものがたり』
- 『アキレスと亀』
- 『ピタゴラスの定理100の証明法』
- 『ピタゴラスの定理』
- 『フェルマーの最終定理』
- 『哲学的な何か, あと数学とか』
- 『数と記号のふしぎ』
- 『身近な数学の記号たち』
- 『数学用語と記号ものがたり』
- 『納得する数学記号』
- 『図解教養事典 数学』
- 『イラストでサクッと理解 世界を変えた数学史図鑑』(拙著)
- 『教養としての数学史』(拙著)


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