ニコル・オレームは、フィボナッチと並んで中世ヨーロッパ最大の数学者の一人です。
現代では当たり前に使われているグラフの概念を初めて発明し、関数の変化を視覚的に表現するという画期的な手法を編み出しました。
これは、のちのデカルトによる解析幾何学の創始に繋がる、数学史上の大きな一歩です。
また、オレームの先駆的な取り組みはそれに留まらず、指数法則の提示や無限級数の研究をも行っています。
この記事では、ニコル・オレームの生涯と彼の時代を先取りする功績について、現役教員で数学史の先生であるFukusukeが詳しく解説します。
オレームの生涯
ニコル・オレーム(Nicole Oresme, 1320年頃 – 1382年)は、14世紀のフランスの数学者です。

(出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Oresme-Nicole.jpg)
彼は学者としてだけでなく、聖職者や王の顧問として多岐にわたる分野で活躍しました。
その生涯はイギリスとフランスの間で起こった百年戦争(1339年〜1453年)や黒死病の流行期間と重なりますが、混沌とした世界の中で彼は数学の発展に大きく貢献したのです。
オレームの年譜
| 年代 | 出来事 | 補足 |
|---|---|---|
| 1320年頃 | フランスのノルマンディー地方、カーン近郊の村で生まれる | |
| 1340年代 | パリ大学ナヴァール学寮で神学を学ぶ | |
| 1356年 | ナヴァール学寮で教育活動を行う | 神学や数学を教えた |
| 1362年 | ルーアン大聖堂の参事に指名される | 長年過ごしたナヴァール学寮を去った |
| 1364年 | フランス王シャルル5世の顧問となり、アリストテレスの著作などを翻訳 | シャルル5世の皇太子時代、オレームは彼の家庭教師をしていた |
| 1377年 | リジューの司教に任命される | リジューとパリを往復するほど、パリの政治にも関与していた |
| 1382年 | リジューで死去 | 流行していた黒死病で亡くなったとも言われる |
オレームの活動場所
オレームはフランスのノルマンディー地方で生まれました。
当時ヨーロッパの最高学術機関の一つであったパリ大学のナヴァール学寮で学び、そのまま同大学で教育活動を行ったことで彼の学問的キャリアが形成されました。
その後はルーアンで大聖堂の参事になったり、パリでフランス王シャルル5世の宮廷に招かれたりと、多様な活躍を見せます。
晩年は、ノルマンディー地方のリジューで司教として過ごし、その地で生涯を終えました。
オレームの功績:2変量の変化をグラフで表した
オレームの数学者としての最大の功績は、変化する量を幾何学的な図形で表現するという、グラフの基本的なアイデアを考案したことです。
横軸は経度、縦軸は緯度
オレームの時代のスコラ哲学者は、アリストテレスが提唱した概念の一つである「形相」の変化に興味を持っていました。
具体的には、運動している物体の速度、熱せられている水の温度などです。
オレームは測定可能なものはすべて連続量でとらえることができるとし、当時の流行でもあった物体の運動について、次のような表現方法を思いつきました。
水平な線に沿って時間の各瞬間を表す点をつけ、各瞬間に対して垂直方向に引いた線分の長さで速度を表す。
このとき、水平方向を経度と言い、垂直方向を緯度という。

地球上の位置を表すうえで使われる経度と緯度を使っていますが、今の数学のグラフで言うと、経度は$~x~$軸、緯度は$~y~$軸を指します。
オレームのグラフにおける等速直線運動は以下の通りです。
時間のどの瞬間(経度)においても同じ速さ(緯度)となるため、長方形となる。

このようにオレームはグラフ全体を図形として捉えました。
また、グラフ上でできた図形の面積が、進んだ距離を表していることをオレームは理解しており、複雑な運動の理解へとつながりました。

マートン規則をグラフで証明した
同時代のイギリスで、トーマス・ブラドワディーンに代表されるマートン学派が発見した以下のマートン規則は、当時としては画期的な発見でした。
一定の割合で加速する物体の平均速度は、初速度と最終速度の算術平均に等しい。
この規則をグラフで証明したのがオレームです。
彼は台形を長方形に等積変形することで、マートン規則を証明しました。
一定の割合で加速する物体において、時間と速度をグラフにすると、次のようになる。

この物体の移動距離は台形の面積で表され、この台形は初速度と最終速度の中点を通る直線によって、長方形に等積変形できる。

このときに引いた直線の緯度は初速度と最終速度の平均を表し、物体の加速度運動で進んだ距離(面積)を時間(横の長さ)で割ったものに等しい。
したがって、マートン規則は示された。$~~\blacksquare~$
等加速度運動の時間と距離の関係を解明した
マートン規則でも登場した等加速度運動(一定の割合で加速する運動)で、初速を$~0~$とすると以下のようなグラフになります。

オレームはこの図を以下のように直角三角形に分けました。

初速0の等加速度運動のグラフの分割
この幾何学的な分析からオレームは、等加速度運動における時間と距離の関係について、以下の2点に気づいています。
- 時間を均等に分けたとき、各時間で物体が進む距離は$~1:3:5:7:\cdots~$。
- 物体が進む距離は時間の2乗に比例する。

2つ目の性質は、現在の物理学において、$~y~$を進んだ距離、$~a~$を加速度、$~t~$を時間としたときの次の式と同じことを意味しています。
y=\frac{1}{2}at^2グラフという道具を使うことで、当時の流行となっていた運動学の最先端の知識を手にいれることができたのです。
オレームの功績:級数の和をグラフで求めた
オレームは無限級数の収束と発散という、当時としては非常に先進的な問題にも取り組んでいます。
無限級数の和の収束値を求めた
オレームはグラフの考え方を応用し、無限級数の和を求めました。
彼が考えたのは、次のように際限なく増加する速度に関する問題です。
AB を時間の長さの単位量$~1~$とし、物体の最初の$~\displaystyle \frac{1}{2}~$単位時間における速度を$~1~$、続く$~\displaystyle \frac{1}{4}~$単位時間における速度を$~2~$、続く$~\displaystyle \frac{1}{8}~$単位時間における速度を$~3~$、続く$~\displaystyle \frac{1}{16}~$単位時間における速度を$~4~$などとしたとき、物体が通過した合計距離を求めよ。

グラフに登場する長方形を見ても分かる通り、後半になればなるほど限りなく短い時間に、物体が限りなく速く移動していることがわかります。
オレームが先に示した通り、物体の移動距離は各長方形の面積の和に対応するため、数式にすると
\frac{1}{2}\cdot 1 +\frac{1}{4}\cdot 2 +\frac{1}{8}\cdot 3 +\frac{1}{16}\cdot 4 +\cdotsであり、現在の解法では、次のように求められます。
求めたい級数の和を$~S~$とおく。このとき、
2S=1+\frac{1}{2}\cdot 2 +\frac{1}{4}\cdot 3 +\frac{1}{8}\cdot 4 +\cdotsなので、
\begin{align*}
S&=2S-S \\
&=1+\frac{1}{2} +\frac{1}{4} +\frac{1}{8}+\cdots \\
&=\frac{1}{1-\frac{1}{2}} \\
&=2
\end{align*}と求めることができる。
ただ、この考え方が厳密に理解されるのは、1860年代のワイエルシュトラスを待つことになります。
上記のような数式による理解ではなく、オレームは次のように幾何学的に和を求めました。
時間と速度によるグラフを、以下のように切り分ける。

ここで、$~C~$と同じ面積が$~1~$の正方形を用意すると、$~D~$は$~C~$の$~\displaystyle \frac{1}{2}~$であり、$~E~$は$~C~$の$~\displaystyle \frac{1}{4}~$、$~D~$は$~C~$の$~\displaystyle \frac{1}{8}~$である。

したがって、$~D~,~E~,~F~,~G~,~\cdots~$の長方形をすべて足すと$~C~$になるため、グラフの長方形の面積の和は$~C~$2つ分で、$~2~$とわかる。
オレームはこのように、単位正方形の面積と比較することで、無限に続く長方形の面積の和を求めたのです。
これは、無限のプロセスが有限の値に収束するという、極限の概念を直感的に理解していたことを示しています。
自然数の逆数の和は発散する
オレームの級数に関する功績として有名なのが調和級数の和の計算です。
調和級数は次のように定義されています。
自然数の逆数をすべて足し合わせた無限級数を調和級数という。
\frac{1}{1}+\frac{1}{2}+\frac{1}{3}+\frac{1}{4}+\frac{1}{5}+\cdotsオレームはこの級数に対し、次のような巧みな式変形で発散することを示しました。
調和級数は以下のように変形できる。
\begin{align*} &1 + \frac{1}{2} + \left(\frac{1}{3} + \frac{1}{4}\right) + \left(\frac{1}{5} + \cdots + \frac{1}{8}\right) + \cdots \\\\
> &1 + \frac{1}{2} + \left(\frac{1}{4} + \frac{1}{4}\right) + \left(\frac{1}{8} + \cdots + \frac{1}{8}\right) + \cdots \\ \\ = &1 + \frac{1}{2} + \frac{1}{2} + \frac{1}{2} + \cdots \end{align*} このとき、$~\displaystyle 1+\frac{1}{2}+\frac{1}{2}+\frac{1}{2}+\cdots~$は、$~\displaystyle \frac{1}{2}~$を無限にたしているため、正の無限大に発散する。
追い出しの原理より、それよりも大きい調和級数の和も正の無限大に発散する。
調和級数よりも小さい式が$~\displaystyle \frac{1}{2}~$ を無限に足し合わせることになるため、級数全体としては無限大に発散するという結論を導いたのです。
これは、微積分学の基礎が築かれる数世紀も前の驚くべき成果でした。
オレームの功績:指数法則を提示した
オレームは、ブラドワディーンが導入した比の理論を発展させ、現代の指数法則につながる重要な洞察を得ました。
比の合成を簡単に行った
イギリスのウォリングフォードのリチャードは比の値(デノミナティオ)を使って、比の合成を以下のようにしていました。
$~1:4~$と$~8:1~$を合成する場合
- $~1:4~$のデノミナティオは、「$~4~$分比」
- $~8:1~$のデノミナティオは、「$~8~$倍比」
上記の2つのデノミナティオの積は$~\displaystyle \frac{1}{4} \times 8=2~$であることから、$~1:4~$と$~8:1~$を合成した比のデノミナティオは「$~2~$倍比」。
したがって、最も簡単な整数比で表した場合の合成比は$~2:1~$である。
これに対し、フランスのオレームは著書『比のアルゴリズム』や『比の比について』で、より簡単な方法で比の合成を行いました。
$~1:4~$と$~8:1~$を合成する場合
それぞれの比の左側どうしの積と右側どうしの積により、以下のように求められる。
\begin{align*}
(1\times8) &: (4 \times 1) \\
=~~~~~~~~~~8&:4 \\
=~~~~~~~~~~2&:1 \\
\end{align*}オレームの考え方を一般化すると、次のように表せます。
$~a:b~$と$~c:d~$の合成比は、次の式で与えられる。
ac:bd
この式が成り立つことの証明は、比の性質から簡単に行えます。
$~a:b~$を$~c~$倍、$~c:d~$を$~b~$倍することで、
\begin{align*}
a:b&=ac:bc \\
c:d&=bc:bd
\end{align*}となるので、$~ac:bc~$と$~bc:bd~$の合成によって、$~ac:bd~$が求められた。$~~\blacksquare~$
分数指数に特殊な表記を与えた
比どうしをかけるだけで比の合成が行えることを示したオレームは、ここから指数法則と同様の計算方法を発見しました。
まず、比の値を$~n~$回かけたものは、オレームの比の合成方法 から以下のようにわかります。
$~a:b~$の$~n~$回合成は、以下のように表せる。
(a:b)^n=a^n:b^n
オレームは指数表記を用いたわけではなく、ウォリングフォードのリチャードと同様に言葉で指数を表しています(後述)。
そして、オレームはこの指数の概念を拡張して、$~n~$が有理数の場合も次のように計算しました。
$~\displaystyle (2:1)^{\frac{1}{3}}~$と$~3:2~$を合成する場合
- 2つの目の比を立方して$~27:8~$を得る。
- $~2:1~$と$~27:8~$を合成して、$~54:8=27:4~$を得る。
- $~27:4~$の立法根をとり、$~\displaystyle (27:4)^{\frac{1}{3}}~$を得る。
比の値を使って、現在の式計算で求めようとすると以下のようになります。
\begin{align*}
2^{\frac{1}{3}} \times \frac{3}{2}&= \left( 2 \times \frac{27}{8}\right)^{\frac{1}{3}} \\
\\
&= \left(\frac{27}{4}\right)^{\frac{1}{3}} \\
\end{align*}オレームは$~\displaystyle (2:1)^{\frac{1}{3}}~$を「2倍比の3分の1部分」と呼んでいましたが、行っていることは分数指数の計算だったのです。
オレームのエピソード:占星術を数学的に批判した
オレームは、数学的な確率論を用いて占星術の前提を否定しました。
その説明は、2つの比を組み合わせたときにその関係が有理数になるのは極めて稀で、大半は「無理数」になると指摘したことから始まります。
$~a~,~b~$を$~10~$以下の自然数として、$~(8:1)=(a:b)^n~$を満たす実数$~r~$を考える。
$~r~$を有理数とするとき、等式を満たす$~a~,~b~$の組み合わせは次の6通りしかない。
\begin{align*}
(8:1)&=(8:1)^1 \\
(8:1)&=(4:1)^{\frac{3}{2}} \\
(8:1)&=(2:1)^3 \\
(8:1)&=(1:2)^{-3} \\
(8:1)&=(1:4)^{-\frac{3}{2}} \\
(8:1)&=(1:8)^{-1} \\
\end{align*} そのため、残りの$~(a:b)~$に対する$~r~$はすべて無理数となる。
(以下は$~r~$が無理数のときのほんの一例。$~r=\log_{3}{8}~$などの無理数である。)
\begin{align*}
(8:1)&=(3:1)^r \\
(8:1)&=(5:1)^r \\
(8:1)&=(5:3)^r \\
(8:1)&=(4:7)^r \\
(8:1)&=(1:10)^r \\
(8:1)&=(10:9)^r \\
\end{align*} この理論を天体に当てはめると、様々な惑星の運行周期の比もまた、無理比である可能性が圧倒的に高いことになります。
もし天体の比が無理数であれば、惑星が再び全く同じ配置に戻ることは二度と起こり得ません。
しかし、占星術という「科学」を自称する学問は、星の配置が一定の周期で繰り返されることを前提として成り立っています。
ゆえにオレームは、宇宙に永続的な繰り返しなど存在しない以上、占星術は理論的に虚偽であると結論付けたのです。

まとめ
ルネ・デカルトが座標を定義するよりも200年以上前のヨーロッパで、物体の運動をグラフで表すという先駆的な取り組みを行った数学者ニコル・オレームについて解説してきました。
百年戦争や黒死病の流行により、オレームの数学的偉業がすぐには知れ渡りませんでしたが、ルネサンス期に復興した彼の数学はその後の数学者たちに影響を与えることとなりました。
- グラフの発明: 変化する量を幾何学的な図形で表現し、解析幾何学の基礎を築いた。
- 運動の記述: グラフを用いて等速運動や等加速度運動を視覚的に分析した。
- 指数法則の先駆: 分数指数を導入し、その計算規則を探求した。
- 無限級数の研究: 調和級数の発散を証明し、無限の概念に迫った。




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