レオン・バッティスタ・アルベルティは、イタリア・ルネサンス期を代表する「万能人」の一人です。
建築家、著述家、芸術理論家、そして数学者として、幅広い分野でその才能を発揮しました。
特に数学の分野では、芸術家たちが経験的に用いていた透視画法(遠近法)の理論を、史上初めて数学的に体系化した功績で知られています。
彼の主著『絵画論』にて、「画家にとって最初に必要とされることは幾何学の知識である。」という言葉があるように、絵を描くために幾何学が必要であることを明言しました。
この記事では、アルベルティの生涯やエピソードと共に、彼の最大の功績である透視画法の理論を、数学史の先生であるFukusukeが図や数式を使って詳しく解説します。
物を立体的に描くために必要な数学は、中学3年生で学ぶ相似の理論だったのです。
アルベルティの生涯
レオン・バッティスタ・アルベルティは(Leone Battista Alberti , 1404年2月14日〜1472年4月25日)は、芸術と科学が密接に結びついていたルネサンスの精神を体現した人物の1人です。

(出典:Uffizi Gallery, Public domain, via Wikimedia Commons)
彼の生涯は、学問、芸術、そしてローマ教皇庁での実務と、多彩な活動に彩られていました。
アルベルティの年譜
| 年代 | 出来事 | 補足 |
|---|---|---|
| 1404年 | ジェノヴァで生まれる | フィレンツェの富裕なアルベルティ一族の一員だったが、追放令によって父ロレンツィオがジェノヴァへ。この地で生まれた。 |
| 1421年 | ボローニャ大学に入学 | ボローニャ大学で法学を学ぶ中、暗記科目のストレスから解放されるために数学に取り組むようになる |
| 1428年頃 | フィレンツェに移住 | 一族への追放令が撤回され、フィレンツェへ。建築家ブルネレスキと親交を結び、建築に興味を持つ。 |
| 1432年 | 教皇庁書記官になる | ローマ教皇庁の書記としてキャリアを開始。ローマの古代建築に魅了される。 |
| 1435年 | 『絵画論』を執筆 | 透視画法の理論を初めて体系的に記述した。ブルネレスキに多大なインスピレーションを受けた著作。 |
| 1446年 | パラッツォ・ルチェッライの設計を開始 | フィレンツェの商人ルチェッライ家の依頼で宮殿を設計。建築家としてのキャリアを本格化させる。 |
| 1452年 | 『建築論』を教皇に献呈 | 全10巻の建築書。古代ローマの建築家ウィトルウィウスの著作に倣った。 |
| 1460年代 | 暗号に関する著作を執筆 | 多表式換字(複数の換字表を切り替えながら暗号化する手法)や頻度分析(暗号解読の手法)を導入した。 |
| 1472年 | ローマで死去 | 68歳で生涯を閉じる。 |
アルベルティの活動場所
アルベルティは、以下のようにイタリア各地を拠点に活動しました。
- ジェノヴァ:アルベルティが生まれた地。
- パドヴァ:大学入学前に学んでいた場所。
- ボローニャ:青年期に大学で法学を学ぶ。
- フィレンツェ:ブルネレスキと出会い、芸術と建築の世界へ。フィレンツェの商人の宮殿の設計も行なっている。
- ローマ:教皇庁に仕えながら古代建築を研究した。最期の地ともなる。
- リミニ:教皇の随行や建築プロジェクトのために滞在した地。
アルベルティの功績:透視画法を解説した
アルベルティの数学史における最大の功績は、それまで職人の経験則に頼っていた透視画法に、初めて数学的な理論を与えたことです。
透視画法とは遠近法の一技術
透視画法とは、3次元の空間や物体を、2次元の平面(キャンバスや壁)上に、あたかも現実の空間を見ているかのようにリアルに描き出すための技法です。
よく耳にする「遠近法」という大きなカテゴリーの中に、「透視画法」という技術が入っています。

透視画法が誕生するまでは、遠くに見える物体をどのくらい小さく描けばいいかは画家の感覚に依存していました。
しかしアルベルティ以後の芸術家たちは透視画法を用いることで、数学に裏打ちされた空間表現を、安定してキャンバスに描くことができたのです。
ブルネレスキの研究を体系化した
透視画法の発見者、あるいは最初の実践者として知られるのは、アルベルティの親友でもあった建築家フィリッポ・ブルネレスキ(Filippo Brunelleschi, 1377年〜1446年4月15日)です。

(出典:scan uploaded by Sailko, cropped by MenkinAlRire, Public domain, via Wikimedia Commons)
ブルネレスキは透視画法の理論を文章として残すことはありませんでした。
その理論を初めて一般化し、誰でも学べる形に体系化したのがアルベルティです。
1435年に書かれたアルベルティの著作『絵画論』(De Pictura)は、絵画を単なる職人技から、幾何学に基づく知的な学問へと高める画期的な書物でした。
彼は『絵画論】の中で、次のように述べています。
画家にとって最初に必要とされることは幾何学の知識である。
アルベルティ著『絵画論』より
感覚が重視されてきた芸術の分野において、幾何学の言葉を用いることにより、絵画を一つの論理的秩序の枠組みの中に入れることができました。
透視画法による立体の描き方
アルベルティは『絵画論』の中で、床に敷かれた正方形のタイル模様のような格子状の平面を、カンヴァス上に正確に描くための幾何学的な作図法を具体的に示しました。
この方法は、いくつかの重要な概念に基づいています。
アルベルティの作図法を、まずはシンプルな具体例で考えてみましょう。
下のような、各辺$~1m~$の正方形のタイル上で、画家が$~1m~$離れたキャンバスにタイルを描くことを考える。

描きたい物体の各点から、画家の目に至る何本もの光線によって、キャンバスは貫かれていると考えることができる。
そこで、以下のように記号をつける。

このとき、4色のタイルをキャンバス上に、次の❶〜❺の手順で描くことができる。
- キャンバスの下底の各点$~J~,~A~,~K~$から$~V~$に向かって線分をひく。これによって、直線$~AC~$は線分$~AV~$に、$~J~,~K~$を通り、$~AC~$と平行な直線はそれぞれ線分$~JV~,~KV~$になる。(※)

- $~P~$の位置はキャンバスから1マス先にあるため、$~J~$から1マス離れた位置にある$~A~$から$~W~$に向けて補助線を引き、$~JV~$との交点を$~S~$とする。
(本来であれば、$~V~$から$~W~$の方向に、$~AH~$の長さだけ進んだところに$~X~$をとって、$~A~$と$~S~$を結ぶが、今回は$~AH=1m~$のため、$~X~$の位置は$~W~$となる。)

- $~S~$から$~JK~$と平行な線を引き、$~VA~$との交点が$~P~$の位置となるため、緑色と黄色のタイルを描くことができる。

- 次に、$~Q~$の位置はキャンバスから2マス先にあるため、$~J~$から2マス離れた位置にある$~K~$から$~W~$に向けて補助線を引き、$~JV~$との交点を$~T~$とする。

- $~T~$から$~JK~$と平行な線を引き、$~VA~$との交点が$~Q~$の位置となるため、赤色と青色のタイルを描くことができる。

※3次元世界における平行線は、2次元の絵や写真において、1つの点に向かって進んでいきます。
この平行線が集まる点のことを消失点と呼び、今回のタイルの例で言えば、床と平行にまっすぐ見た視線を消失点としています。


透視画法の数学的説明
なぜアルベルティによる透視画法の例の方法で、$~P~$や$~Q~$の位置が正確に求められ、タイルを描けるのでしょうか。
実は、アルベルティ自身は数学的な証明を詳細には記しませんでした。
しかし、彼の作図法は三角形の相似を用いることで数学的に正当化できます。
先の例はわかりやすい数値にしましたが、ここでは一般化した状態で説明します。
キャンバスから$~d~$離れた位置に、視点の高さが$~h~$の画家がおり、その逆側に一辺の長さが$~a~$のタイルが並んでいる。

$~B~$や$~C~$から出た光は、視点$~E~$に向かってキャンバス上の$~P~,~Q~$をそれぞれ貫通する。
まず、$~AP~$と$~AQ~$の長さを求める。

$~\triangle BAP ~$∽$~ \triangle BHE~$より、
\begin{align*}
a : AP &= (a+d) : h \\
(a+d)AP &= ah \\
AP &= \frac{ah}{a+d} \quad \cdots ①\\
\end{align*}同様に、$~\triangle CAQ ~$∽$~ \triangle CHE~$より、
\begin{align*}
2a : AQ &= (2a+d) : h \\
(2a+d)AQ &= 2ah \\
AQ &= \frac{2ah}{2a+d} \quad \cdots ②\\
\end{align*}次に、アルベルティによる描き方で、キャンバス上に描かれた$~AP~$や$~AQ~$の長さを求める。

$~AP = p~$とすると、$~VP = h – p~$と表せる。
これらは $~\triangle SJA ~$∽$~ \triangle SVX~$の高さにそれぞれ対応するため、その相似比から、
\begin{align*}
a : d &= p : (h-p) \\
dp &= ah - ap \\
ap + dp &= ah \\
p(a+d) &= ah \\
p &= \frac{ah}{a+d} \quad \cdots ③\\
\end{align*}と求められる。

同様に、$~AQ = q~$とすると、$~VQ = h – q~$で、$~\triangle TJK ~$∽$~ \triangle TVX~$から、
2a : d = q : (h-q)
なので、
q = \frac{2ah}{2a+d} \quad \cdots ④が求められる。
したがって、①と③より$~P~$の位置が、②と④より$~Q~$の位置が 2つの図で一致することが確かめられた。
さらに一般化して、キャンバスから$~n~$マス離れた地点$~D~$からの光線$~DE~$が、キャンバスを貫通する点を$~R~$とすると、

$~\triangle DAR ~$∽$~\triangle DHE~$より、
\begin{align*}
na : AR &= (na+d) : h \\\\
AR &= \frac{nah}{na+d} \quad \cdots ⑤
\end{align*}次に、キャンバス上では、$~JL=na~$となる$~L~$をとり、$~LX~$と$~JV~$の交点を$~S~$とすることで、

$~AR = r~$とすると、$~VR = h – r~$と表せ、$~\triangle SJL ~$∽$~ \triangle SVX~$ から、
na : d = r : (h-r)
なので、
r = \frac{nah}{na+d} \quad \cdots ⑥⑤、⑥より、2つの図で$~R~$の位置は一致している。
先の透視画法の例の場合、以下の2つの図において、どちらも$~AP=\cfrac{1}{2}~m~,~AP=\cfrac{2}{3}~m~$が求められます。


遠近法に幾何学という根拠が与えられたため、芸術的センスがない人でも、遠くのものをどのくらいの大きさで描けばよいかが理論的に求められるようになったのでした。
アルベルティのエピソード:身体能力が高かった(自称)
アルベルティは知の巨人であっただけでなく、自身の身体能力にも非常に自信を持っていたようです。
彼は自伝的なメモの中で、自身の運動能力について次のように書き残しています。
あらゆる身体的運動に秀でていた。足を縛った状態で、立っている人間を飛び越えることができた。大聖堂の中では、コインを高く放り投げて天井の丸屋根(ヴォールト)に響かせることができた。野生の馬をなだめたり、山に登ったりすることを楽しみとしていた。

これらの記述が事実そのままかは定かではありませんが、文武両道を目指すルネサンスの「万能人」としての理想像を自ら体現しようとしていた、アルベルティの自信に満ちた人柄がうかがえる興味深いエピソードです。
まとめ
レオン・バッティスタ・アルベルティは、芸術と数学の間に橋を架けたルネサンスの巨人でした。
- 建築・芸術・数学・文学・暗号学にまたがるルネサンスの「万能人」。
- ブルネレスキが初めて実践した透視画法を、文章として初めて体系化した。
- アルベルティの作図法の背景には三角形の相似の原理が使われている。

『絵画論』のおかげで、デッサンや色塗りのセンスがなくても、遠近法だけは正確という画家もいたのかもしれないね




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