ゲルソニデスは、レヴィ・ベン・ゲルソンとも知られ、近世ヨーロッパに先駆けて数論を研究した中世の数学者です。
現代の高校数学で学ぶ順列(P)や組合せ(C)の公式、そして証明方法の強力な武器である数学的帰納法。
実は、これらの概念の基礎を、ゲルソニデスが14世紀にすでに築き上げていました。
この記事では、ゲルソニデスの生涯と、時代を先取りした彼の偉大な功績、そして何事も鵜呑みにしない彼の批判的精神に満ちたエピソードについて、現役数学教員で、数学史の先生であるFukusukeが詳しく解説します。
ゲルソニデスの生涯
ゲルソニデス(Gersonides, 1288-1344)は、南フランスのプロヴァンス地方で活躍したユダヤ人の数学者です。

本名はレヴィ・ベン・ゲルソン(Levi ben Gerson)で、「ゲルソニデス」は彼の名前をラテン語化したもの。
当時のヨーロッパでは、学術的な著作はラテン語で書かれることが一般的だったため、この名前で広く知られることになりました。
ゲルソニデスの年譜
彼の生涯については詳しい記録は多く残っていませんが、その著作は後世に大きな影響を与えました。
| 年代 | 出来事 | 補足 |
|---|---|---|
| 1288年 | 南フランスのバニョル・シュル・セーズで生まれる。 | 敬虔なユダヤ人の家庭に生まれたとされる。 |
| 1321年 | 主著の一つ『計算術』(Sefer Maaseh Hoshev)を執筆。 | 組合せ論や数学的帰納法に関する重要な証明が含まれている。 |
| 1329年 | 哲学・神学に関する主著『主の戦い』(Sefer Milhamot Ha-Shem)を完成。 | 12年をかけて執筆された大著。アリストテレス哲学に基づき、聖書やユダヤ思想を論じた。 |
| 1337年 | 日食を観測し、太陽に関する新しい理論を提案。 | 優れた天文観測者でもあり、自作の観測器具「ヤコブの杖」を用いていた。 |
| 1342年 | 三角法に関する著作『正弦、弦、弧について』を執筆。 | 平面三角形における正弦定理を証明し、高精度な三角比の表を作成した。 |
| 1344年 | ペルピニャンにて死去(56歳)。 | 正確な没年には諸説ある。 |
ゲルソニデスの活動場所
ゲルソニデスは、生涯のほとんどを南フランスのプロヴァンス地方で過ごしました。当時のプロヴァンスはフランス王国の領土外で、ユダヤ人に対して比較的寛容な政策が取られていたのです。
彼はオランジュやアヴィニョンといった都市で活動したことが知られています。
特にアヴィニョンは、当時ローマ教皇庁が置かれていた場所(アヴィニョン捕囚)であり、文化・学問の中心地でした。
ゲルソニデスは、その学識の深さからキリスト教徒の学者や聖職者とも交流があり、教皇クレメンス6世の庇護を受けるなど、ユダヤ人でありながら特異な地位を築いていました。
ゲルソニデスの功績:数学的帰納法を一般化した
数学的帰納法は、現代数学の証明において不可欠な手法です。
約300年前のイスラームにて、アルハゼンが$~n=3~$のときの等式を使って$~n=4~$のときの証明を行っていましたが、ゲルソニデスはこの数学的帰納法を一般的に使った最初の数学者の一人として知られています。
「1段1段限りなく上昇してゆくこと」
ゲルソニデスは、数学的帰納法のプロセスを「1段1段限りなく上昇してゆくこと」と詩的に表現しました。
これは、ある命題が最初のケース($~n=1~$)で成り立ち、そしてあるケース($~n=k~$)で成り立つと仮定すれば、次のケース($~n=k+1~$)でも成り立つことを示すことで、すべての自然数について命題が証明される、という数学的帰納法の本質を的確に捉えた言葉です。

彼はこの手法を単に使うだけでなく、証明の正当性をはっきりと認識していました。
これは、証明という概念そのものに対する彼の深い洞察を示しています。
命題を任意の数へと一般化した
ゲルソニデスは、この「上昇法」とも言えるべき手法を用いて、多くの命題を証明しました。
彼の著書『計算家の技法』では、積の交換法則や結合法則を合わせたような命題を証明しています。
二つの数の積に三つ目の数を掛けて得られる積は, 三つの数のうち任意の二つに三つ目の数を掛けて得られる積に等しい。
すなわち
a(bc) = b(ac) = c(ab)
$~a(bc)~$は、「$~c~$を$~b~$個たした数を$~a~$セットたす」と表現できる。

この図を以下のようにとらえると、「$~c~$を$~a~$個たした数を$~b~$セットたす」 とも表現できる。

これは$~b(ac)~$を意味するため、$~a(bc) = b(ac)~$が示された。
同様に、$~b(ac) = c(ab)~$も示されるため、 $~a(bc) = b(ac) = c(ab)~$ が示された。
この命題9をもとに、文字を3つから4つに増やした証明を行いました。
三つの数の積に四つ目の数を掛けて得られる積は, 四つの数のうち任意の三つに四つ目の数を掛けて得られる積に等しい。
すなわち
a(bcd) = b(acd) = c(abd) = d(abc)
$~cd~$を1つのかたまり$~(X)~$として見ると、
\begin{align*}
a(bcd) &= a(bX) \\
&= b(aX) \quad \cdots \text{命題9より} \\
&= b(acd)
\end{align*}となるため、$~a(bcd) = b(acd)~$が示された。
同様に、$~b(acd) = c(abd)~$、$~c(abd) = d(abc)~$も示されるため、$~a(bcd) = b(acd) = c(abd) = d(abc)~$が示された。$~\blacksquare~$
この2つの命題を示したゲルソニデスは、この法則に関して、
ゲルソニデス(AIイメージ)一段一段限りなく上界してゆくことで、 任意の数の因数へ一般化可能。
と述べています。
$~n=k~$から$~n=k+1~$の証明をしているわけではないものの、$~n=3~$から$~n=4~$を示し、それと同様のことが可能と述べている点で、数学的帰納法を見抜いていたことがわかります。
nから下がっていく数学的帰納法
さらに興味深いことに、ゲルソニデスは「上昇法」だけでなく、ある数$~n~$から始めて$~1~$まで「下がっていく」形の数学的帰納法も用いていました。
1から任意の数までの自然数の和を平方して得られる値は, 1から同 じ数までのすべての自然数を立方したものの和に等しい。
すなわち、
\begin{equation*}
(1+2+\cdots+n)^2 = 1^3+2^3+\cdots+n^3
\end{equation*}これはニコマコスの定理を指しています。
命題42を証明するにあたり、数学的帰納法ではない方法で証明した以下の命題41を利用しました。
1から任意の数までの自然数からなる数列において, 数列の和の平方は, 与えられた数の立方と, 与えられた自然数より1少ない数までの全自然数の和を平方した値とを足しあわせたものに等しい。
すなわち、
\begin{equation*}
\underbrace{(1+2+\cdots+n)^2}_{\text{$~1~$から$~n~$までの和}}=n^3+\{\underbrace{1+2+\cdots+(n-1)}_{\text{$~1~$から$~n-1~$までの和}}\}^2
\end{equation*}命題41から、
\begin{equation*} (1+2+\cdots+n)^2 = n^3+\{1+2+\cdots+(n-1)\}^2 \quad \cdots \text{①} \end{equation*}であり、この$~①~$を $~n-1~$ について考えると、
\begin{equation*} \{1+2+\cdots+(n-1)\}^2 = (n-1)^3+\{1+2+\cdots+(n-2)\}^2 \quad \cdots \text{②} \end{equation*}となる。
$~②~$を$~①~$に代入すると、
\begin{equation*} (1+2+\cdots+n)^2 = n^3+(n-1)^3+\{1+2+\cdots+(n-2)\}^2 \end{equation*}となり、これを続けることで、
\begin{equation*} (1+2+\cdots+n)^2 = n^3+(n-1)^3+\cdots+2^3+\underbrace{1^2}_{1\text{から}1\text{までの和}} \end{equation*}であり、命題42が $~n~$ のときに正しいと仮定すると、左辺に代入して、
\begin{align*}
1^3+2^3+\cdots+n^3 &= n^3+(n-1)^3+\cdots+2^3+1^2 \\
1^3 &= 1^2
\end{align*}と等式が成り立つため、命題42の正しさが示された。$~\blacksquare~$
これは、17世紀の同国フランスの数学者フェルマーが使った「無限降下法」の考え方に通じるものであり、彼の思考の柔軟性と独創性を示しています。
ゲルソニデスの功績:階乗! や順列 P 、組合せC の公式を証明した
階乗、順列、組合せは、場合の数を数え上げるための基本的な道具です。
\begin{align*}
n! &= n \cdot (n-1) \cdot (n-2) \cdot \cdots \cdot 2 \cdot 1 \\
\\
{}_n P_r &= \underbrace{n \cdot (n-1) \cdot (n-2) \cdot \cdots \cdot (n-r+1)}_{{n \text{から} 1 \text{ずつ減らしながら、}r \text{回かける}}}\\
\\
{}_n C_r &= \frac{{}_n P_r}{r!} = \frac{n(n-1)(n-2) \cdots (n-r+1)}{r(r-1) \cdots 1}
\end{align*}ゲルソニデスは、これらの公式を数学的帰納法も用いながら証明しました。
階乗!の公式を数学的帰納法で示した
ゲルソニデスは『計算家の技法』の中で、順列に関する以下の命題を最初に示しました。
任意個の要素に基づいた順列数が、与えられた数に等しいとき、最初より一つ要素が多い場合の順列数は、最初の順列数と与えられた数の次にくる数との積により求まる。
すなわち、
\begin{equation*} (n+1)! = (n+1) \cdot n! \end{equation*}5個の文字$~a, b, c, d, e~$の並べ方$~(a_5)~$に対し、 6個の文字$~a, b, c, d, e, f~$の並べ方$~(a_6)~$を考える。
$~f~$ を先頭にした場合、$~f~$ のあとに5個の文字 $~a, b, c, d, e~$ が並ぶため$~a_5~$ 通り。
先頭の文字は $~a, b, c, d, e, f~$ の6通りがあるため、6個の文字の並べ方は、
\begin{equation*} a_6 = 6 \cdot a_5 \quad (\text{通り}) \end{equation*}といえる。
この命題から、ゲルソニデスは$~n! = n \times (n-1) \times \dots \times 1~$ を証明しました。
2個の文字の並べ方$~a_2~$は $~a,b~$ と $~b,a~$ の2通りで、$~a_2=2\cdot1~$ に等しい。
命題63から、3個の文字の並べ方は
\begin{equation*}
a_3 = 3 \cdot a_2 = 3 \cdot 2 \cdot 1 \quad (\text{通り})
\end{equation*}である。
これを際限なくやっても同じ結果が表れるので、$~n~$ 個の文字の 並べ方は、
n \cdot (n-1) \cdot (n-2) \cdot \cdots \cdot 2 \cdot 1 \quad (\text{通り})となる。
順列Pの公式を具体的な例から示した
任意個の要素が与えられており、それとは異なりかつそれより小さいある数を考え、それを順序とするような順列数を第三の数として表す。
与えられた要素の中で、 順列を構成する要素の個数を一つ増やすと、この場合の順列数は、先述の第三の数に、最初の数と第二の数との差を掛け合わせたものに等しい。
すなわち、
\begin{equation*} {}_n P_{r+1} = (n-r) {}_n P_r \end{equation*}この命題から、順列の一般化へと繋げたのです。
7個の文字から2個選んで並べる方法は、$~b_2 = \underbrace{7 \cdot 6}_{\text{2つ}}~$ に等しい。
命題65から、7個の文字から3個選んで並べる方法は、
\begin{equation*} b_3 = (7-2) b_2 = \underbrace{7 \cdot 6 \cdot 5}_{\text{3つ}} \quad (\text{通り}) \end{equation*}である。
こうして、いかなる数についても、$~n~$ 個の文字から $~r~$ 個選んで並べる方法は、
\begin{equation*} \underbrace{n \cdot (n-1) \cdot (n-2) \cdot \cdots \cdot (n-r+1)}_{r\text{個}} \quad (\text{通り}) \end{equation*} となり、$~n~$ から $~r~$ 個分、自然数を順々にかけあわせればよい。
もちろん、当時は「$~!~$」や「$~_nP_k~$」のような便利な記号はありませんでした。
ゲルソニデスはこれらをすべて言葉で説明しており、その証明は非常に丁寧で厳密なものでした。
組合せCの公式も手に入れた
順列の公式を証明した後、ゲルソニデスは「組合せ」の公式にも取り組んでいます。
{}_n P_r = {}_n C_r \cdot {}_r P_rこの命題を式変形することで、以下の公式が簡単に導かれるのがわかるでしょう。
_nC_k = \frac{_nP_k}{k!} = \frac{n(n-1)\dots(n-k+1)}{k(k-1)\dots 1}この公式の発見と証明は、組合せ論の歴史における画期的な出来事でした。
ゲルソニデスの組合せ論は歴史に埋もれた
現在でも使われるほど重要な発見であったにもかかわらず、ゲルソニデスの組合せ論に関する業績は、その後何世紀にもわたってほとんど知られることがありませんでした。
彼の著作がヘブライ語で書かれていたことや、当時のヨーロッパ数学界の中心から離れた場所で活動していたことなどが原因と考えられています。
順列や組合せの公式がヨーロッパで再び注目されるのは、17世紀のパスカルやフェルマーの時代になってからのことでした。
ゲルソニデスの研究は、まさに時代を300年も先取りしていたのです。
ゲルソニデスのエピソード:何事も疑ったユダヤ教徒
ゲルソニデスの数学における厳密な証明へのこだわりは、彼の思想家としての姿勢と深く結びついています。
彼は、権威や伝統を鵜呑みにせず、自らの理性と観測に基づいて真理を探究することを信条としていました。
その最も有名な例が、天文学におけるプトレマイオスモデルへの批判です。
自らの天文観測の結果と比較して、月の見かけの大きさが知られている理論と合わないことを突き止めたゲルソニデスは、プトレマイオスのモデルが不完全であることを明確に論証しました。
これは、観測データに基づいて科学理論を「反証」するという、近代科学の方法論を先取りする画期的な試みでした。


このように、既存の考えに常に疑問の目を向け、論理的な整合性や経験的な証拠を何よりも重視する彼の姿勢こそが、数学の分野においても厳密な「証明」を重んじる態度につながったのです。
まとめ
この記事では、中世ヨーロッパの数学者ゲルソニデスの生涯と功績について解説しました。
- ゲルソニデスは14世紀の南フランスで活躍したユダヤ人学者。
- 数学的帰納法を体系的に使用し、「1段1段限りなく上昇してゆくこと」と表現した。
- 順列(P)と組合せ(C)の公式を数学的帰納法で証明した最初の数学者の一人。
- 彼の業績は時代を先取りしすぎており、その後何世紀も忘れ去られていた。
- 天文学ではプトレマイオスの理論を観測によって反駁するなど、鋭い批判精神の持ち主だった。




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