フワーリズミー〜生涯と功績を解説!代数学の語源や二次方程式の6分類とは?【数学史10-1】

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 アル・フワーリズミーは、中世イスラームを代表する数学者であり、アラビア数字の橋渡し役となった数学史的に重要な数学者です。

 彼が書いた2つの著書は、それぞれ「代数学」と「アルゴリズム」の語源となるほど、現在にも影響を与えています。

 ヨーロッパが暗黒時代と呼ばれた時代、イスラームで数学の中心的存在となったアル・フワーリズミーについて、数学史の先生Fukusukeがわかりやすく解説!

 この記事を読むことで、なぜ彼の著書が代数学やアルゴリズムの語源になったのかがわかります。

この記事を書いた人

Fukusuke(ふくすけ)
数学史の先生

  1. 現役の中学・高校数学教員
  2. 重刷、ブログ累計200万PV達成
  3. 行間がなくなるほど丁寧な式変形で執筆中
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この記事を読んでわかること

フワーリズミーの生涯

 アル・フワーリズミー(Al-Khwarizmi、780年頃~850年頃)は、イスラーム初期を代表する数学者です。

アル・フワーリズミー
(出典:See page for author, Public domain, via Wikimedia Commons)

 「アル・フワーリズミー」は「ホラズム出身の」という意味で、現在のウズベキスタンにあるホラズム地方(ヒヴァ付近)の出身であることを示しています。

 また、彼の本名は非常に長く、名前としては「ムハンマドさん」が正しい呼び名になります。(後述

フワーリズミーの年譜

 フワーリズミーの生涯について、確実にわかっていることをまとめると以下のようになります。

フワーリズミーの年譜
年代出来事補足
780年頃ホラズムで生まれる現在のウズベキスタンのヒヴァ付近。アラル海の南の地域。
また、バグダード付近で生まれたという説もある。
813年頃バグダードの知恵の館で活動開始アッバース朝カリフ・マアムーンに仕える。
813年~830年代数学、算術、天文学の研究に従事主要な著作を執筆。
820年頃知恵の館で天文学者に任命される知恵の館の館長も務める
825年頃『ジャブルとムカーバラの書』を執筆する代数学の語源となった書。二次方程式を中心に具体的な代数計算を説明した。
830年頃『インド人たちの数について』を執筆するブラーマグプタが完成させたインド数字を紹介する書。
850年頃バグダードで没する約70歳で死去

フワーリズミーの活動場所

 フワーリズミーは、名前の通りホラズム(現在のウズベキスタン)で生まれました。

 フワーリズミーが生涯を通じて最も重要な活動を行ったのは、アッバース朝の都バグダードにある「知恵の館」(Bayt al-Hikma)です。

 知恵の館ではギリシャ、ペルシャ、インドの古典的な学術書がアラビア語に翻訳されていたため、フワーリズミーの研究に大いに役立つことになりました。

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