古代インドのアーリヤバタ(アールヤバタ)は、インドで著者名が残る最古の数学書『アールヤバティーヤ』を書いた数学者です。
彼の功績は、円周率の精密な計算から10進法位取り記数法の確立、さらには三角比の値の計算など、多岐にわたります。
本記事では、数学史の本を複数執筆した数学史の先生Fukusukeが、アーリヤバタの生涯と功績をわかりやすく解説!
彼の代表作『アールヤバティーヤ』の内容を中心に、アーリヤバタの数学を見てみましょう。
アーリヤバタの生涯
アーリヤバタ(Āryabhaṭa、476年頃〜550年頃)は、古代インドのグプタ朝時代に活躍したとされる数学者です。

(出典:Cpjha13, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)
彼の生涯については多くの謎に包まれていますが、自身の著作『アールヤバティーヤ』に残された記述からその一端を垣間見ることができます。
アーリヤバタの年譜
| 年代 | 出来事 | 補足 |
|---|---|---|
| 476年頃 | インドのクスマプーラで生まれる | |
| 499年 | 『アールヤバティーヤ』を書く | 数学や天文学を扱った詩形式の書で、インドにおいて著者名が残る最古の数学書となっている |
| 550年頃 | 亡くなる |
アーリヤバタの活動場所
アーリヤバタの主要な活動場所は、現在のインドのビハール州パトナにあたるクスマプーラであったとされています。
この地は当時のインドにおける学術の中心地の一つであり、著名な学術機関ナーランダ僧院も存在しました。
彼はこの地で数学と天文学の研究に没頭し、数々の画期的な発見を成し遂げたとされています。
アーリヤバタの功績:『アールヤバティーヤ』を書いた
アーリヤバタの最も重要な功績は、彼の主著である『アールヤバティーヤ』です。
この書は、インドの数学と天文学の発展に多大な影響を与え、後世の学者たちに引き継がれる基礎を築きました。
全4章121節からなるこの著作は、詩の形式で書かれています。
円周率は3.1416
アーリヤバタは、円周率$~\pi~$の近似値として$~3.1416~$という非常に精度の高い値を提示しました。
彼は次のように円について述べています。
$~100~$に$~4~$を足し、$~8~$を掛け、$~62,000~$を足す。
この規則により、直径が$~20,000~$の円の円周に近づくことができる。
実際に計算してみると、以下のようになります。
\begin{align*}
\pi &\fallingdotseq \frac{(100 + 4) \times 8 + 62000}{20000} \\
\\
&= \frac{104 \times 8 + 62000}{20000} \\
\\
&= \frac{832 + 62000}{20000} \\
\\
&= \frac{62832}{20000} \\
\\
&= 3.1416
\end{align*}小数第3位まで一致しており、ヨーロッパにおける2世紀のプトレマイオス、中国における3世紀の劉徽と同じ精度で求めていたことがわかります。
正弦表を3.75°間隔で作成
アーリヤバタは、天文学的な計算のために、今の$~\sin{}~$の値を計算しました。
半径$~3438~$、中心角$~90^{\circ}~$の扇形を24等分することで、$~3.75^{\circ}~$間隔の$~\sin{}~$の値を次のように計算しています。
$~90^{\circ}~$までの角を24等分し、1個目($~3.75^{\circ}~$)の正弦の値を$~a_1=\displaystyle \frac{225}{3438}~$としたとき、$~n~$個目の正弦の値$~a_n~$は以下の式でつくられる。
a_n=a_{n-1}+\frac{225}{3438}-\frac{a_1+a_2+\cdots+a_{n-1}}{225}どのようにして導いたかは定かでないものの、この式により、$~a_1=\sin{3.75^{\circ}}~$,$~a_2=\sin{7.5^{\circ}}~$,$~a_3=\sin{11.25^{\circ}}~$,$~a_4=\sin{15^{\circ}}~$,$~\cdots~$,$~a_{22}=\sin{82.5^{\circ}}~,~a_{23}=\sin{86.25^{\circ}}~$の近似値を求めることができ、実際に計算すると驚きの精度であることがわかります。

また、$~3438~$や$~225~$が出てきた理由としては、アーリヤバタが円周が$~21600~$の円を考えていたことに由来します。
この$~21600~$は、ヒッパルコスが定めた1周$~360^{\circ}~$をさらに$~60~$分割することで得られる値です。($~360 \times 60=21600~$)
円周$~21600~$の半径$~r~$を、アーリヤバタ自身が求めた円周率$~3.1416~$から求めると、
\begin{align*}
2\cdot3.1416\cdot r&=21600 \\
r&=3437.73~\cdots \\
\end{align*}となるため、アーリヤバタは半径を$~3438~$に設定したのです。
そして、現在でも知られているように小さい角において、$~\sin{\alpha} \fallingdotseq \alpha~$なので、
\begin{align*}
a_1&=\sin{3.75^{\circ}} \\
&=\sin{\frac{3.75\pi}{180}} \\
\\
&\fallingdotseq \frac{3.75\pi}{180} \\
\\
&= \frac{3.75*3.1416}{180} \\
\\
&=0.06545
\end{align*}と求められ、半径$~3438~$の円であることから、
3438\times0.06545=225.0171\fallingdotseq225
とし、$~a_1=\displaystyle \frac{225}{3438}~$が求められるのです。

ちなみに、ローマからインドに伝わっていた三角比は、ヒッパルコスの chord でしたが、400年頃にインドで書かれた天文学書『パイターマハシッダーンタ』の時点では現在の$~\sin{}~$と同様の定義に変わっていたため、アーリヤバタも$~\sin{}~$を使用しています。

10進法の位取りの考え方
アーリヤバタは、現代の数学の根幹をなす10進法の位取り記数法の発展に大きく貢献しました。
『アールヤバティーヤ』には、以下のような記述があります。
桁から桁へ、それぞれの桁が前の桁の10倍となる。

この記数法は、数字の「$~0~$」の概念と結びつき、各桁の数字がその位置によって異なる意味を持つ画期的なものです。
ただ、この時点での0は数字ではなく記号。
また、300年頃のインドの『バクシャーリー写本』において、0を意味する「・」がすでに使われていたため、アーリヤバタが使い始めたわけではありません。
0を数として初めて扱ったのは、アールヤバティーヤから129年後のインドの数学者ブラーマグプタでした。
不正確な記述も多かった
アーリヤバタの功績は偉大ですが、彼の著作には不正確な記述も多かったです。
2つ例を挙げます。
錐体の体積は、底面の面積と高さの積の半分である。
→正しくは$~\displaystyle \frac{1}{3}~$
球体の体積は、大円の面積とその面積の平方根の積である。
→半径$~r~$とすると、$~\pi r^2 \times \sqrt{\pi r^2}= \pi\sqrt{\pi}r^3~$であることが述べられているが、正しくは$~\displaystyle \frac{4}{3}\pi r^3~$
ちなみに大円とは、球の中心を通るような平面で球を切ったときの断面です。

円周率や三角比の完成度の高さに対して、以上のような不正確な記述もあったことから、約500年後のアラビアの数学者アル・ビールーニーは次のように述べています。
アル・ビールーニー(『アールヤバティーヤ』は)ありふれた小石と高価な水晶の混合物。
アーリヤバタのエピソード:バラモンから非難された
『アールヤバティーヤ』全4章の中で、数学についての記述は2章のみであり、33個の詩が載っています。
それ以外の章は天文学について書かれており、アーリヤバタは地球が自転しているという地動説に近い考え方や、日食・月食の原因を科学的に説明しようとしました。
しかし、バラモン教の聖典『ヴェーダ』では、地球が静止し、太陽が動いていると宣言していました。
そのため、バラモン階級からアーリヤバタは非難されることになったのです。


まとめ
アーリヤバタは、5世紀から6世紀にかけて古代インドで活躍した偉大な数学者・天文学者です。
- 『アールヤバティーヤ』を著し、その後のインド数学に影響を与えた。
- 円周率や正弦表を高い精度で算出した。
- 10進法を紹介したことで、130年後のアラビア数字の完成につながった。
バラモンからの非難にも屈さず、数学と天文学の道を切り拓いていったアーリヤバタの功績は、ブラーマグプタに引き継がれていきます。



詩の形式でここまで精緻な数学を残せるってすごいね!



詩で口ずさむことができたから、誤りが多少あっても、体系的に書かれていなくても、次の世代に引き継ぐことができたんだね。




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