クリストフ・ルドルフは、16世紀前半のドイツで活躍した数学者です。
ドイツ語で書かれた最初の包括的な代数学の教科書『コス』を著し、その後の数学の普及に大きく貢献しました。
また、現在私たちが当たり前のように使っている平方根の記号「$~\sqrt{\quad}~$」を初めて用いた人物としても知られています。
この記事では、ルドルフの生涯と主要な功績、そして彼にまつわる興味深いエピソードについて、現役数学教員で数学史の先生であるFukusukeが詳しく解説します。
この記事を読むことで、ルドルフがドイツで代数学をどのように発展させ、彼の記号が現代の数学記号にどう繋がっているかがわかります。
ルドルフの生涯
クリストフ・ルドルフ(Christoff Rudolff , 1499年〜1545年頃)は、16世紀前半のドイツにおける最も重要な代数学者の一人です 。

当時のヨーロッパでは、代数学を「コスの技法(Cossic Arts)」という言い方が流行したため、ルドルフのような代数学者は「コス代数家(Cossist)」と呼ばれていました。
この時代の多くのコス代数家の中で、16世紀前半のドイツで大きな活躍を見せたたのは、ルドルフとミハエル・シュティーフェルで、ルドルフの主著『コス』の改訂版をシュティーフェルが出版するという関わりがあります。

ルドルフの年譜
ルドルフの生涯を年表形式でまとめました 。
| 年代 | 出来事 | 補足 |
|---|---|---|
| 1499年 (1500年頃) | シレジア地方のヤウアーで生まれる | 現在のポーランド・ヤヴォルにあたる。 |
| 1517年〜1521年 | ウィーンの大学で代数学を学ぶ | |
| その後 | ウィーンで数学の家庭教師をする | 生涯、家庭教師で生計を立てた。 |
| 1525年 | 著書『コス(Coss)』がシュトラスブルクで出版される | ドイツ語で書かれた最初の包括的な代数学の本として有名 |
| 1526年 | 著書『数字と計算盤による人工的な計算』を出版する | 基本的な計算方法を扱った本 |
| 1530年 | 著書『例題の小冊子』を出版する | 293の計算問題を収録した問題集 |
| 1545年頃 | ウィーンで死去 | |
| 1553年 | ミハエル・シュティーフェルにより『コス』の新版が出版される | シュティーフェル自身の研究も加えられ、元の長さの2倍以上の書となった。 |
ルドルフの活動場所
ルドルフの生い立ちについては知られていないことが多いものの、生涯のほとんどをウィーンで過ごしました。
- ヤウアー:シレジア地方の町(現在のポーランド・ヤヴォル)。
文化的にはポーランド的だったものの、当時はボヘミア人の支配下にあり、後にオーストリア・ハプスブルク家の支配下に入った。 - ウィーン:1517年から1521年までウィーンで代数学を学び、その後もウィーンに留まって数学の個人教授を行った。
- シュトラスブルク:当時のヨーロッパにおける、出版印刷の中心地。ルドルフの代表作『コス』が出版された。
ルドルフの功績①:ドイツ語最初の代数書『コス』を著した
ルドルフの最大の功績は、1525年に著書『コス(Coss)』を出版したことです。
この書は、ドイツ語で書かれた最初の包括的な代数学の教科書であり、例として以下のような内容が掲載されています。
- 整数の十進位取り記数法の基本
- 乗法表や計算のアルゴリズム
- 数列
- 代数方程式の解法
「コス」とは未知数のこと
「コス(Coss)」という言葉は、イタリア語の「コサ(cosa)」、すなわち「モノ」のドイツ語形であり、代数方程式の未知数に与えられる名称でした。
アラビア人が未知数を「shay(モノ)」という言葉で表していたのを翻訳したものです。

未知数のべきの記号体系
ルドルフは、未知数の0乗から9乗まで($~x^0~,~x~,~x^2~,~\cdots~,~x^9~$)を、以下のように表しました。
| 現在の記号 | $~x^0=1~$ | $~x~$ | $~x^2~$ | $~x^3~$ | $~x^4~$ |
| 未知数1文字目 (コスの記号) |
| 現在の記号 | $~x^5~$ | $~x^6~$ | $~x^7~$ | $~x^8~$ | $~x^9~$ |
| 未知数1文字目 (コスの記号) | β | bβ |
$~x^6~$であれば、$~(x^2)^3~$なので$~x^2~$と$~x^3~$を並べており、また$~x^8~$であれば、$~((x^2)^2)^2~$なので$~x^2~$を3つ並べているのがわかります。
ルドルフが指数法則を理解して未知数を表していたのがわかる表記法です。
また、『コス』の数列の章において、フランスのシュケ(1445年頃〜1488年)と同様の指数表を作成しています。

ほぼ同時期のドイツで活躍したミハエル・シュティーフェルは、『コス』で紹介された未知数の表し方や指数表の内容を、引き継ぐ形で拡張させています。

「+」「-」を代数の教科書で初めて使った
ルドルフは『コス』の中で、加法と減法を表すための現代記号「+」と「-」を代数の教科書として初めて用いました。
「+」と「-」の記号自体は、1489年にヨハネス・ヴィトマンが出版した商業用算術書で、倉庫の荷の過剰分と不足分を示すために使われたのが最古の印刷記録です。
ルドルフの師である数学者ハインリヒ・シュライバー(1495頃〜1525頃)が、1518年の著作で「+」と「-」を加法・減法記号として使い始めました。
ルドルフは師の文化を引き継ぎ、代数計算の記号として定着させる役割を果たしたのです。
方程式の解法と例題
『コス』の後半は代数方程式の解法にあてられています。
ルドルフは、方程式を8つのタイプに分類してそれぞれに解法を与えましたが、同時代のニコラ・シュケなどと同様に負の平方根や$~0~$を方程式の解として認めませんでした。
また、彼は100個を超える量の例題を書き記しており、その多くは売買、両替、遺贈などを扱う商業上の問題や、娯楽的な問題でした。
例として、旅人算と損益計算といった実用的な問題を見てみましょう。
2つの都市の間の距離は140マイルである。
一人の旅人は1日に6マイル進む。もう一人の旅人は逆方向に、1日目は1マイル、2日目は2マイル、3日目は3マイル•••というように進んでいく。
このとき、彼らは何日後に出会うか。
$~x~$日で一人目の旅人は、
x \times 6 = 6x \text{マイル} \quad \cdots①進み、二人目の旅人は初項$~1~$、末項$~x~$、項数$~x~$の等差数列の和(※1)なので、
\begin{align*}
1 + 2 + 3 + \cdots + x &= \frac{1}{2}x(x+1) \\\\
&= \frac{1}{2}x^2 + \frac{1}{2}x \text{(マイル)} \quad \cdots ②\\
\end{align*}だけ進む。
$~①~$、$~②~$より、
\begin{align*}
6x + \frac{1}{2}x^2 + \frac{1}{2}x &= 140 \\\\
12x + x^2 + x &= 280 \\\\
x^2 + 13x - 280 &= 0 \\\\
x &= \frac{-13 \pm \sqrt{13^2 - 4 \cdot 1 \cdot (-280)}}{2} \\\\
&= \frac{-13 \pm \sqrt{1289}}{2} \\
\end{align*}と解が求められる。
$~x > 0~$で、この解を帯分数で表すと、
\begin{align*}
x &= \frac{\sqrt{1289}}{2} - \frac{13}{2} \\\\
&= \sqrt{\frac{1289}{4}} - 6\frac{1}{2} \\\\
&= \sqrt{322\frac{1}{4}} - 6\frac{1}{2} \text{(日)}\\
\end{align*}という答えが出る。
※1 実際に等差数列の和の公式を使うためには、$~x~$が自然数という条件が必要になる。
ここで出てきた$~x~$の値を近似値にすると、
x \fallingdotseq 17.95 - 6.5 = 11.45 \text{(日)}であり、11日と約10時間48分かかるということになります。
しかし、ルドルフは等差数列の和を使うという前提に対し、整数でない解が出てきてしまったことへの言及はありませんでした。
ある男が馬をある値段で買い、27フローリンで売った。
彼は100フローリンごとに馬の買値に対して$~\cfrac{1}{3}~$ の損失を出した。
彼は馬にいくらを払ったか。
最初に$~x~$フローリン払ったとする。
100フローリンで$~\cfrac{1}{3}x~$フローリンの損失を出すということは、$~x~$フローリンの馬に対して、
\frac{1}{3}x \times \frac{x}{100} = \frac{1}{300}x^2 \text{(フローリン)}の損失を出してしまうということである。
(買値)-(売値)=(損失)なので、
\begin{align*}
x - 27 &= \frac{1}{300}x^2 \\\\
300x - 8100 &= x^2 \\\\
x^2 - 300x + 8100 &= 0 \\\\
(x-30)(x-270) &= 0 \\\\
x &= 30, 270 \quad \cdots \text{(※2)}
\end{align*}と解が求められる。
※2 ルドルフは式を作った後、$~x = 30~$が得られることのみ記述しており、$~x = 270~$には執筆当初気づいていなかった。
この問題の解である$~x = 30~,~270~$のそれぞれの場合について、それぞれの損益を計算してみましょう。
100フローリンあたりの損失を数える必要があるため、馬を10頭買ったという前提で数値を求めてみました。
| $x = 30$ | $x = 270$ | |
|---|---|---|
| ①馬1頭あたりの買値 | $30$ | $270$ |
| ②馬10頭の買値 | $30 \times 10 = 300$ | $270 \times 10 = 2700$ |
| ③買値100フローリンあたりの損失 | $30 \times \cfrac{1}{3} = 10$ | $270 \times \cfrac{1}{3} = 90$ |
| ④馬10頭を買うことによる損失 | $10 \times \cfrac{300}{100} = 30$ | $90 \times \cfrac{2700}{100} = 2430$ |
| ⑤馬1頭あたりの売値 | $27$ | $27$ |
| ⑥馬10頭の売値 | $27 \times 10 = 270$ | $27 \times 10 = 270$ |
| ⑦実際の損失(②-⑥) | $300 – 270 = 30$ | $2700 – 270 = 2430$ |
(単位はフローリン)
$~x = 30~$の場合も、$~x = 270~$の場合も、④の計算上の損失と⑦の実際の損失が一致することが確かめられました。
二次方程式を解くと$~x=270~$も出てくるはずですが、こちらは執筆時に認識していなかったものと考えられ、後になって、$~ax^2+c=bx~$のタイプの二次方程式には解が2つあることを認識しています。
ルドルフの功績②:根号「√」を初めて使った
現在の数学で使用する根号(平方根の記号)「$~\sqrt{\quad}~$」は、ルドルフが初めて使ったものです。
「√」はどこから来たのか
平方根の記号「$~\sqrt{\quad}~$」が発明される以前は、平方根は「radix」などの言葉をそのまま使って表されていました。
例として、13世紀のフィボナッチは$~\sqrt{4}~$を「radix de 4(4の根)」、15世紀のレギオモンタヌスはよりていねいに「radix quadrata de 4(4の正方形の根)」と表しています。
現在の「$~\sqrt{\quad}~$」の原型は、ドイツのルドルフが使った「√ 」と言われています。
これは、ラテン語の「radix」の頭文字「r」の変形であろうと言われており、オイラーもそのように言及しました。

ちなみにですが、同時期の他国の数学者たちも根号にあたる記号を使っていましたが、『コス』の影響力が大きかったからか、ルドルフの「√」が今の記号へとつながっています。
16世紀の数学者たちが使用した平方根を表す記号
| $~/sqrt{5}~$ | 由来など | 人・国 |
| $~\ell 5~$ | ラテン語の「latus」(辺)の頭文字。 正方形の1辺に由来すると思われる。 | 無名の数学者(イギリスやフランス) |
| $~L5~$ | ラテン語の「latus」(辺)の頭文字。 正方形の1辺に由来すると思われる。 | ヘンリー・ブリッグス(イギリス) |
| $~℞ 5~$ | ラテン語の「radix」(根)の最初と最後の文字をくっつけた | ジェロラモ・カルダノ(イタリア) |
ルドルフが使った根号の書き方
ルドルフが使った記号には、現在の「$~\sqrt{\quad}~$」にあるような上の横線がありませんでした。
ただ、横線がないことの問題点は「√$~a+b~$」と書かれたときに、$~\sqrt{a}+b~$と$~\sqrt{a+b}~$のどちらを表すのかがわからないことです。
また、ルドルフは、2乗根(平方根)・3乗根(立方根)・4乗根を山の数で区別しました。

ルドルフの記号の上の横線がないことの曖昧性、山の数で判断するという見づらさを解消したのが、約100年後のフランスの数学者ルネ・デカルトです。
彼は$~a^2+b^2~$の平方根を$~\sqrt{a^2+b^2}~$で、立方根を$~\sqrt[3]{a^2+b^2}~$で表しました。
現在の$~n~$乗根の表記は、アイザック・ニュートンなどによるものです。
ルドルフのエピソード:著書が定価の2〜3倍で取引された
ルドルフの著書『コス』は、ドイツの各地で出版されて学生の教育に使われ、数学の普及に大きく貢献しました。
その評価は非常に高く、1552年には定価の2〜3倍でないと手に入らなかったと言われています。
この人気を背景として、ドイツの有名な数学者ミハエル・シュティーフェルが1553年に『コス』の改訂第2版を出版しました。
さらに後年、かのスイスの数学者レオンハルト・オイラーも数学を学んでいた頃にルドルフの著作を丁寧に研究しており、オイラーの『代数学完全入門』(1770年)第1巻の問題の大部分はルドルフの『コス』が出典であることが確認されています。

(出典:Jakob Emanuel Handmann, Public domain, via Wikimedia Commons)
まとめ
16世紀のドイツを代表する数学者クリストフ・ルドルフについて解説してきました。
彼の主著『コス』は、のちのヨーロッパの代数学に大きな影響を与えています。
- ドイツ語最初の包括的な代数書『コス』(1525年)を著した
- 平方根の記号「$\sqrt{\quad}$」の原型を初めて使用した
- 「+」「-」を代数の教科書で使用し、演算記号として広まった
- 『コス』は当時から高く評価され、オイラーの著作にも大きな影響を与えた

平方根の記号を、同時代に同じような発想で考えた人は沢山いただろうに、ルドルフのものが残ったということに、『コス』の影響力の高さを感じるね。




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