数学史3-6 ~バビロニアの数学(二次方程式)~

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Ⅰ 二次方程式の3つの型
紀元前のバビロニアには\(~0~\)や負の数が無かったため、二次方程式を次の3つの型に分けていました。
\begin{cases}
(1)~&x^2=px+q \\
(2)~&x^2+px=q ~~~~~~~(p,q~は正の定数) \\
(3)~&x^2+q=px
\end{cases}
右辺を\(~0~\)に統一すると、
\begin{cases}
(1)’~&x^2-px-q=0 \\
(2)’~&x^2+px-q=0 ~~~~~~~(p,q~は正の定数) \\
(3)’~&x^2-px+q=0
\end{cases}
となります。
\(~x~\)の係数と定数項の符号で分類していることがわかります。
ちなみに\(~x^2+px+q=0~\)については、\(~x~\)が正の解を持たないため、当時は考えられていませんでした。
\((1)\)~\((3)\)の3つの型のそれぞれについて、バビロニア特有の解の出し方を見ていきましょう。
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Ⅱ \(x^2=px+q~\)の解法
大英博物館にある粘土板(BM:British Museum)13901-2にある問題とその解法を見てみましょう。(数字や記号、式の書き方は現在の表記に直しています)
正方形の面積から一辺を引いて\(~870~\)ならば、その正方形の一辺はどれだけか。
正方形の一辺の長さを\(~x~\)にすると、
\begin{equation}
x^2-x=870
\end{equation}
であり、移項すると、(バビロニア人も移項の考え方を知っていた)
\begin{equation}
x^2=x+870~~~~(p=1~,q=870)
\end{equation}
と変形できるので、\((1)\)の型の二次方程式とわかります。
この粘土板では、次のような解法で解かれています。
① \(~1~\)の半分をとり、\(~0.5~\)
② \(~0.5~\)に\(~0.5~\)をかけて、\(~0.25~\)
③ これに\(~870~\)をたすと、\(~870.25~\)
④ これは、\(~29.5~\)の平方
⑤ ここで、\(~0.5~\)を\(~29.5~\)をにたして、\(~30~\)
これが求める正方形の一辺の値である。
実際に現在の解法を使って、二次方程式を解くと、
\begin{align}
x^2-x-1870&=0 \\
(x-30)(x+29)&=0 \\
x&=30~,~-29
\end{align}
であり、当時は負の数を扱っていなかったので、\(~30~\)という答えが出せれば十分でした。
バビロニアの解法を、\(~p~,~q~\)に置き換えて文字で計算してみましょう。
① \(~p~\)の半分をとり、\(~\displaystyle \frac{p}{2}~\)
② \(~\displaystyle \frac{p}{2}~\)に\(~\displaystyle \frac{p}{2}~\)をかけて、\(~\displaystyle \frac{p^2}{4}~\)
③ これに\(~q~\)をたすと、\(~\displaystyle \frac{p^2}{4}+q~\)
④ これは、\(~\displaystyle \sqrt{\frac{p^2}{4}+q}~\)の平方
⑤ ここで、\(~\displaystyle \frac{p}{2}~\)を\(~\displaystyle \sqrt{\frac{p^2}{4}+q}~\)をにたして、\(~\displaystyle \sqrt{\frac{p^2}{4}+q}+\frac{p}{2}\)
最後の⑤で出てきた式は、今で言う解の公式にあたるものです。
なぜなら、\((1)’~x^2-px-q=0~\)に解の公式を使うと、
\begin{align}
x&=\frac{-(-p) \pm \sqrt{(-p)^2-4\cdot 1 \cdot (-q)}}{2\cdot 1} \\
\\
&=\frac{p \pm \sqrt{p^2+4q}}{2} \\
\\
&=\frac{p}{2} \pm \sqrt{\frac{p^2}{4}+q}
\end{align}
であり、解が必ず正になることを考えれば、⑤と一致していることがわかります。
また、平方根をとる際には、平方根表があったため、難なく\(~\sqrt{~}~\)の値を求めることができ、二次方程式を解くことができました。
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Ⅲ \(x^2+px=q~\)の解法
\((2)\)の型である\(x^2+px=q~\)は、\((1)\)と同様の方法で解くことができます。
BM13901-6の問題を例として見てみましょう。
正方形の面積に辺の3分の2を加えて、\(~\displaystyle \frac{7}{12}~\)ならば、その正方形の一辺はどれだけか。
BM13901-2と同様に、正方形の一辺の長さを\(~x~\)にすると、
\begin{equation}
x^2+\frac{2}{3}x=\frac{7}{12}
\end{equation}
となります。まさに\((2)\)の型通りであり、次のような解法が残っています。
① \(~\displaystyle \frac{2}{3}~\)の半分をとり、\(~\displaystyle \frac{1}{3}~\)
② \(~\displaystyle \frac{1}{3}~\)に\(~\displaystyle \frac{1}{3}~\)をかけて、\(~\displaystyle \frac{1}{9}~\)
③ これに\(~\displaystyle \frac{7}{12}~\)をたすと、\(~\displaystyle \frac{25}{36}~\)
④ これは、\(~\displaystyle \frac{5}{6}~\)の平方
⑤ ここで、\(~\displaystyle \frac{1}{3}~\)を\(~\displaystyle \frac{5}{6}~\)からひいて、\(~\displaystyle \frac{1}{2}~\)
これが求める正方形の一辺の値である。
\((1)\)の型の解き方とほぼ同じでした。
\(~p~,~q~\)に置き換えて考えると、
\begin{equation}
x=\sqrt{\frac{p^2}{4}+q}-\frac{p}{2}
\end{equation}
という式に基づいていることがわかります。
\((1)\)の型とは\(~p~\)の符号が異なるため、\(~\displaystyle \frac{p}{2}~\)をたすかひくかの違いがあるものの、解き方に大きな違いはありません。
Ⅳ \(x^2+q=px~\)の解法
この\((3)\)の型だけは、上の2つとは全く異なる解法で解かれていました。
というのも、この型の二次方程式\(~2x^2+15=13x~\)を現代の方法で解くことを考えると、
\begin{align}
2x^2-13x+15&=0 \\
(x-5)(2x-3)&=0 \\
x&=5~,~\frac{3}{2}
\end{align}
となりますが、バビロニア人にとって難しかったのは、解が2つ出てくるかもしれないことです。
そこでバビロニア人は、\(~(3)’~~x^2-px+q=0~\)を
\begin{cases}
&a+b=p \\
&ab=q
\end{cases}
と置き換えることにより、2つの解\(~a,b~\)を計算しました。
現代で言うところの解と係数の関係を利用しているのです。
この解と係数の関係を利用する問題が、イェール大学にある粘土板(YBC:Yale Babylonian Collection)4663に載っています。
縦横の辺の長さの和が\(~6.5~\)、面積が\(~7.5~\)の長方形の縦横はどれだけか。
縦を\(~a~\)、横を\(~b~\)とすれば、
\begin{cases}
&a+b=6.5 \\
&ab=7.5
\end{cases}
となり、二次方程式に直すと、先ほどの\(~2x^2-13x+15=0~\)と同義です。
バビロニア人は次のように解を求めました。
① \(~6.5~\)の半分をとり、\(~3.25~\)
② \(~3.25~\)に\(~3.25~\)をかけて、\(~10.5625~\)
③ これから\(~7.5~\)をひいて、\(~3.0625~\)
④ これは、\(~1.75~\)の平方
⑤ \(~a~\)は\(~3.25~\)に\(~1.75~\)をたして\(~5~\)
⑥ \(~b~\)は\(~3.25~\)から\(~1.75~\)をひいて\(~1.5~\)
見事、正の解を2つとも求めることができました。
この解法を\(~a+b=p~,~ab=q~\)で置き換えて考えてみましょう。
① \(~p~\)の半分をとり、\(~\displaystyle \frac{p}{2}~\)
② \(~\displaystyle \frac{p}{2}~\)に\(~\displaystyle \frac{p}{2}~\)をかけて、\(~\displaystyle \frac{p^2}{4}~\)
③ これから\(~q~\)をひいて、\(~\displaystyle \frac{p^2}{4}-q~\)
④ これは、\(~\displaystyle \sqrt{\frac{p^2}{4}-q}~\)の平方
ここで、\(~a \ge b~\)としたうえで、\(~\displaystyle \sqrt{\frac{p^2}{4}-q}~\)を式変形すると、
\begin{align}
\sqrt{\frac{p^2}{4}-q}&=\sqrt{\frac{(a+b)^2}{4}-ab} \\
\\
&=\sqrt{\frac{a^2+2ab+b^2-4ab}{4}} \\
\\
&=\sqrt{\frac{a^2-2ab+b^2}{4}} \\
\\
&=\sqrt{\frac{(a-b)^2}{4}} \\
\\
&=\frac{a-b}{2} \\
\end{align}
であるため、④の式は\(~\displaystyle \frac{a-b}{2}~\)と同値である。
また、①の式は、\(~\displaystyle \frac{a+b}{2}~\)と同値であるため、
⑤ \(~\displaystyle \frac{a+b}{2}~\)に\(~\displaystyle \frac{a-b}{2}~\)をたして\(~a~\)
⑥ \(~\displaystyle \frac{a+b}{2}~\)から\(~\displaystyle \frac{a-b}{2}~\)をひいて\(~b~\)
負の平方根という概念がなかったこの時代、それを補うべく考え出された方法なのかもしれません。
また、この\((3)\)のパターンは様々な粘土板に登場したため、\((1)\)や\((2)\)の解法が特殊なものとして捉えられていたという見方もあります。
いずれにせよ、紀元前から二次方程式を解くことができていたという点で、バビロニア代数のレベルの高さが窺えるでしょう。


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◇参考文献等
・ヴィクターJカッツ著,上野健爾・三浦信夫監訳,中根美知代・高橋秀裕・林知宏・大谷卓史・佐藤賢一・東慎一郎・中澤聡訳(2009)『カッツ 数学の歴史』,pp.41-45,共立出版.
・中村滋・室井和男(2015)『数学史ーー数学5000年の歩み』,pp.55-56,共立出版.
・志賀浩二(2014)『数学の流れ30講(上)ー16世紀までー』,pp.7-13,朝倉書店.
・三浦伸夫・三宅克哉監訳,久村典子訳(2018)『メルツバッハ&ボイヤー 数学の歴史Ⅰー数学の萌芽から17世紀前期までー』,pp.29-31,朝倉書店.
・中村滋(2019)『ずかん 数字』,pp.52-57,技術評論社.
・アダム・ハート=デイヴィス(2020)『フィボナッチの兎 偉大な発見でたどる数学の歴史』,pp.18-20,創元社.
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