14世紀のインドに、ヨーロッパの天才たちより200年以上も早く、無限級数を用いて円周率の謎に迫った数学者がいました。
その数学者の名はマーダヴァ。
現代数学の基礎となる微分積分の考え方を先取りし、驚異的な精度で円周率を計算したことで知られています。
この記事では、中世インドの偉大な数学者マーダヴァの生涯と、彼が発見した円周率を求める無限の公式について、数学史の先生Fukusukeがわかりやすく解説!
微分積分が確立する200年以上前に、マーダヴァはどのように無限を扱ったのかがわかります。
マーダヴァの生涯
マーダヴァ(Mādhava,1340〜1425)は、14世紀の南インドで活躍した数学者・天文学者です。

マーダヴァの年譜
彼の生涯は多くの謎に包まれているものの、その功績は弟子たちによって語り継がれてきました。
| 年代 | 出来事 | 補足 |
|---|---|---|
| 1340年頃 | インド南部ケーララ州のサンガマグラーマ村で生まれる。 | バラモン階級で富に恵まれた家庭で育った。 |
| 14世紀後半 | ケーララ学派を創設した。 | ケーララ学派は、師から弟子へと知識を受け継ぐ「グル=シーシャ」という師弟制度を伝統とした。 |
| 1400年頃 | 無限級数を用いて円周率を小数点以下11桁まで正確に計算。 | 5世紀の祖沖之が算出した小数点以下7桁の記録を更新したことになる。 |
| 1425年頃 | 亡くなる |
マーダヴァの活動場所
マーダヴァが活動の拠点としたのは、インド南西部のケーララ地方です。
当時のケーララは、香辛料貿易の中継地として栄え、アラビア海を通じて東西の文化が交流する活気ある場所でした。
また、ケーララはモンスーンの影響を受けやすく、そのモンスーンに備えるために、正確な暦を必要としました。
ケーララは、天文学や数学が重視される知的風土にも恵まれることになったのです。
マーダヴァの功績:無限級数で円周率を求めた
マーダヴァの最大の功績は、無限級数を用いて円周率($~\pi~$)を式で表したことです。
これは、ヨーロッパの数学者たちの発見よりも200年以上早い、画期的な成果でした。
円周率を求めるマーダヴァ級数
マーダヴァが発見した、円周率を求めるための無限級数(マーダヴァ級数)は以下の通りです。
\begin{align*}
\frac{\pi}{4} = 1 - \frac{1}{3} + \frac{1}{5} - \frac{1}{7} + \frac{1}{9} - \cdots
\end{align*}
この数式は、分母が奇数である分数を交互に足したり引いたりしていくと、その合計が $~\frac{\pi}{4}~$ に限りなく近づいていくことを示しています。
ケーララ学派において、師匠が弟子に成果を伝えるために詩を利用したため、次のような詠唱が残っています。
(円の)直径に4を掛けて1で割る。その後、直径と4の積を奇数3、5、7……という風に次々割っていき、負と正の記号を交互につけて計算していく。その結果が円周の値だ。割り算を重ねれば重ねるほど、正確な値に近づいていく。
『ザ・シークレット・ナンバーズ』(KADOKAWA)より引用
この詠唱を数式に直すと、直径$~1~$の円に対して、以下のような式が出来上がります。
4-\frac{4}{3}+\frac{4}{5}-\frac{4}{7}+\cdots=\piマーダヴァ級数を幾何学的に証明した
マーダヴァ級数は、現在であればマクローリン展開によって簡単に求めることができます。
しかし、中世インドにおいて微分積分は確立しておらず、マーダヴァは幾何学的な視点に、無限に関する操作を加えて証明を行いました。
まずは、以下の補題を示します。

中心角が$~90°~$未満で、半径$~OA = 1~$の扇形において、$~A~$から接線をひく。
扇形の弧の上に$~P~$をとり、その近くに$~Q~$をとる。
$~OP, OQ~$の延長と$~A~$からの接線の交点を$~B, C~$とするとき、次の式が成り立つ。
\stackrel{\frown}{PQ}~≒~\frac{BC}{1 + AB^2}$~P, B~$から$~OC~$に垂線$~PH, BI~$をひく。

このとき、三角相等から$~\triangle OPH \sim \triangle OBI~$なので、
\begin{align*}
PH : BI &= OP : OB\\
\frac{PH}{BI} &= \frac{OP}{OB}
\end{align*}となり、$~OP~$は扇形の半径なので、
\frac{PH}{BI} = \frac{1}{OB} \cdots ①である。
また、三角相等から$~\triangle CBI \sim \triangle COA~$なので、
\begin{align*}
BI : BC &= OA : OC\\
\frac{BI}{BC} &= \frac{OA}{OC}
\end{align*}となり、$~OA = 1~$なので、
\frac{BI}{BC} = \frac{1}{OC} \cdots ②である。
$~①,②~$の両辺をかけることで、
\begin{align*}
\frac{PH}{BI} \cdot \frac{BI}{BC} &= \frac{1}{OB} \cdot \frac{1}{OC}\\
PH &= \frac{BC}{OB \cdot OC} \cdots ③
\end{align*}が求められる。
$~P, Q~$が近くにある、すなわち$~\stackrel{\frown}{PQ}~$が小さいとき、
PH \fallingdotseq ~\stackrel{\frown}{PQ}~~,~~ OB \fallingdotseq OCが成り立つ。

したがって、$~③~$は
\stackrel{\frown}{PQ} ~\fallingdotseq \frac{BC}{OB \cdot OB} = \frac{BC}{OB^2}となり、$~\triangle OAB~$で三平方の定理を使うことで、
\stackrel{\frown}{PQ} ~\fallingdotseq \frac{BC}{OA^2 + AB^2} = \frac{BC}{1 + AB^2}が示された。$~\blacksquare~$
この補題において、「弧上の2点が近くにある」というのがとても重要です。
このことを利用して、マーダヴァ級数の証明を行います。
中心角が$~90°~$未満で、半径$~OA = 1~$の扇形の弧の上に$~D~$をとる。
$~A~$からの接線と$~OD~$の交点を$~C~$とし、$~CA = t~$とおく。

弧度法において、半径$~1~$の扇形の中心角の大きさは、弧の長さに等しい。
\stackrel{\frown}{AD}~ = \angle COA \cdots ④また、$~\triangle COA~$で、
\tan \angle COA = \frac{t}{1} = tなので、
\angle COA = \arctan t \cdots ⑤
となり、$~⑤~$を$~④~$に代入することで、
\arctan t = ~\stackrel{\frown}{AD} \cdots ⑥である。
次に、線分$~AC~$を$~n~$個に分割し、各分点$~B_1, B_2, \cdots, B_{n-1}~$と$~O~$をそれぞれ結んだときの弧との交点を$~D_1, D_2, \cdots, D_{n-1}~$とする。

このとき、
\stackrel{\frown}{AD}~ = ~\stackrel{\huge \frown}{AD_1} +~\stackrel{\huge \frown}{D_1D_2} + \cdots +~\stackrel{\huge \frown}{D_{n-2}D_{n-1}} + ~\stackrel{\huge\frown}{D_{n-1}D} であり、$~n~$を十分大きくしたとき、右辺の各弧の長さは十分小さくなる。各弧に補題を適用して、
\begin{align*}
\stackrel{\frown}{AD} &= \frac{AB_1}{1+0^2} + \frac{B_1B_2}{1+AB_1^2} + \frac{B_2B_3}{1+AB_2^2} + \cdots + \frac{B_{n-2}B_{n-1}}{1+AB_{n-2}^2} + \frac{B_{n-1}C}{1+AB_{n-1}^2} \\
&= \frac{\frac{t}{n}}{1} + \frac{\frac{t}{n}}{1+(\frac{t}{n})^2} + \frac{\frac{t}{n}}{1+(\frac{2t}{n})^2} + \cdots + \frac{\frac{t}{n}}{1+\{\frac{(n-2)t}{n}\}^2} + \frac{\frac{t}{n}}{1+\{\frac{(n-1)t}{n}\}^2} \\
&= \frac{t}{n}\sum_{i=0}^{n-1}\frac{1}{1+(\frac{it}{n})^2}
\end{align*}となる。
ここで、$~n \to \infty~$を考えると、$~0 \leq (\frac{it}{n})^2 < 1~$なので、$~\frac{1}{1+(\frac{it}{n})^2}~$は初項$~1~$、公比$~-(\frac{it}{n})^2~$の無限等比級数の和といえる。
\begin{align*}
\stackrel{\frown}{AD} &= \lim_{n \to \infty}\frac{t}{n}\sum_{i=0}^{n-1}\left\{1-\left(\frac{it}{n}\right)^2+\left(\frac{it}{n}\right)^4-\cdots\right\} \\\\
&= \lim_{n \to \infty}\frac{t}{n}\left[\underbrace{1}_{i=0}+\left\{\underbrace{1-\left(\frac{t}{n}\right)^2+\left(\frac{t}{n}\right)^4-\cdots}_{i=1}\right\}+\left\{\underbrace{1-\left(\frac{2t}{n}\right)^2+\left(\frac{2t}{n}\right)^4-\cdots}_{i=2}\right\}+\cdots\right. \\\\
&\quad\quad\quad\left.\cdots+\left\{\underbrace{1-\left(\frac{(n-1)t}{n}\right)^2+\left(\frac{(n-1)t}{n}\right)^4-\cdots}_{i=n-1}\right\}\right] \\\\
&= \lim_{n \to \infty}\frac{t}{n}\left[(\underbrace{{1}+1+\cdots+1}_{n個}) - \frac{t^2}{n^2}\{1^2+2^2+\cdots+(n-1)^2\} + \frac{t^4}{n^4}\{1^4+2^4+\cdots+(n-1)^4\}-\cdots\right] \\\\
&= \lim_{n \to \infty}\left[\frac{t}{n} \cdot n - \frac{t^3}{n^3}\{1^2+2^2+\cdots+(n-1)^2\} + \frac{t^5}{n^5}\{1^4+2^4+\cdots+(n-1)^4\}-\cdots\right] \\\\
&= \lim_{n \to \infty}\left(t - t^3 \cdot \frac{1}{n^{2+1}}\sum_{i=1}^{n-1}i^2 + t^5 \cdot \frac{1}{n^{4+1}}\sum_{i=1}^{n-1}i^4 - \cdots\right) \cdots ⑦
\end{align*}メルカトル級数を求めるときに使う等式※
\lim_{n \to \infty}\frac{1}{n^{p+1}}\sum_{i=1}^{n-1}i^p = \frac{1}{p+1}を利用することで、$~⑦~$は、
\begin{align*}
\stackrel{\frown}{AD} &= t - t^3 \cdot \frac{1}{2+1} + t^5 \cdot \frac{1}{4+1} - \cdots \\
&= t - \frac{t^3}{3} + \frac{t^5}{5} - \cdots
\end{align*}であり、$~⑥~$に代入することで、
\arctan t = t - \frac{t^3}{3} + \frac{t^5}{5} - \cdotsが求められた。$~\blacksquare~$
※メルカトル級数を求めるときに使う等式については、アルハゼンの公式から証明されます。
中世インドにおいて、弧を無限に細かくするというアイデアを使っていたことに驚きです。
また、貿易の中継地としてのケーララ地方に、中世イスラームのアルハゼンの知識が入ってきていたことがわかります。

グレゴリー・ライプニッツ級数と同じ式
マーダヴァ級数は、スコットランドの数学者ジェームス・グレゴリー(James Gregory 、1638年〜 1675年)と、ドイツの数学者ゴットフリート・ライプニッツ(Gottfried Leibniz , 1646〜1716)によって独立に再発見されました。

(出典:See page for author, Public domain, via Wikimedia Commons)

(出典:Christoph Bernhard Francke, Public domain, via Wikimedia Commons)
そのため、西洋では長らく「グレゴリー・ライプニッツ級数」として知られていました。
しかし、近年の研究により、マーダヴァが彼らより2世紀以上も前にこの公式を発見していたことが明らかになり、現在では「マーダヴァ・グレゴリー・ライプニッツ級数」と併記されることが増えています。
似たような級数で円周率を11桁求めた
マーダヴァ級数は美しい公式ですが、$~\pi~$への収束が非常に遅いという欠点があります。
$~\displaystyle \frac{1}{237}~$の項まで計算して初めて$~3.14~$が現れるほど、根気強く計算を行わなければなりません。
そこで、マーダヴァは級数に修正を加え、$~\pi~$への収束を速めようとしました。
彼がどのような級数を使ったかまではわかっていませんが、修正された級数の一例として、次のようなものがあります。
\begin{align*}
\pi= 2\sqrt{3}\left( 1-\frac{1}{3\cdot3}+\frac{1}{5\cdot3^2}-\frac{1}{7\cdot3^3}+\frac{1}{9\cdot3^4} \cdots \right)
\end{align*}
マーダヴァはこのような級数を用いて、円周率を小数点以下11桁(3.14159265359)まで正確に計算することに成功しました。
この級数の場合であれば、$~\displaystyle \frac{1}{43\cdot 3^{21}}~$の項まで計算することで、小数点以下11桁の値が求められます。

ただ、この値はマーダヴァが亡くなる時期にあたる1424年、イスラームの数学者アル・カーシー(Al Kashi , 1380〜1429)が小数点以下16桁を計算したことで塗り替えられてしまいました。
マーダヴァのエピソード:ジャヤスタデーヴァが功績を伝えた
マーダヴァ自身の著作は、残念ながら現在までほとんど残っていません。
では、なぜ彼の偉大な功績が現代にまで伝わっているのでしょうか?
その鍵を握るのが、師弟関係が厳しかったケーララ学派において、後継者を務めたジャヤスタデーヴァ(Jyeṣṭhadeva , 1500 〜 1575)です。
ジャヤスタデーヴァは、1530年頃に『ユクティバーシャ(Yuktibhāṣā)』という数学書を著し、ケーララ学派の数学的な発見、特にマーダヴァやその後継者たちの業績の証明や理論的根拠を詳細に解説したものです。

『ユクティバーシャ』が画期的だったのは、当時のインドの学術書の伝統であったサンスクリット語の詩の形式ではなく、一般の人々が使うマラヤーラム語の散文で書かれていた点です。
マーダヴァの無限級数に関する業績も、この『ユクティバーシャ』の中に詳細に記録されていたため、彼の先駆的な発見が歴史の闇に埋もれることなく、現代まで届くことになったのです。
まとめ
今回は、中世インドの偉大な数学者マーダヴァについて解説しました。
- マーダヴァは14世紀のインドの数学者で、ケーララ学派の創始者。
- 無限級数を用いて円周率を計算する公式(マーダヴァ級数)を発見。
- 同じ級数を発見したグレゴリーやライプニッツより200年以上早い発見だった。
- 級数の収束を速める独自の方法で、円周率を11桁まで正確に計算。
- 彼の功績は、後継者ジャヤスタデーヴァの著作によって後世に伝えられた。

祖沖之の小数点以下7桁から大幅に記録を更新したんだね。



祖沖之までは円に内接・外接する正多角形を使っていたけど、マーダヴァは級数を使ったからね。円周率研究の転換点とも言えるよ。




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