ヨルダヌス・ネモラリウス〜生涯と功績を解説!中世ヨーロッパの文字の使用方法とは?【数学史11-5】

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 ヨルダヌス・ネモラリウスは、13世紀に活躍した中世ヨーロッパの数学者・天文学者です。

 同時代にフィボナッチがいるため、ヨルダヌスの名はかすんでしまうことが多いものの、数を文字で表して一般的な証明をするという、近世以降の代数的手法を先立って行ったという功績があります。

 また、力学の分野でも「静力学の創始者」と称されるほどの大きな功績を残しました。

 この記事では、謎に包まれたヨルダヌスの生涯と、彼が成し遂げた画期的な功績、そしてその後の科学に与えた影響について、現役数学教員で数学史の先生であるFukusukeが分かりやすく解説

 この記事を読めば、中世ヨーロッパにおいて、ヨルダヌスがどのような役割を果たしたのかが理解できます。

この記事を書いた人

Fukusuke(ふくすけ)
数学史の先生

  1. 現役の中学・高校数学教員
  2. 重刷、ブログ累計200万PV達成
  3. 行間がなくなるほど丁寧な式変形で執筆中
この記事を書いた人

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この記事を読んでわかること

ヨルダヌスの生涯

 ヨルダヌス・ネモラリウス(Jordanus Nemorarius , 12世紀末〜1237年没または1225年〜1260年頃没)は、中世ヨーロッパで活躍した数学者です。

 実は、彼の生涯についてはほとんど知られていません。

 後述の通り、ヨルダヌス・ネモラリウスという名前自体、偽名かもしれないという謎に包まれた人物なのです。

ヨルダヌスの年譜

 確かな記録が少ないため、彼の年譜は不明な点が多いですが、知られている範囲でまとめたものが次の年譜です。

ヨルダヌスの年譜
年代出来事補足
12世紀末〜13世紀初頭ドイツのボルゲントライヒで生誕正確な生没年は不明
1220年頃パリ大学で教鞭をとっていたとされる
1222年ドミニコ会の総長に選出される別人の可能性もある
1237年船の難破事故で死去したとされる別人の可能性もある

ヨルダヌスの活動場所

 ヨルダヌスは、ドイツのボルゲントライヒ(ヴェストファーレン州)で生まれたとされています。

 その後、12世紀中頃に創立されたパリ大学の影響で、学問が栄えていたパリに勉強に行きました

 パリ大学で教鞭をとり、多くの学者たちと交流しながら研究を進めていたと推測されています。

 ヨルダヌスはドミニコ会(カトリックの修道会)に所属しており、聖地(エルサレムなど?)からの帰りに海上で亡くなったとされているため、地中海にその亡骸があると考えられます。(別人の可能性あり)

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