古代エジプトの数学を、現代にまで伝える役割を果たしたパピルス。
そのパピルスの中でも最も有名なのが、紀元前1650年頃に書記アーメスが書いた『リンド・パピルス』です。
その『リンド・パピルス』では、パンの分け方や土地の面積などの実用的な数学の問題だけでなく、生活とは直接結びつかない方程式や数列の問題まで載っていました。
この記事では、古代エジプトにおける方程式の解き方をはじめ、『リンド・パピルス』に載っている有名な問題を解説していきます。
- 「アハ問題」と呼ばれる方程式は、仮置法という比例の応用で解いた。
- ピラミッドの勾配は、三角比の考え方で計算された。
- 等比数列の問題は、英語圏のわらべ歌として伝わっている。
時代 | B.C.1650年頃 |
場所 | エジプト |
『リンド・パピルス』に載っている方程式
『リンド・パピルス』は、紀元前1650年頃に古代エジプトの書記アーメスによって書かれた巻物で、実生活につながる問題を中心に、幅広い分野の問題が80以上載っています。
古代エジプトの数学の特徴は、実用的な面を重んじるところにありましたが、その中で異彩を放つのが方程式の問題です。
方程式は「アハ問題」と呼ばれた
現代の方程式にあたる問題は、「アハ問題」と呼ばれました。
その理由は、問題文にあります。
アハとアハの$~\displaystyle \frac{1}{4}~$の和が$~15~$であるとき、アハの値を求めよ。
「アハ」というのは、量を意味する言葉で、今で言う未知数$~x~$にあたります。
この種の問題は、文頭が「アハ」で始まるため、「アハ問題」と名付けられました。
ちなみに、パンの分け方や円形の土地の面積の求め方といった実用的な面での数学がメインだった古代エジプトでは、「アハ問題」は珍しい種類の問題だったのです。
アハ問題は「仮置法」で解いた
方程式の問題は、現在であれば移項や等式の性質を用いて簡単に解くことができます。
しかし、古代エジプトでは「仮置法」と呼ばれる、比例の考え方の応用で解いていました。
先ほどの『リンド・パピルス』問題26を「仮置法」で解くと、以下のようになります。(表記方法は現代の方法)
「アハ」を$~x~$とすると、
x+\frac{1}{4}x=15
と表せる。
$~x=4~$と仮定すると、方程式は
4+\frac{1}{4}\times 4=5 ~~~\cdots ①
となるので、右辺を$~15~$にするためには、$①$の両辺を$~15 \div 5=3~$倍すればよい。
したがって、
4 \times 3 +\frac{1}{4}\times 4 \times 3=15
なので、$~x=4\times 3~$、すなわち「アハ」は$~12~$とわかる。
このように、$~x~$に何か適当な数を代入し、そこから得られた値と得たい値の比例関係から$~x~$を求める方法が「仮置法」です。
この方法のすごいところは、どんな値を代入しても比例関係を使って必ず解けるところです。
実際の計算量は膨大
『リンド・パピルス』には、いくつかアハ問題が載っていました。
例として、以下の2問を見てみましょう。
アハとアハの$~\displaystyle \frac{1}{7}~$の和が$~19~$であるとき、アハの値を求めよ。
アハとアハの$~\displaystyle \frac{2}{3}~$、アハの$~\displaystyle \frac{1}{2}~$、アハの$~\displaystyle \frac{1}{7}~$を合計すると$~33~$であるとき、アハの値を求めよ。
実はこれらの問題、答えが非常に複雑で、問24は現在の表記で$~\displaystyle \frac{133}{8}~$、問31は、$~\displaystyle \frac{1386}{97}~$が「アハ」の値となります。
しかも、当時のかけ算・わり算は「2倍法」を利用し、分数は単位分数の和で表していたので、実際の「アハ」の値は、
\frac{133}{8}=16+\frac{1}{2}+\frac{1}{8}
\frac{1386}{97}=14+\frac{1}{4}+\frac{1}{56}+\frac{1}{97}+\frac{1}{194}+\frac{1}{388}+\frac{1}{679}+\frac{1}{776}
というように表されていました。
『リンド・パピルス』の著者であるアーメスの計算力の高さが窺えます。
アーメスは検算もしていた
書記アーメスは、アハ問題を解くだけでなく、求まった「アハ」の値が正しいかを代入して確かめています。
今で言うところの「検算」をしていたということです。
検算という行為は、後の古代ギリシャで登場する証明にもつながる考え方であると同時に、どんな複雑な問題も仮置法によって解けるという自信の表れにもなっています。
ピラミッドの勾配は計算されていた
古代エジプトと言えば、ピラミッド。
ピラミッドを建造するにあたって、外壁の勾配を均一にすることが重要でした。
水平距離と高さにはそれぞれ別の単位が使用された
水平距離には、手のひらの幅を意味する「パーム」という単位が使われていました。
現在では、
1パーム=7.62 ~cm
とされています。
高さの単位は「キュービット」が使われており、中指の先から肘までの長さを意味していました。
地域や時代によって長さが異なるものの、古代エジプトにおいては、
1キュービット\fallingdotseq52.4 ~cm
であり、パームの約 7 倍の長さを示していました。
勾配は cot(コタンジェント)で表した
勾配を表す数値として、古代エジプトでは「セケド」と呼ばれる、高さ1キュービットあたりの水平距離(パーム)を使っていました。
セケド=\frac{水平距離(パーム)}{高さ(キュービット)}=\cot{\theta}
これは、現在で言うところの$~\cot{}~$(コタンジェント、余接)であり、$~\tan{}~$の逆数です。
この時代から三角比の考え方があったことがわかります。
『リンド・パピルス』のピラミッドの問題
『リンド・パピルス』に載っている、ピラミッドの勾配に関する問題は次のようなものでした。
高さ$~250~$キュービットで、一辺が$~360~$キュービットの正方形が底面のピラミッドのセケドを求めよ。
この問題に対する、書記アーメスの解法がこちら。
$~360~$を半分にせよ。
すると$~180~$になる。
$~180~$を$~250~$で割れ。
すると$~\displaystyle \frac{1}{2}+\frac{1}{5}+\frac{1}{50}~$になる。
これを$~7~$倍せよ。
ゆえに、セケドは$~5~$と$~\displaystyle \frac{1}{25}~$パーム である。
単位分数で表しているという点を除けば、
\cot{\theta}=\frac{180}{250}=\frac{18}{25}
の計算をしているだけです。
最後の$~7~$倍は、m(メートル)をcm(センチメートル)に直すような単位換算なので、惑わされないようにしましょう。
$~\cot{}~$だから馴染みがないものの、$~\tan{}~$の逆数を紀元前から使っていたと考えると、当時のエジプト人の頭脳に驚かされます。
クフ王の大ピラミッドとほぼ同じ勾配
一番大きなクフ王のピラミッドは、幅が$~440~$キュービット、高さが$~280~$キュービットです。
そのため、
\cot{\theta}=\frac{220}{280}=\frac{1}{2}+\frac{1}{4}+\frac{1}{28}
であり、単位をキュービットからパームに直すことで、セケドは$~5~$と$~\displaystyle \frac{1}{2}~$パームとなります。
リンド・パピルスでのセケドが、$~5~$と$~\displaystyle \frac{1}{25}~$パーム であったため、類似度が高いことが言えるでしょう。
リンド・パピルスができる約900年前に、クフ王のピラミッドは完成しているため、アーメスは測量をしたうえで問題を作成したと考えられます。
『モスクワ・パピルス』には体積の求め方まで記載
ちなみに、『モスクワ・パピルス』には、ピラミッドの体積の求め方に繋がる問題もありました。
高さ$~6~$キュービット、底辺$~4~$キュービット、頂辺が$~2~$キュービットの頂上が平らなピラミッドの体積を求めよ。
実際はピラミッドではなく、今で言う四角錐台の体積を求める問題です。
この体積の解法が次のように書かれています。
$~4~$を平方する、結果は$~16~$。
$~4~$を$~2~$倍する、結果は$~8~$。
$~2~$を平方する、結果は$~4~$。
$~16~$と$~8~$と$~4~$を加える、結果は$~28~$。
$~6~$の$~\displaystyle \frac{1}{3}~$をとる、結果は$~2~$。
$~28~$を$~2~$回とり、結果は$~56~$。
この解法を、現代の数式で表すと、
(4^2+4\times 2+2^2)\times 6 \times \frac{1}{3}=56
であり、底面と頂面の正方形の一辺をそれぞれ$~a~,~b~$、高さを$~h~$としたときの四角錐台の体積が
\frac{h}{3}(a^2+ab+b^2)
で求まることを知っていた証拠になっています。
この式で、$~b=0~$(頂面なし)とすれば、実際のピラミッドの体積も求めることができ、建設時に利用していたのではないかと推測されています。
ただ、どのようにこの公式が導かれたのかは明らかになっていません。
わらべ歌として知られている数列の問題
最後は英語圏のわらべ歌として、よく知られている『リンド・パピルス』の問題です。
『リンド・パピルス』の数列の問題
$~7~$つの家があります。
それぞれの家には、$~7~$匹のネコがいます。
それぞれのネコは、$~7~$匹のネズミをつかまえます。
それぞれのネズミは、$~7~$穂のスペルト小麦を食べます。
それぞれのスペルト小麦の穂は、$~7~$ヘカトの麦を生み出します。
これらを全部合わせるといくつになりますか?
※スペルト小麦は、現在の小麦の原種にあたる穀物。
※ヘカトは、体積を表すエジプトの単位。
答えとしては、等比数列の和ということで、
7+7^2+7^3+7^4+7^5=19607
と求まります。
童謡『マザーグース』に登場するわらべ歌の先祖
日本語でも「ロンドン橋落ちた」や「メリーさんのひつじ」で知られる童謡『マザーグース』。
その中に『As I was going to St Ives』(セント・アイヴスに行く途中)というなぞなぞ歌があります。
As I was going to St Ives,
I met a man with seven wives,
Each wife had seven sacks,
Each sack had seven cats,
Each cat had seven kits:
Kits, cats, sacks, and wives,
How many were there going to St Ives?
Wikipedia「As I was going to St Ives」 より
この歌詞を日本語にすると、次のようななぞなぞとなります。
セント・アイヴスに行く途中、
$~7~$人の妻を連れたひとりの男に出会った、
どの妻も$~7~$つの袋を持ち、
どの袋にも$~7~$匹の猫がいて、
どの猫にも$~7~$匹の子猫がいた。
子猫、猫、袋、妻たち、
セント・アイヴスに行くのは全部でどれだけ?
表現こそ違いますが、『リンド・パピルス』問題79に通じるものがありますね。
このなぞなぞの答えは、$~1+7+7^2+7^3+7^4=2801~$に自分を入れて$~2802~$人でしょうか?
いいえ、「セント・アイヴスに行く途中」に、妻を連れた男に会っているので、実際にセント・アイヴスに向かっているのは自分一人だけです。
みなさんは正解しましたか?
YouTubeで調べると、動画も出てきます↓
娯楽としての数学の問題も存在した
$~19607~$という大きな数が答えとなる『リンド・パピルス』問題79は、実生活に即した数学を主としていた古代エジプトの問題としては違和感が拭えません。
それもそのはずで、アーメスは数学の実用的な部分だけでなく、パズルや数学の楽しみを念頭に置いたと考えられているのです。
例えば、円の近似に使われたと考えられる『リンド・パピルス』問題48の図も、問題文が無かったことから、
この図を使って、円の面積を求めるためにはどう考えればよいか?
という意図が隠されていたという見方もできます。
※$~3~$や$~9~$といった数字は書かれていなかった。
まとめ・参考文献
『リンド・パピルス』の有名な問題について解説してきました。
- 方程式は、$~x~$に適当な数を入れ、得られた値と得たい値の比例関係を使っていた。
- ピラミッドの勾配は、$~\cot{}~$(コタンジェント)を使って計算された。
- 等比数列の問題は、現代のわらべ歌『As I was going to St Ives』に使われている。
古代エジプトの書記たちが、さまざまな分野の数学を研究していたことがわかります。
次の記事からは、エジプト文明と肩を並べる、メソポタミア文明(バビロニア)の数学について解説します。
今の数学に繋がる考え方を、約3500年前からしていたんだね。
わらべ歌にも影響を与えているのもすごいよね!
参考文献(本の紹介ページにリンクしています)
- 『カッツ 数学の歴史』,pp.18-28
- 『メルツバッハ&ボイヤー 数学の歴史Ⅰ』,pp.13-18
- 『数学史 数学5000年の歩み』,pp.25-37
- 『数学の歴史物語』,pp.4-10
- 『数学の流れ30講(上)』,pp.22-23
- 『ずかん 数字』,pp.50
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