中世インドのブラーマグプタ(ブラフマグプタ)は、著書『ブラーフマスプタシッダーンタ』で初めて$~0~$を数として扱った数学者です。
ブラーマグプタによって、位取りにおいて空位を表す”記号”として使われていた$~0~$に計算ルールを与え、$~1~$から$~9~$までの数字と同様に扱えるようになりました。
また、ブラーマグプタは「ブラーマグプタの公式」を発見したり、二次方程式の解法を一般化したりしています。
そんなブラーマグプタの生涯と功績を、数学史の先生Fukusukeがわかりやすく解説!
現在の我々が$~3+0=3~$のような計算を当たり前にできるのは、ブラーマグプタのおかげなんです!
ブラーマグプタの生涯
ブラーマグプタ(Brahmagupta , 598年〜668年頃)は、7世紀のインドで活躍した天文学者および数学者です。

(出典:https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/Brahmagupta/pictdisplay/)
彼の生涯の詳細は多くが謎に包まれていますが、その功績は後世に大きな影響を与えました。
ブラーマグプタの年譜
| 年代 | 出来事 | 補足 |
|---|---|---|
| 598年 | インド北西部のムルタンで生まれる | ブラーマグプタの誕生地は諸説あり、ムルタンまたはビンマルという説が濃厚。 |
| 628年 | 『ブラーフマスプタシッダーンタ』を書く | この著書の中で、0を数字として扱い、計算に適用させた。また、ブラーマグプタの公式も掲載されている。 |
| 665年 | 『カンダ・カーディヤカ』を書く | 実用的な天文計算書を執筆。彼の研究が晩年まで続いていたことがわかる書。 |
| 668年頃 | 亡くなる | 正確な没年は不明 |
ブラーマグプタの活動場所
当時のインドは、北インドを統一したハルシャ・ヴァルダナ王の治世下(ヴァルダナ朝)にありました。
詳しい記録は残っていませんが、ブラーマグプタはインド北西部からインド中央部で活躍していたと伝わっています。
ブラーマグプタの誕生地として名前が挙がるのは、インド北西部のムルタン(現在のパキスタン)またはビンマル(現在のインド)。
その後、インドの学問の中心地の一つであった中央部のウッジャインに移り住み、そこにあった天文台の所長を務めていたと記録されています。
ブラーマグプタの功績:0を数として扱った
ブラーマグプタの最大の功績は、$~0~$を単なる空位を表す記号としてではなく、数字として計算に適用したことです。
0を計算に適用した
ブラーマグプタの著書『ブラーフマスプタシッダーンタ』13章で、ブラーマグプタは正負の量、そして$~0~$の演算を体系的に述べています。
- 正の量+正の量=正の量
- 負の量+負の量=負の量
- 正の量+負の量=2量の差 (誤り)
- $~0~$+正の量=正の量
- $~0~$+負の量=負の量
- 正の量×正の量=正の量
- 負の量×負の量=正の量
- 正の量×負の量=負の量
- 負の量×正の量=負の量
- $~0~$×正の量=正の量×$~0~$=$~0~$
- $~0~$×負の量=負の量×$~0~$=$~0~$
- 正の量÷正の量=正の量
- 負の量÷正の量=負の量
- 正の量÷負の量=負の量
- 負の量÷負の量=正の量
- $~0~$÷量=$~0~$
- $~0\div0=0~$ (誤り)
上記の通り、ブラーマグプタは0だけでなく「負の数」の概念も明確に扱いました。
彼は正の数を「財産」、負の数を「借金」と表現し、それらの間の演算規則を定義したのです。

無を$~0~$に進化させ、ヨーロッパでは市民権が認められていなかった負の数を認めたブラーマグプタでしたが、彼の演算には二つの誤りが混ざっていました。
ブラーマグプタの演算の誤り
ブラーマグプタが『ブラーフマスプタシッダーンタ』で述べた演算方法において、以下の2つの誤りがありました。
| 誤り | 誤りの解説と正しい記述 |
| 正の量+負の量=2量の差 | $~(+5)+(-3)~$の場合、2量の差は$~8~$となってしまうため誤り。 正しくは、「絶対値の大きい方から小さい方をひき、絶対値の大きい方の符号をつける」。 ブラーマグプタの記述に合わせると、「正の量+負の量=正の量または負の量」。 |
| $~0\div0=0~$ | 確かに$~0~$も答えの一つだが、正しくは「不定」。 $~0\div 0=\square~$として、確かめ算を行うと$~\square \times 0=0~$なので、$~\square~$にはどんな数もあてはまる。 |
ただ、この2つの誤りがあったとしても、世界で初めて$~0~$を記号ではなく数字として扱い、計算に適用したことは数学の発展に大きく貢献しました。
ブラーマグプタの功績:ブラーマグプタの公式を発明
ブラーマグプタは、四角形の面積を求めるため、「ブラーマグプタの公式」を発明しました。
「ヘロンの公式」を一般化
「ブラーマグプタの公式」は「ヘロンの公式」を一般化したものです。

4つの辺の長さが、$~a~,~b~,~c~,~d~$の円に内接する四角形$~ABCD~$で、
s=\frac{a+b+c+d}{2}とする。
このとき、四角形$~ABCD~$の面積$~S~$は次のように求めることができる。
S=\sqrt{(s-a)(s-b)(s-c)(s-d)}円に内接する四角形にのみ正しい公式ですが、ブラーマグプタはそのことまで気付いてはいませんでした。
また、ブラーマグプタの公式はヘロンの公式から証明することができます。

正確な面積と大ざっぱな面積を区別した
古代中国の祖沖之が円周率に密率$~\displaystyle \left( \frac{355}{113} \right)~$と約率$~\displaystyle \left( \frac{22}{7} \right)~$の二つを提案したように、ブラーマグプタも四角形の面積を求めるための公式を2種用意していました。
正確な公式にあたるのが、ブラーマグプタの公式。
円に内接する四角形でのみ成り立つという視点が欠けていたものの、ブラーマグプタ的には正しい公式として認識されていました。
そして、大ざっぱな公式にあたるのが、次の計算式です。
4つの辺の長さが、$~a~,~b~,~c~,~d~$の円に内接する四角形$~ABCD~$で、四角形$~ABCD~$の面積$~S~$は次のようにおおよそ求めることができる。
S\fallingdotseq \left( \frac{a+c}{2} \right)\left( \frac{b+d}{2} \right)
すなわち、対辺の平均の積がおおよその面積になるということです。
ブラーマグプタは次のような例を挙げています。
4つの辺の長さが$~a=b=c=25~,~d=39~$の四角形のおおよその面積は、
\left( \frac{25+25}{2} \right)\left( \frac{25+39}{2} \right)=800である。
ただ、実際は4つの辺の長さが与えられた四角形は一つに定まらないため、面積は求められません。

ブラーマグプタが面積を大ざっぱに求めた四角形が円に内接していると仮定した場合、正確な面積の値をブラーマグプタの公式から求めてみましょう。

4つの辺の長さが$~a=b=c=25~,~d=39~$の四角形$~ABCD~$が円に内接している場合、ブラーマグプタの公式より、
s=\frac{25+25+25+39}{2}=57なので、四角形$~ABCD~$の面積は
\sqrt{(57-25)(57-25)(57-25)(57-39)}=768と求められる。
簡単に求められる大ざっぱな公式と、計算が複雑なものの(円に内接していれば)正確に求められる公式の2つを用意していたのが、ブラーマグプタの数学の1つの特徴です。
彼は三角形の面積や円周率についても、大ざっぱな公式(値)と、正確な公式(精度の高い値)を与えています。
ブラーマグプタの功績:二次方程式の解法を示した
ブラーマグプタは無理数の扱いにも長けており、二次方程式の解法を示しました。
彼は次のような問題を考えています。
方程式$~10x-8=x^2+1~$を求めよ。
$~x=1~,~9~$という2つの解を持つ方程式ですが、ブラーマグプタは次のような手順で$~x=9~$のみ導きました。
元の方程式を移項する。
x^2-10x=-9
両辺を$~4~$倍した後、両辺に$~100~$をたす。
\begin{align*}
4x^2-40x&=-36 \\
4x^2-40x+100&=64
\end{align*}両辺の平方根をとる。
\begin{align*}
(2x-10)^2&=64 \\
2x-10&=8
\end{align*}移項した後、両辺を$~2~$でわる。
\begin{align*}
2x&=18 \\
x&=9
\end{align*} 負の数の計算方法に言及していたブラーマグプタでしたが、負の平方根については言及しませんでした。
そのため、解が1つだけになってしまったのです。
ブラーマグプタがこの問題を解くときに利用した方法を一般化すると、次のような解の公式が現れます。
二次方程式$~ax^2+bx=c~$の解は、次のように求められる。
x=\frac{\sqrt{4ac+b^2}-b}{2a}$~\sqrt{~}~$の前に$~\pm~$がないこと、元となる二次方程式の$~c~$の位置が違うために$~4ac~$の符号が逆になっていることを除き、現在の二次方程式の解の公式と同じものが与えられていることがわかります。
ただし、バビロニアの粘土板BM13901-6 や 古代中国の『九章算術』でも似たような解の公式が与えられているため、ブラーマグプタが最初の発見者ではないことに注意していください。


ブラーマグプタのエピソード:名前と著書名に秘められし意味
ブラーマグプタ(Brahma-gupta)を分解すると、以下の2つの言葉が出てきます。
- ブラーマ(Brahma)= ブラフマー(創造神)、または聖なる知識(ヴェーダ)
- グプタ(gupta)= 守られた、保護された、秘められた
「ブラーマグプタ」が数学・天文学の分野で神聖な知識の守護者・継承者であることを示す名前だったと考えられます。

また、『ブラーフマスプタシッダーンタ(Brāhma-sphuṭa-siddhānta)』は以下の3つの言葉に分解できます。
- ブラーフマ(Brāhma)= ブラフマー(創造神)や聖なる知識(ヴェーダ)を重んずる流派
- スプタ(sphuṭa)= 確立された、明確な、正確な
- シッダーンタ(siddhānta)= 教義、理論、体系
これらをつなげると、「ブラーマ派の正しく確立された理論体系」。
『ブラーフマスプタシッダーンタ』はこうした社会的権威を獲得していたため、内容の素晴らしさも相まって、大きな影響力を持つことになったのです。

まとめ
中世インドを代表する数学者、ブラーマグプタの生涯と功績について解説しました。
$~0~$を数字として初めて計算に適用した、柔軟な発想力はインドの数学のレベルを一段階上げたといえるでしょう。
この$~0~$の扱いは、イスラームを経由してヨーロッパに伝わり、今や世界中で広く使われるようになっています。

$~0~$の計算を発明したのもすごいけど、それを受け入れたインドの人たちも考え方が柔軟だよね。



『ブラーフマスプタシッダーンタ』がバラモンたちが重んじたヴェーダに依拠する書物だったことが一つの要因だね。




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