ゲルソニデス〜生涯と功績を解説!順列Pや組合せCは中世から存在した?【数学史11-7】

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 ゲルソニデスは、レヴィ・ベン・ゲルソンとも知られ、近世ヨーロッパに先駆けて数論を研究した中世の数学者です。

 現代の高校数学で学ぶ順列(P)や組合せ(C)の公式、そして証明方法の強力な武器である数学的帰納法

 実は、これらの概念の基礎を、ゲルソニデスが14世紀にすでに築き上げていました。

 この記事では、ゲルソニデスの生涯と、時代を先取りした彼の偉大な功績、そして何事も鵜呑みにしない彼の批判的精神に満ちたエピソードについて、現役数学教員で、数学史の先生であるFukusukeが詳しく解説します。

この記事を書いた人

Fukusuke(ふくすけ)
数学史の先生

  1. 現役の中学・高校数学教員
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この記事を読んでわかること

ゲルソニデスの生涯

 ゲルソニデス(Gersonides, 1288-1344)は、南フランスのプロヴァンス地方で活躍したユダヤ人の数学者です。

ゲルソニデス(AIイメージ)
ゲルソニデス(AIイメージ)

 本名はレヴィ・ベン・ゲルソン(Levi ben Gerson)で、「ゲルソニデス」は彼の名前をラテン語化したもの。

 当時のヨーロッパでは、学術的な著作はラテン語で書かれることが一般的だったため、この名前で広く知られることになりました。

ゲルソニデスの年譜

彼の生涯については詳しい記録は多く残っていませんが、その著作は後世に大きな影響を与えました。

ゲルソニデスの年譜
年代出来事補足
1288年南フランスのバニョル・シュル・セーズで生まれる。敬虔なユダヤ人の家庭に生まれたとされる。
1321年主著の一つ『計算術』(Sefer Maaseh Hoshev)を執筆。組合せ論や数学的帰納法に関する重要な証明が含まれている。
1329年哲学・神学に関する主著『主の戦い』(Sefer Milhamot Ha-Shem)を完成。12年をかけて執筆された大著。アリストテレス哲学に基づき、聖書やユダヤ思想を論じた。
1337年日食を観測し、太陽に関する新しい理論を提案。優れた天文観測者でもあり、自作の観測器具「ヤコブの杖」を用いていた。
1342年三角法に関する著作『正弦、弦、弧について』を執筆。平面三角形における正弦定理を証明し、高精度な三角比の表を作成した。
1344年ペルピニャンにて死去(56歳)。正確な没年には諸説ある。

ゲルソニデスの活動場所

 ゲルソニデスは、生涯のほとんどを南フランスのプロヴァンス地方で過ごしました。当時のプロヴァンスはフランス王国の領土外で、ユダヤ人に対して比較的寛容な政策が取られていたのです。

 彼はオランジュアヴィニョンといった都市で活動したことが知られています。

 特にアヴィニョンは、当時ローマ教皇庁が置かれていた場所(アヴィニョン捕囚)であり、文化・学問の中心地でした。

 ゲルソニデスは、その学識の深さからキリスト教徒の学者や聖職者とも交流があり、教皇クレメンス6世の庇護を受けるなど、ユダヤ人でありながら特異な地位を築いていました。

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