直角三角形の辺の長さの関係を表す「三平方の定理」。
別名「ピタゴラスの定理」とも呼ばれるため、古代ギリシャの数学者ピタゴラスが発見したと考えられがちです。
しかし、実際はピタゴラスが生まれる1000年以上前から、バビロニアに存在し、研究されていたことがわかっています。
この記事では、バビロニアで三平方の定理が使われていた根拠となる粘土板について解説。
現在の数学では見られない、ピタゴラス数の表について知ることができます。
時代 | B.C.1800年頃 |
場所 | バビロニア(メソポタミア) |
ピタゴラス数が記されている粘土板
紀元前1800年頃に書かれたとされる粘土板プリンプトン322には、バビロニア人が三平方の定理を知っていたとわかる数表が残っていました。
この粘土板に載っていたピタゴラス数について、見てみましょう。
ピタゴラス数は三平方の定理を満たす整数組
そもそも「ピタゴラス数」とは、ピタゴラスの定理を満たす整数の組を指します。
ピタゴラスの定理は別名「三平方の定理」とも言い、中学3年生で学ぶ以下のような定理です。
直角をはさむ辺の長さが$~a~,~b~$、斜辺が$~c~$である直角三角形において、
a^2+b^2=c^2
が成り立つ。
この定理を満たす整数の組は、以下のようなものが挙げられます。
- $~a=3~,~b=4~,~c=5~$
- $~a=5~,~b=12~,~c=13~$
- $~a=7~,~b=24~,~c=25~$
それぞれの組の自然数倍もピタゴラス数となるため、無限に存在します。
プリンプトン322には15組のピタゴラス数が記載
紀元前1800年頃に書かれたとされる、粘土板プリンプトン322には、バビロニアお得意の数表の中でも、ピタゴラス数をリスト化したものが記載されていました。
まずはこれをバビロニアの数字のまま書き出すと、下の<表3>のようになります。(「;」は小数点、「,」は位の境目を表す。)
1;59,0,15 | 1,59 | 2,49 | 1 |
1:56,56,58,14,50,6,15 | 56,7 | 1,20,25 | 2 |
1;55,7,41,15,33,45 | 1,16,41 | 1,50,49 | 3 |
1;53,10,29,32,52,16 | 3,31,49 | 5,9,1 | 4 |
1;48,54,1,40 | 1,5 | 1,37 | 5 |
1;47,6,41,40 | 5,19 | 8,1 | 6 |
1;43,11,56,28,26,40 | 38,11 | 59,1 | 7 |
1;41,33,45,14,3,45 | 13,19 | 20,49 | 8 |
1;38,33,36,36 | 8,1 | 12,49 | 9 |
1;35,10,2,28,27,24,26,40 | 1,22,41 | 2,16,1 | 10 |
1;33,45 | 45 | 1,15 | 11 |
1;29,21,54,2,15 | 27,59 | 48,49 | 12 |
1;27,0,3,45 | 2,41 | 4,49 | 13 |
1;25,48,51,35,6,40 | 29,31 | 53,49 | 14 |
1;23,13,46,40 | 28 | 53 | 15 |
これを今の数字に直し、直角三角形の3辺$~a~,~b~,~c~$のどの値かを明らかにしたうえで、列を1つ補足して書くと、下の<表4>のようになります。
$~\displaystyle \left( \frac{c}{a} \right)^2~$ | $~b~$ | $~c~$ | No. | $~a~$ (補足) |
1.9834028 | 119 | 169 | 1 | 120 |
1.9491586 | 3367 | 4825 | 2 | 3456 |
1.9188021 | 4601 | 6649 | 3 | 4800 |
1.8862479 | 12709 | 18541 | 4 | 13500 |
1.8150077 | 65 | 97 | 5 | 72 |
1.7851929 | 319 | 481 | 6 | 360 |
1.7199837 | 2291 | 3541 | 7 | 2700 |
1.6845877 | 799 | 1249 | 8 | 960 |
1.6426694 | 481 | 769 | 9 | 600 |
1.5861226 | 4961 | 8161 | 10 | 6480 |
1.5625 | 45 | 75 | 11 | 60 |
1.4894168 | 1679 | 2929 | 12 | 2400 |
1.4500174 | 161 | 289 | 13 | 240 |
1.4302388 | 1771 | 3229 | 14 | 2700 |
1.3871605 | 56 | 106 | 15 | 90 |
$~a~$の値については、$~\displaystyle \left( \frac{c}{a} \right)^2~$の値から算出しています。
一見、ピタゴラス数が不規則に並んでいるように見えますが、ある規則に従って(後述)並べられているのです。
ピタゴラス数の見つけ方
表4の数値はどのようにして求められたのでしょうか。
きちんとした理論に基づいて、ピタゴラス数が求められていたことがわかっています。
バビロニアでは逆数表から求めた
二次方程式$~x^2-px+q=0~$を解く鍵にもなっていた恒等式と、逆数表を合わせることでピタゴラス数をたくさん見つけることが可能でした。
バビロニアでよく使われていた以下の恒等式を利用する。
xy+\left( \frac{x-y}{2} \right)^2=\left( \frac{x+y}{2} \right)^2~~~\cdots①
<図5>のような、3辺が$~a’=xy=1~$、$~b’=\displaystyle \frac{x-y}{2}~$、$~c’=\displaystyle \frac{x+y}{2}~$の直角三角形を考える。
このとき、$①$から、
(a')^2+(b')^2=(c')^2~~~~\cdots②
となり、$~xy=1~$を満たす$~x~,~y~$の組を求めればよいことがわかる。
$~x~$と$~y~$は逆数の関係にあるため、逆数表から逆数の関係にある2つの数を選べば、$②$を満たす$~a’~,~b’~,~c’~$は求まる。
1辺の長さを$~a^{\prime}=xy=1~$と固定してあげることで、バビロニアお得意の数表にもっていく導き方でした。
ピタゴラス数(119,120,169)を求めてみた
実際に逆数を使って、ピタゴラス数を1組求めてみましょう。
$~x=\displaystyle \frac{12}{5}~,~y=\frac{5}{12}~$を選んだ場合
\begin{align*} b'&=\frac{x-y}{2} \\ \\ &=\frac{\frac{12}{5}-\frac{5}{12}}{2} \\ \\ &=\frac{144-25}{120} \\ \\ &=\frac{119}{120} \\ \\ c'&=\frac{x+y}{2} \\ \\ &=\frac{\frac{12}{5}+\frac{5}{12}}{2} \\ \\ &=\frac{144+25}{120} \\ \\ &=\frac{169}{120} \end{align*}
となり、$②$に代入することで、次の等式が求まる。
1^2+\left( \frac{119}{120} \right)^2=\left( \frac{169}{120} \right)^2~~~~\cdots③
バビロニアの書記による記述はここで終わっています。
$③$により、$~b=119~,~c=169~,~\displaystyle \left(\frac{c}{a}\right)^2=\left(\frac{169}{120}\right)^2=1.9834028~$がわかり、それらの値はプリンプトン322の表に載っています。
$~\displaystyle \left( \frac{c}{a} \right)^2~$ | $~b~$ | $~c~$ | No. | $~a~$ (補足) |
1.9834028 | 119 | 169 | 1 | 120 |
ちなみにですが、今の我々にとっては、$③$の両辺を$~120^2~$倍して、
120^2+119^2=169^2
としたほうが、理解しやすいです。
三平方の定理がバビロニアで知られていた根拠
ここまでの話だと、$~a^2+b^2=c^2~$を満たす自然数の組を求める方法が知られていたことはわかるものの、この$~a~,~b~,~c~$が直角三角形の三辺に対応することまで知られていたかは断言できません。
しかし、粘土板プリンプトン322(表4)の$~\displaystyle \left( \frac{c}{a} \right)^2~$の値に注目すると、明らかに直角三角形を意識していたことがわかります。
tanθと数表の関係
図7の直角三角形の角度$~\theta~$について考えてみましょう。
$~\tan{\theta}=\displaystyle \frac{b}{a}~$を三角比の相互関係を使って、式変形すると
\begin{align*} \tan^2{\theta}&=\frac{1}{\cos^2{\theta}}-1 \\ \\ &=\frac{1}{\left(\frac{a}{c}\right)^2}-1 \\ \\ &=\left(\frac{c}{a}\right)^2-1 \\ \end{align*}
であり、表4の$~\displaystyle \left(\frac{c}{a}\right)^2~$と$~\theta~$のつながりが見えてきます。
数表の順番は角度で決まっていた
実は、表4のピタゴラス数の順番は、角度$~\theta~$の大きい順になっているのです。
表4にある$~\displaystyle \left(\frac{c}{a}\right)^2~$の値から$~1~$をひくことで、$~\tan^2{\theta}~$が求まり、さらには$~\tan{\theta}~$や$~\theta~$の値を考えてあげると、以下の表8のようになります。
$~\displaystyle \left( \frac{c}{a} \right)^2~$ | $~\displaystyle \left( \frac{c}{a} \right)^2-1=\tan^2{\theta}~$ | $~\tan{\theta}~$ | $~{\theta}~$ | No. |
1.9834028 | 0.9834028 | 0.9916667 | $~44.8^{\circ}~$ | 1 |
1.9491586 | 0.9491586 | 0.9742477 | $~44.3^{\circ}~$ | 2 |
1.9188021 | 0.9188021 | 0.9585417 | $~43.8^{\circ}~$ | 3 |
1.8862479 | 0.8862479 | 0.9414074 | $~43.3^{\circ}~$ | 4 |
1.8150077 | 0.8150077 | 0.9027778 | $~42.1^{\circ}~$ | 5 |
1.7851929 | 0.7851929 | 0.8861111 | $~41.5^{\circ}~$ | 6 |
1.7199837 | 0.7199837 | 0.8485185 | $~40.3^{\circ}~$ | 7 |
1.6845877 | 0.6845877 | 0.8273982 | $~39.6^{\circ}~$ | 8 |
1.6426694 | 0.6426694 | 0.8016666 | $~38.7^{\circ}~$ | 9 |
1.5861226 | 0.5861226 | 0.7655864 | $~37.4^{\circ}~$ | 10 |
1.5625 | 0.5625 | 0.75 | $~36.9^{\circ}~$ | 11 |
1.4894168 | 0.4894168 | 0.6995833 | $~35.0^{\circ}~$ | 12 |
1.4500174 | 0.4500174 | 0.6708334 | $~33.9^{\circ}~$ | 13 |
1.4302388 | 0.4302388 | 0.6559259 | $~33.3^{\circ}~$ | 14 |
1.3871605 | 0.3871605 | 0.6222222 | $~31.9^{\circ}~$ | 15 |
角度$~\theta~$はほぼ等差数列のように減少しています。
この事実から、バビロニア人は角度$~\theta~$を考えていた、すなわち直角三角形における$~a^2+b^2=c^2~$を知っていたということがわかるのです。
まとめ・参考文献
バビロニアにおける三平方の定理を、ピタゴラス数の表をもとに解説してきました。
- 粘土版プリンプトン322にはピタゴラス数が15組載っていた
- その数表は、角度の大きい順に並んでいる。
- ピタゴラス数の求め方は、恒等式と逆数表の応用。
一見すると、無作為にピタゴラス数が並んでいるように見えて、実は角度の大きい順というのが素敵ですね。
次の記事では、バビロニアにおける平方根の値の求め方について解説します。
なんでもかんでも数表。バビロニア人の活用力がすごい!
角度が等差数列的に並ぶのが神秘的。見つかってはいないようだけど、三角比の数表もあったんだろうね。
参考文献(本の紹介ページにリンクしています)
- 『カッツ 数学の歴史』,pp.35-38
- 『メルツバッハ&ボイヤー 数学の歴史Ⅰ』,pp.32-36
- 『数学史 数学5000年の歩み』,pp.67-71
- 『数学の流れ30講(上)』,pp.7-13
- 『フィボナッチの兎 偉大な発見でたどる数学の歴史』,p.26
- 『ずかん 数字』,pp.52-57
コメント
コメント一覧 (4件)
じつは私も2017年くらいまで、ぜんぜん知りませんでした(笑)。
プリンプトン 322 の解読のために、いわゆる「原始ピタゴラス数」と悪戦苦闘したのち、調べてみると「バーニングとホールの定理」という言葉を知って、「エジプトひも」の亀井先生つながりで知りました。
そうしたらバーニングとホールの定理の逆問題が「じつは三千八百年前に解かれていた」というのが解って orz になりました(笑)。
古代数学も捨てたもんじゃありません。「エジプト数学では、1より小さい数を単位分数の和で表現した」というのは、じつは「いわゆるユークリッドのアルゴリズム」から「小数」への過渡期にあたったのではないかと考えています。
島田正雄様
コメントありがとうございます。
古代数学、特にエジプトとバビロニアはすごいですよね。
エジプトにおいて、パピルスがもっと丈夫だったら、他にもいろいろな発見が残っていたのではないかと思います。
プリンプトン322 は、「直角三角形」で考えると話がややこしすなりますよ?
あれ、「短辺と長辺と対角線の長さが自然数で、同時に互いに素」という長方形(これを原始バビロニア長方形と呼んでいます。Enpedia で「原始バビロニア長方形」を検索するとヒットしますが、Google でもすぐ出るようです。そういえば WikiPedia の「プリンプトン322」にも同じ記述もあります)と考えるとすっきりします。そうすると、プリンプトン322に出てくる長方形は、正方形と黄金長方形の中にきっちりおさまります。
とはいえ、それでもなぜそのうちのこの15個が選ばれたのかとなると、これがギリシャ数学に慣れている人にはわかりづらい。
じつはアレクサンドロス大王はインドを目指して東方を目指す途中でバビロニアで客死(死因はナイル熱だったそうです)したわけで、バビロニア数学はいまでいう「東方数学」なもんだから、もともと使っている公式が違います。ギリシャ流では「偶奇が異なる互いに素な自然数m,n (m<n)」を使っていますが、バビロニア流では「互いに素な相異なる奇数p,q (p<q)」を使っています。ギリシャ流で計算するとプリンプトン322の行数は18行になりますが、バビロニア流では15行になります。
「じゃあ、どうやって計算したのか」という話になるわけですが、ここで「バーニングとホールの定理(ググつと出ます)が、すでにバビロニアでは発見されていた」という話になります。「原始ピタゴラス数は、{3, 4, 5} を根とした三分木構造をなしている」という定理です。これを使って{1, 3}からU系列とD系列とA系列をそれぞれ求め、そこから0 < p < q < 180 を網羅し、さらに「長方形の長辺が正則数」という条件で数を絞ると 15 個になります。
これ、面白いことに三辺の長さの和を取ると q×(p + q)になったりして沼に嵌ります。
これ、EXCEL 使って2の平方根とかφとか計算するのにも使えるのですが、φというのは収束がいちばん遅いんですよ。じゃあ、5の平方根を求める収束の速いアルゴリズムとしては何がある?みたいなことを考えると …… マジで寝られなくなって夜っぴてパソコンに向かって身体を壊します。吉田兼好ですな(笑)。
ともあれ同好の士が見つかって嬉しく思います。よければメールなど頂ければ嬉しく思います。
島田正雄様
コメントありがとうございます。
原始ピタゴラスは奥が深いですよね。
バーニングとホールの定理、初めて聞きました。
記事をより充実した内容にできるよう頑張りますね。