アル・フワーリズミーは、中世イスラームを代表する数学者であり、アラビア数字の橋渡し役となった数学史的に重要な数学者です。
彼が書いた2つの著書は、それぞれ「代数学」と「アルゴリズム」の語源となるほど、現在にも影響を与えています。
ヨーロッパが暗黒時代と呼ばれた時代、イスラームで数学の中心的存在となったアル・フワーリズミーについて、数学史の先生Fukusukeがわかりやすく解説!
この記事を読むことで、なぜ彼の著書が代数学やアルゴリズムの語源になったのかがわかります。
フワーリズミーの生涯
アル・フワーリズミー(Al-Khwarizmi、780年頃~850年頃)は、イスラーム初期を代表する数学者です。

(出典:See page for author, Public domain, via Wikimedia Commons)
「アル・フワーリズミー」は「ホラズム出身の」という意味で、現在のウズベキスタンにあるホラズム地方(ヒヴァ付近)の出身であることを示しています。
また、彼の本名は非常に長く、名前としては「ムハンマドさん」が正しい呼び名になります。(後述)
フワーリズミーの年譜
フワーリズミーの生涯について、確実にわかっていることをまとめると以下のようになります。
| 年代 | 出来事 | 補足 |
|---|---|---|
| 780年頃 | ホラズムで生まれる | 現在のウズベキスタンのヒヴァ付近。アラル海の南の地域。 また、バグダード付近で生まれたという説もある。 |
| 813年頃 | バグダードの知恵の館で活動開始 | アッバース朝カリフ・マアムーンに仕える。 |
| 813年~830年 | 代数学、算術、天文学の研究に従事 | 主要な著作を執筆。 |
| 820年頃 | 知恵の館で天文学者に任命される | 知恵の館の館長も務める |
| 825年頃 | 『ジャブルとムカーバラの書』を執筆する | 代数学の語源となった書。二次方程式を中心に具体的な代数計算を説明した。 |
| 830年頃 | 『インド人たちの数について』を執筆する | ブラーマグプタが完成させたインド数字を紹介する書。 |
| 850年頃 | バグダードで没する | 約70歳で死去 |
フワーリズミーの活動場所
フワーリズミーは、名前の通りホラズム(現在のウズベキスタン)で生まれました。
フワーリズミーが生涯を通じて最も重要な活動を行ったのは、アッバース朝の都バグダードにある「知恵の館」(Bayt al-Hikma)です。
知恵の館ではギリシャ、ペルシャ、インドの古典的な学術書がアラビア語に翻訳されていたため、フワーリズミーの研究に大いに役立つことになりました。
フワーリズミーの功績:言葉の語源となる2冊の著書を書いた
フワーリズミーの主な功績は、現代でも使われている2つの重要な用語の語源となった著作を残したことです。
代数学(Algebra)の語源になった書
フワーリズミーの主著『ジャブルとムカーバラの計算の書』(Hisāb al-jabr wa’l muqābala)は、代数学の基礎を築いた著作です。
この書名に含まれる「al-jabr(アル・ジャブル)」が、英語の「algebra(代数学)」の語源となりました。
「al-jabr」は「復元する」「完成させる」という意味のアラビア語で、方程式の両辺に同じ数を加えて負の項を除去することを指していました。
一方、「al-muqābala(アル・ムカーバラ)」は「向かい合わせ」「約分」を意味し、方程式の両辺から同じ項を引いて簡単にすることを指していました。
\begin{align*}
2x+4&= 5-3x \\
&\huge\downarrow\text{\large{al-jabr}} \\
2x+4+3x&=5-3x+3x \\
5x+4&=5 \\
&\huge\downarrow\text{\large{al-muqābala}} \\
5x+4-4&=5-4 \\
5x&=1
\end{align*}上記の例からも分かる通り、アル・ジャブルとアル・ムカーバラは現代の「移項」を表しています。
フワーリズミーの『ジャブルとムカーバラの計算の書』は12世紀にラテン語に翻訳され、その後400年間にわたってヨーロッパの大学で主要な教科書として使われました。
アルゴリズムの語源となった書
フワーリズミーのもう一つの重要な著作は『インド人たちの数について』です。
この書は、インドから伝わった位取り記数法(現在のアラビア数字)をアラビア語圏に紹介した画期的な著作でした。

原本は残っていませんが、後にこの書がラテン語に翻訳された際、アル・フワーリズミーの名前が「Algoritmi(アルゴリトミ)」と音写され、書名が『インド数字についてアルゴリトミは言った』になりました。
時を経るうちに、アルゴリトミという言葉が機械的な計算手順全般を指す「アルゴリズム(algorithm)」へと変わっていったのです。

現代では、アルゴリズムはコンピュータプログラムの基本概念として不可欠な用語となっています。
フワーリズミーの功績:二次方程式を6種類に分けて解いた
フワーリズミーは『ジャブルとムカーバラの計算の書』において、二次方程式を分類し、それぞれの解法を示しました。
負の数を扱わなかった
フワーリズミーの時代には、負の数という概念がまだ確立されていませんでした。
そのため、彼は二次方程式$~ax^2 + bx + c = 0~$を係数の符号によって分類する必要がありました。
フワーリズミーが分類して現れた二次方程式は、以下の6パターンです。
$~a~,~b~,~c~$を正の数として、二次方程式は以下の6パターンに分類できる。
- $~ax^2=bx~$
- $~ax^2=b~$
- $~ax=b~$(二次方程式ではない)
- $~ax^2+bx=c~$
- $~ax^2+c=bx~$
- $~ax^2=bx+c~$
①は⑤や⑥の$~c=0~$バージョン、②は④や⑥の$~b=0~$バージョン、③は④や⑤の$~a=0~$バージョンとなっています。
ただ、二次方程式を分けるというアプローチは2000年以上前のバビロニアでも行われていました。

幾何学的に説明をした
フワーリズミーの二次方程式の記述では、バビロニアの二次方程式の記述と異なり、解法を幾何学的に証明しました。
彼は『ジャブルとムカーバラの計算の書』の中で、次のように述べています。
6種類の型の方程式について、数に関するかぎりは十分述べてきた。しかしながらここで、数で説明したのと同じ問題が幾何学的にも真であることを証明する必要がある。
『メルツバッハ&ボイヤー数学の歴史(Ⅰ・Ⅱ)』より引用
ギリシャ由来の幾何学的な論考によって、代数的計算の妥当性を証明したことが、フワーリズミーの数学的功績の一つとなっています。
二次方程式④(ax² +bx=c)の解法
フワーリズミーが分類した二次方程式のうち、①②③は残りの3つに含まれるため、④⑤⑥の類型について1つずつ解法を解説していきます。
まずは④$~ax² + bx = c~$について。
この方程式を$~a~$で割って係数を振り直すと、$~x^2+px=q~$の形になります。
型として、$~x^2 + 10x = 39~$を解け。
フワーリズミーは二次方程式を一般化して考えたわけではなく、このような具体的な例についての解法を紹介しました。
(1) $x^2~$を表す図に1辺$~x~$の正方形をかき、となりあった2辺の外側にそれぞれ5の幅を持つ長方形を加える。
こうしてできた図形の面積は$~39~$である。

(2) 大きな正方形を完成させるために、面積が$5^2$の正方形をつけ加える。

(3) 大きな正方形の1辺は$~x+5~$であり、その面積が$~39+5^2=64~$である。
そのため、大きな正方形の1辺は$~8~$であるため、$~x+5=8~$より$~x=3~$が求められる。
この解法を現在の記法で表すと、平方完成を行なっていることがわかります。
\begin{align*}
x^2 + 10x &= 39 \\
x^2+10x+5^2&=39+5^2 \\
(x+5)^2&=64 \\
x+5&=8 \\
x&=3
\end{align*}ただ、負の平方根は無視していることに注意してください。
二次方程式⑤(ax²+c=bx)の解法
次に⑤$~ax² + c = bx~$について。
この方程式を$~a~$で割って係数を振り直すと、$~x^2+q=px~$の形になります。
型として、$~x^2 + 21 = 10x~$を解け。
フワーリズミーはこちらも同様に、$~x^2+21=10x~$を面積で表すことから始めました。
(1) $~x^2~$を表すために1辺$~x~$の正方形$~ABDC~$をかき、それを含むような長方形$~ABFE~$を、$~AE = 10~$となるようにつくる。このとき、長方形$CDFE$の面積は$21$である。

(2) $~AE~$の中点$~G~$をとり、1辺$~5~$の正方形$~EGHI~$をつくる。
$BF$と$GH$の交点を$J$とし、$JH$を1辺とする正方形$JHKL$をつくる。

このとき、辺の長さが$~x~$と$~5-x~$の長方形であることから、
長方形CDJG = 長方形LKIF
なので、
\begin{align*}
長方形CDJG + 長方形GJFE &= 長方形LKIF + 長方形GJFE \\
長方形CDFE& = 長方形LKIF + 長方形GJFE \\
21 &= 長方形LKIF + 長方形GJFE \\
21 &= 六角形EGJLKI
\end{align*}がわかる。

(3) 正方形$~JLKH~$は1辺$~5~$の正方形$~EGHI~$から六角形$~EGJLKI~$をひいたものであるため、面積は$~4~$。
よって、1辺の長さは$~2~$とわかり、これが$~5-x~$なので、$x = 3$と求められる。
面積の関係を上手に使った解法で、最終的な二次方程式の変形は、次のようになります。
\begin{align*}
(5-x)^2 &= 5^2 - 21 \\
(5-x)^2&=4 \\
5-x&=2 \\
x&=3
\end{align*}フワーリズミーは今回使った図を少し修正することで、$~x^2 + 21 = 10x~$のもう一つの正の解である$~x=7~$も求めました。
二次方程式⑥(ax²=bx+c)の解法
最後に⑥$~ax² = bx+c~$について。
この方程式を$~a~$で割って係数を振り直すと、$~x^2=px+q~$の形になります。
型として、$~x^2=3x+4~$を解け。
フワーリズミーは、al-muqābala(アル・ムカーバラ)をしたうえで、図形を考えました。
(1) $~x^2~$を表すために1辺$~x~$の正方形$~ABCD~$をかき、面積が$~\displaystyle \frac{3}{2}x~$の長方形$~ABFE~$と長方形$~CBGH~$を正方形$~ABCD~$内部につくる。

(2) 正方形$ABCD$から、面積がそれぞれ$~\displaystyle \frac{3}{2}x~$の長方形$ABFE$と長方形$CBGH$をひくと、正方形$~GBFI~$を2回ひくことになるので、1回分を正方形$~JILK~$に置き換えて引くことにする。

(3) このとき、六角形$DEJKLH$の面積が$x^2-3x$となり、これが$4$となる。

(4) 失われた正方形$~JILK~$を加えることで、1辺$~\displaystyle x-\frac{3}{2}~$の正方形$~EIHD~$となり、この面積が$~\displaystyle 4+\left(\frac{3}{2} \right)^2~$となる。
(5) 面積が$~\displaystyle 4+\left(\frac{3}{2}\right)^2=\frac{25}{4}~$であることから、1辺は$~\displaystyle \frac{5}{2}~$なので、$~\displaystyle x=\frac{5}{2}+\frac{3}{2}=4~$が求められる。
重複してひいた部分を別のところからひくことで、二次方程式が意味する図形が現れました。
フワーリズミーの功績:知恵の館の館長を務めた
フワーリズミーは、バグダードの知恵の館において天文学者および図書館長という重要な地位に就いていました。
知恵の館は、アッバース朝のカリフであるマアムーンによって大いに発展させられた学術機関で、古代ギリシャ、ペルシャ、インドの知識をアラビア語に翻訳し、保存・発展させるという重要な使命を担っていました。
フワーリズミーは、この知恵の館で以下のような活動を行いました。
- 翻訳事業の監督:古典的な数学・天文学書籍のアラビア語翻訳
- 研究活動:インド数学とギリシャ数学の融合
- 教育活動:後進の学者たちへの指導
- 天文観測:正確な暦の作成と地理学的測量
彼の指導の下で、知恵の館はイスラム世界の学術の中心地として機能し、後の数学・科学の発展に大きな影響を与えました。
フワーリズミーのエピソード:本名は非常に長い
フワーリズミーの正式な名前は、実は非常に長いものでした。
フワーリズミーの本名は、アブー・アブドゥッラー・ムハンマド・イブン・ムーサー・アル=フワーリズミーです。
この名前の各部分には、後ろから次のような意味があります。
- アル=フワーリズミー:ホラズム地方の人
- イブン・ムーサー:ムーサーの息子
- ムハンマド:個人名。イスラームではポピュラーな名前。
- アブー・アブドゥッラー:アッラー神のしもべ
このように、アラビア語の名前は複雑な構造になっていました。
「アル・フワーリズミー」は出身地を表す言葉なので、この名で表される人は他にもたくさんいました。
まとめ
フワーリズミーは、数学史において極めて重要な位置を占める学者です。
- 代数学の創始者として『ジャブルとムカーバラの書』を著し、「algebra」の語源を作った
- 二次方程式の体系的解法を確立し、平方の完成による解法を示した
- インド・アラビア記数法を西洋世界に紹介し、計算の効率化に貢献した
- アルゴリズムの語源となり、現代の計算機科学にも影響を与えた
- 知恵の館の館長として、イスラム世界の学術発展を牽引した
彼の業績により、数学は単なる計算技術から、抽象的な思考を扱う学問へと発展しました。
現代でも使われている「代数学」と「アルゴリズム」という2つの基本概念の生みの親として、フワーリズミーの名前は伝わっています。

日本で例えると、田中さんが功績を残したのに「東京都民」という名前で歴史に名が残ってしまったというわけか。



「ムハンマド」という名は預言者ムハンマドへの敬意を込めてイスラーム世界で非常によく使われているため、アル・(地方名)で識別するのが一般的になったんだ。




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