サービト・イブン・クッラ〜生涯と功績を解説!友愛数や二次方程式を求めた方法とは?【数学史10-2】

当ページのリンクには広告が含まれています。

 中世イスラーム世界で、古代ギリシャの知の光を絶やさず、未来へと繋いだ偉大な数学者、サービト・イブン・クッラ

 彼の最も有名な功績は友愛数を見つけるための公式を発見したことです。

 しかしその一方で、フワーリズミーの研究を引き継ぎ、二次方程式の一般化など、今日の代数学の基礎にも深く関わっています。

 この記事では、サービト・イブン・クッラの生涯と功績、そして彼にまつわる興味深いエピソードについて、数学史の先生Fukusukeが中学生・高校生レベルで分かりやすく解説

 この記事を読めば、サービト・イブン・クッラがどのようにして数学の歴史にその名を刻んだのかが、きっとわかるはずです。

この記事を書いた人

Fukusuke(ふくすけ)
数学史の先生

  1. 現役の中学・高校数学教員
  2. 重刷、ブログ累計200万PV達成
  3. 行間がなくなるほど丁寧な式変形で執筆中
この記事を書いた人

Fukusuke(ふくすけ)
数学史の先生

  • 現役の中学・高校数学教員
  • 著書2冊は発売1ヶ月で即重刷
  • 当数学史ブログは累計200万PV達成
  • 行間がなくなるほど丁寧な式変形で記事を執筆

』『』好評発売中!

この記事を読んでわかること

イブン・クッラの生涯

 サービト・イブン・クッラ(Thābit ibn Qurra, 826年頃 – 901年)は、9世紀のイスラーム世界で輝かしい功績を残した学者です。

サービト・イブン・クッラ
(出典:https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/Thabit/

 彼は数学者のみならず、医師、天文学者、哲学者、そして卓越した翻訳家でもありました。

イブン・クッラの年譜

 サービト・イブン・クッラの生涯は以下のとおりです。

イブン・クッラの年譜
年代出来事補足
826年頃 ハッラーンで生まれる 現在のトルコ南東部に位置する古代都市。サービア教徒の裕福な家庭に生まれる。
850年頃バグダードへ移住学問の中心地であったバグダードの「知恵の館」で活動を開始。カリフ(君主)の庇護を受ける。
850年-901年翻訳と研究に没頭ユークリッドアルキメデスプトレマイオスなど、古代ギリシャの重要な科学文献をアラビア語に翻訳。数学、天文学の研究でも大きな業績を残す。
901年バグダードで没する約75歳で死去。彼の翻訳と研究は、その後のイスラーム科学、さらにはヨーロッパのルネサンスにまで大きな影響を与えた。

イブン・クッラの活動場所

 現在のトルコ南東部にあたるハッラーンで生まれたサービト・イブン・クッラ。

 彼はその後、アッバース朝の首都バグダードに移住し、没するまでこの地で過ごしました。

 当時のバグダードには、世界中から学者たちが集まる学問の中心地「知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)」があり、そこで翻訳家や科学者としての仕事を行い、イスラームの黄金時代に貢献しました。

このブログの参考文献

コメント

コメントする

CAPTCHA


この記事を読んでわかること