紀元前という時期から、高い数学力を誇っていたバビロニア。
バビロニアでは、二次方程式を3つの型に分けた上で、その型に応じた手続きにより、解を導いていました。
その中でも、$~x^2-px-q=0~$の型の解法は、現在の解の公式と同じ手続きが採用されています。
この記事では、粘土板に残っているバビロニアの二次方程式の解き方を、現在の数学に置き換えながら解説します
- バビロニアでは、二次方程式が3つの型に分けられていた。
- 二次方程式の型に応じたそれぞれの解法
時代 | B.C.4000年頃~B.C.500年頃 |
場所 | バビロニア(メソポタミア) |
二次方程式の3つの型
紀元前のバビロニアには$~0~$や負の数が無かったため、二次方程式を次の3つの型に分けていました。
\begin{cases} (1)~&x^2=px+q \\ (2)~&x^2+px=q ~~~~~~~(p,q~は正の定数) \\ (3)~&x^2+q=px \end{cases}
右辺を$~0~$に統一すると、
\begin{cases} (1)'~&x^2-px-q=0 \\ (2)'~&x^2+px-q=0 ~~~~~~~(p,q~は正の定数) \\ (3)'~&x^2-px+q=0 \end{cases}
となり、$~x~$の係数と定数項の符号で分類していることがわかります。
ちなみに、$~x^2+px+q=0~$については、$~x~$が正の解を持たないため、当時は考えられていませんでした。
$(1)$~$(3)$の3つの型のそれぞれについて、バビロニア特有の解の出し方を見ていきましょう。
x²-px-q=0 の型
$~(1)~x^2=px+q~$すなわち$~(1)’~x^2-px-q=0~$という形の二次方程式です。
大英博物館にある粘土板(BM:British Museum)13901-2 にある問題に、その解法が載っていました。
粘土板BM13901-2の問題
正方形の一辺の長さを求めるという、現在の中学3年生が解くような問題です。
正方形の面積から一辺を引いて$~870~$ならば、その正方形の一辺はどれだけか。
正方形の一辺の長さを$~x~$にすると、
x^2-x=870
であり、移項(バビロニア人も移項の考え方を知っていた)すると、
x^2=x+870~~~~(p=1~,q=870)
と変形できるので、$(1)$の型の二次方程式とわかります。
粘土板BM13901-2の解法
この粘土板では、$(1)$の型の二次方程式を、次のような解法で解いています。
- $~1~$の半分をとり、$~0.5~$
- $~0.5~$に$~0.5~$をかけて、$~0.25~$
- これに$~870~$をたすと、$~870.25~$
- これは、$~29.5~$の平方
- ここで、$~0.5~$を$~29.5~$をにたして、$~30~$
これが求める正方形の一辺の値である。
実際に現在の解法を使って、二次方程式を解くと、
\begin{align*} x^2-x-1870&=0 \\ (x-30)(x+29)&=0 \\ x&=30~,~-29 \end{align*}
であり、当時は負の数を扱っていなかったので、$~30~$という答えが出せれば十分でした。
解法の原理は「解の公式」
BM13901-2の解法を、$~p~,~q~$に置き換えて文字で計算してみましょう。
- $~p~$の半分をとり、$~\displaystyle \frac{p}{2}~$
- $~\displaystyle \frac{p}{2}~$に$~\displaystyle \frac{p}{2}~$をかけて、$~\displaystyle \frac{p^2}{4}~$
- これに$~q~$をたすと、$~\displaystyle \frac{p^2}{4}+q~$
- これは、$~\displaystyle \sqrt{\frac{p^2}{4}+q}~$の平方
- ここで、$~\displaystyle \frac{p}{2}~$を$~\displaystyle \sqrt{\frac{p^2}{4}+q}~$をにたして、$~\displaystyle \sqrt{\frac{p^2}{4}+q}+\frac{p}{2}$
最後に出てきた式は、今で言う二次方程式の解の公式にあたるものです。
なぜなら、$(1)’~x^2-px-q=0~$に解の公式を使うと、
\begin{align*} x&=\frac{-(-p) \pm \sqrt{(-p)^2-4\cdot 1 \cdot (-q)}}{2\cdot 1} \\ \\ &=\frac{p \pm \sqrt{p^2+4q}}{2} \\ \\ &=\frac{p}{2} \pm \sqrt{\frac{p^2}{4}+q} \end{align*}
であり、解が必ず正になることを考えれば、BM13901-2の解法と一致していることがわかります。
また、平方根をとる際には、平方根表があったため、難なく$~\sqrt{~}~$の値を求めることができ、二次方程式を解くことができました。
x²+px-q=0 の型
$(2)$の型である$x^2+px=q~$、すなわち$~(2)’~x^2+px-q=0~$は、$(1)$と同様の方法で解くことができます。
こちらも大英博物館にある同じ粘土板(BM13901)に、その解き方が載っていました。
粘土板BM13901-6の問題
BM13901-2と同様、正方形に関する問題です。
正方形の面積に辺の 3 分の 2 を加えて、$~\displaystyle \frac{7}{12}~$ならば、その正方形の一辺はどれだけか。
正方形の一辺の長さを$~x~$にすると、
x^2+\frac{2}{3}x=\frac{7}{12}
であり、まさしく$(2)$の型の二次方程式とわかります。
粘土板BM13901-6の解法
$(1)$の型と違うのは、最後の部分だけ。
- $~\displaystyle \frac{2}{3}~$の半分をとり、$~\displaystyle \frac{1}{3}~$
- $~\displaystyle \frac{1}{3}~$に$~\displaystyle \frac{1}{3}~$をかけて、$~\displaystyle \frac{1}{9}~$
- これに$~\displaystyle \frac{7}{12}~$をたすと、$~\displaystyle \frac{25}{36}~$
- これは、$~\displaystyle \frac{5}{6}~$の平方
- ここで、$~\displaystyle \frac{1}{3}~$を$~\displaystyle \frac{5}{6}~$からひいて、$~\displaystyle \frac{1}{2}~$
これが求める正方形の一辺の値である。
$~p~,~q~$に置き換えて考えると、
x=\sqrt{\frac{p^2}{4}+q}-\frac{p}{2}
という式に基づいていることがわかります。
$(1)$の型とは$~p~$の符号が異なるため、$~\displaystyle \frac{p}{2}~$をひくことで、正の解を導いています。
x²-px+q=0 の型
$(3)$の型である$~x^2+q=px~$、すなわち$~(3)’~x^2-px+q=0~$だけは、解の公式を用いる(1)や(2)とは全く異なる解法で解かれていました。
解が2つの可能性
この型の二次方程式$~2x^2+15=13x~$を現代の方法で考えてみましょう。
\begin{align*} 2x^2-13x+15&=0 \\ (x-5)(2x-3)&=0 \\ x&=5~,~\frac{3}{2} \end{align*}
計算すると、解が2つ出てきます。
そのため、(1)や(2)の型のように、1つの解に向かって式変形をしていく方法では解けませんでした。
解と係数の関係を利用する
バビロニア人は、$~(3)~x^2+q=px~$を$~(3)’~~x^2-px+q=0~$として考え、
\begin{cases} &a+b=p \\ &ab=q \end{cases}
と置き換えることにより、2つの解$~a,b~$を計算しました。
これは、現代で言う解と係数の関係。
バビロニア人は、この和と積で表された連立方程式を解くための手続きを知っていたのです。
粘土版YBC4663の問題
イェール大学にある粘土板(YBC:Yale Babylonian Collection)4663に、和と積で表された連立方程式が載っていました。
縦横の辺の長さの和が$~6.5~$、面積が$~7.5~$の長方形の縦横はどれだけか。
縦を$~a~$、横を$~b~$とすれば、
\begin{cases} &a+b=6.5 \\ &ab=7.5 \end{cases}
となります。
これが解ければ、二次方程式$~x^2-6.5x+7.5=0~$も解けることになります。
粘土版YBC4663の解法
YBC4663では、$~a~$と$~b~$を以下のように求めていました。
- $~6.5~$の半分をとり、$~3.25~$
- $~3.25~$に$~3.25~$をかけて、$~10.5625~$
- これから$~7.5~$をひいて、$~3.0625~$
- これは、$~1.75~$の平方
- $~a~$は$~3.25~$に$~1.75~$をたして$~5~$
- $~b~$は$~3.25~$から$~1.75~$をひいて$~1.5~$
これが求める正方形の一辺の値である。
見事、二次方程式$~x^2-6.5x+7.5=0~$の2つの解をも求められることが証明されました。
解くために必要なのは「差の半分」
YBC4663の解法を$~a+b=p~,~ab=q~$で置き換えて考えてみましょう。
- $~p~$の半分をとり、$~\displaystyle \frac{p}{2}~$
- $~\displaystyle \frac{p}{2}~$に$~\displaystyle \frac{p}{2}~$をかけて、$~\displaystyle \frac{p^2}{4}~$
- これから$~q~$をひいて、$~\displaystyle \frac{p^2}{4}-q~$
- これは、$~\displaystyle \sqrt{\frac{p^2}{4}-q}~$の平方
ここで、$~a \ge b~$としたうえで、$~\displaystyle \sqrt{\frac{p^2}{4}-q}~$を式変形すると、
\begin{align*} \sqrt{\frac{p^2}{4}-q}&=\sqrt{\frac{(a+b)^2}{4}-ab} \\ \\ &=\sqrt{\frac{a^2+2ab+b^2-4ab}{4}} \\ \\ &=\sqrt{\frac{a^2-2ab+b^2}{4}} \\ \\ &=\sqrt{\frac{(a-b)^2}{4}} \\ \\ &=\frac{a-b}{2} \\ \end{align*}
であるため、④の式は$~a~$と$~b~$の差の半分。
また、①の式は、$~\displaystyle \frac{a+b}{2}~$なので、
- $~\displaystyle \frac{a+b}{2}~$に$~\displaystyle \frac{a-b}{2}~$をたして$~a~$
- $~\displaystyle \frac{a+b}{2}~$から$~\displaystyle \frac{a-b}{2}~$をひいて$~b~$
となり、確かに$~a~$と$~b~$が求まっています。
負の平方根という概念がなかったこの時代、それを補うべく考え出された方法なのでしょう。
また、この$(3)$の型は様々な粘土板に登場していたため、解の公式を原理としている$(1)$や$(2)$の解法のほうが特殊なものとして捉えられていたという見方もできます。
まとめ・参考文献
バビロニアにおける二次方程式の解法について解説してきました。
- $~p~$と$~q~$の符号により、二次方程式が3つの型に分けられた。
- 3つの型のうち2つは「解の公式」を使って解いていた。
- 3つの型のうち1つは「解と係数の関係」から連立方程式にしたうえで解いていた。
紀元前から二次方程式を解くことができていたという点で、バビロニア代数のレベルの高さが窺えるでしょう。
次の記事では、バビロニアで行われた三平方の定理の研究について解説します。
解の公式って、こんなに昔からあるんだね。
負の数は扱えなかったものの、数表を駆使して計算していたのがすごいよね。
参考文献(本の紹介ページにリンクしています)
- 『カッツ 数学の歴史』,pp.41-45
- 『メルツバッハ&ボイヤー 数学の歴史Ⅰ』,pp.29-31
- 『数学史 数学5000年の歩み』,pp.55-56
- 『数学の流れ30講(上)』,pp.7-13
- 『フィボナッチの兎 偉大な発見でたどる数学の歴史』,pp.18-20
- 『ずかん 数字』,pp.52-57
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