フィボナッチ〜生涯と功績を解説!フィボナッチ数列以外に何をした人?【数学史11-4】

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 フィボナッチ(ピサのレオナルド)は、中世ヨーロッパで最も偉大な数学者の一人として知られています。

 現代でこそ「フィボナッチ数列」の発見者として有名ですが、彼の最大の功績は、当時ヨーロッパで使われていたローマ数字に代わる、はるかに優れたインド・アラビア数字(私たちが現在使っている算用数字)とその計算法をヨーロッパに紹介したことです。

 また、彼の主著『算盤の書』は、単なる理論書ではなく、商人たちが日々の取引で直面する問題を解決するための、極めて実践的な手引書でした。

 この記事では、フィボナッチの生涯と彼の残した偉大な功績、そして彼にまつわる興味深いエピソードについて、数学史の先生であるFukusukeが詳しく解説します。

 中世の商業革命を数学の力で支えたこの偉大な数学者の業績を通じて、現代数学の礎がどのように築かれたのかを見ていきましょう。

この記事を書いた人

Fukusuke(ふくすけ)
数学史の先生

  1. 現役の中学・高校数学教員
  2. 重刷、ブログ累計200万PV達成
  3. 行間がなくなるほど丁寧な式変形で執筆中
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この記事を読んでわかること

フィボナッチの生涯

 フィボナッチ(Fibonacci , 1170頃〜1250頃)は、レオナルド・フィボナッチやレオナルド・ピサーノ(ピサのレオナルド)とも呼ばれる、中世ヨーロッパを代表する数学者です。

フィボナッチ
フィボナッチ
(出典:Deep also it at it.wikipedia, Public domain, via Wikimedia Commons)

 「フィボナッチ」という名前は「ボナッチの息子」を意味する愛称で、後世になってから定着しました。

フィボナッチの年譜

年代出来事補足
1170頃イタリアのピサで生まれる商人の息子として生まれる
少年期北アフリカのブジアに移住父の仕事の関係で移住し、現地の師からインド・アラビア数字を学ぶ
青年期地中海各地を旅行エジプト、シリア、ギリシャ、シチリア、プロヴァンスなどを巡り、各地の数学の知識を吸収する
1202『算盤の書』(Liber Abaci)初版を執筆インド・アラビア数字と筆算を紹介する画期的な書物
1220頃『実用幾何学』(Practica Geometriae)を執筆測量や幾何学に関する実用的な問題集
1225頃皇帝フリードリヒ2世の宮廷で数学試合に勝利する3問の難問をすべて解き、他の宮廷数学者との格の違いを見せつけた
1225頃『平方の書』(Liber Quadratorum)を執筆数学試合がきっかけで書かれた数論の書
1240ピサ共和国から俸給を与えられる数学者としての功績が認められ、市から年金を受ける
1250頃ピサ市近くで亡くなる正確な没年は不明

フィボナッチの活動場所

 フィボナッチはイタリアのピサで生まれました。

 彼の父グリエルモ・ボナッチは、貿易商として北アフリカのブジアに移住したため、フィボナッチは少年時代をその地で過ごしました。

 その後、エジプト、シリア、ギリシャ、シチリア、そして南フランスのプロヴァンスといった地中海沿岸の主要な商業都市を旅して回り、各地の商人や数学者と交流し、多様な数学の知識や計算法を吸収します。

 30才頃にピザに帰国したフィボナッチは、地中海地域で学んできたことを『算盤の書』にまとめ、ヨーロッパの商人たちを中心に大きな影響を与えたのです。

フィボナッチはその後もピサで過ごし、ピサ市の近くで亡くなりました。

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