中学3年生で習う「三平方の定理」。
別名「ピタゴラスの定理」とも呼ばれるため、古代ギリシャの数学者ピタゴラスが発見したと考えられがちです。
しかし、実際はピタゴラスが生まれる1000年以上前から、バビロニアに存在し、研究されていたことがわかっています。
この記事では、バビロニアで三平方の定理が使われていた証拠資料から、行われていた研究内容までを解説。
バビロニア数学における、三平方の定理の奥深さを体感しましょう。

ピタゴラスは三平方の定理を初めて証明したという点で有名なんだ。
三平方の定理が記されている粘土板
粘土板プリンプトン322
バビロニアの計算では、「数表」と呼ばれる道具が多用されていました。
その数表の中には、ピタゴラス数をリスト化したものも含まれていました。
ピタゴラス数とは、$~a^2+b^2=c^2~$をみたす自然数の組$~(~a~,~b~,~c~)~$のことです。


その数表は、紀元前1800年頃に書かれたとされる、粘土板プリンプトン322に残っています。


(出典:photo author unknown, Public domain, via Wikimedia Commons)
粘土板プリンプトン322 の現代語訳
まずはこれをバビロニアの数字のまま書き出すと、下の<表3>のようになります。(「;」は小数点、「,」は位の境目を表す。)
1;59,0,15 | 1,59 | 2,49 | 1 |
1;56,56,58,14,50,6,15 | 56,7 | 1,20,25 | 2 |
1;55,7,41,15,33,45 | 1,16,41 | 1,50,49 | 3 |
1;53,10,29,32,52,16 | 3,31,49 | 5,9,1 | 4 |
1;48,54,1,40 | 1,5 | 1,37 | 5 |
1;47,6,41,40 | 5,19 | 8,1 | 6 |
1;43,11,56,28,26,40 | 38,11 | 59,1 | 7 |
1;41,33,45,14,3,45 | 13,19 | 20,49 | 8 |
1;38,33,36,36 | 8,1 | 12,49 | 9 |
1;35,10,2,28,27,24,26,40 | 1,22,41 | 2,16,1 | 10 |
1;33,45 | 45 | 1,15 | 11 |
1;29,21,54,2,15 | 27,59 | 48,49 | 12 |
1;27,0,3,45 | 2,41 | 4,49 | 13 |
1;25,48,51,35,6,40 | 29,31 | 53,49 | 14 |
1;23,13,46,40 | 28 | 53 | 15 |
これを今の数字に直し、直角三角形の3辺$~a~,~b~,~c~$のどの値かを明らかにしたうえで、列を1つ補足して書くと、下の<表4>のようになります。
$~\displaystyle \left( \frac{c}{a} \right)^2~$ | $~b~$ | $~c~$ | No. | $~a~$(補足) |
---|---|---|---|---|
1.9834028 | 119 | 169 | 1 | 120 |
1.9491586 | 3367 | 4825 | 2 | 3456 |
1.9188021 | 4601 | 6649 | 3 | 4800 |
1.8862479 | 12709 | 18541 | 4 | 13500 |
1.8150077 | 65 | 97 | 5 | 72 |
1.7851929 | 319 | 481 | 6 | 360 |
1.7199837 | 2291 | 3541 | 7 | 2700 |
1.6845877 | 799 | 1249 | 8 | 960 |
1.6426694 | 481 | 769 | 9 | 600 |
1.5861226 | 4961 | 8161 | 10 | 6480 |
1.5625 | 45 | 75 | 11 | 60 |
1.4894168 | 1679 | 2929 | 12 | 2400 |
1.4500174 | 161 | 289 | 13 | 240 |
1.4302388 | 1771 | 3229 | 14 | 2700 |
1.3871605 | 56 | 106 | 15 | 90 |
$~a~$の値については、$~\displaystyle \left( \frac{c}{a} \right)^2~$の値から補足しています。
一見不規則な数の配列に見えますが、この数表にはある秘密が隠されているのです。
ピタゴラス数の見つけ方
<表4>のピタゴラス数は、どのように発見されたのでしょうか?
その導き方は、バビロニアの二次方程式の解法でも使われた考え方を利用しています。
ピタゴラス数の導出
バビロニアでよく使われていた以下の恒等式を利用する。
xy+\left( \frac{x-y}{2} \right)^2=\left( \frac{x+y}{2} \right)^2~~~\cdots①


<図5>のような、3辺が$~a’=xy=1~$、$~b’=\displaystyle \frac{x-y}{2}~$、$~c’=\displaystyle \frac{x+y}{2}~$の直角三角形を考えると、$①$より、
(a')^2+(b')^2=(c')^2~~~~\cdots②
となり、$~xy=1~$を満たす$~x~,~y~$の組を求めればよいことがわかる。
$~x~$と$~y~$は逆数の関係にあるため、逆数表から逆数の関係にある2つの数を選べば、$②$を満たす$~a’~,~b’~,~c’~$は求まる。
1辺の長さを$~a^{\prime}=xy=1~$と固定してあげることで、バビロニアお得意の数表にもっていく導き方でした。
ピタゴラス数の導出例
実際に逆数を使って、ピタゴラス数を1組求めてみましょう。
$~x=\displaystyle \frac{12}{5}~,~y=\frac{5}{12}~$を選んだ場合
\begin{align*} b'&=\frac{x-y}{2} \\ \\ &=\frac{\frac{12}{5}-\frac{5}{12}}{2} \\ \\ &=\frac{144-25}{120} \\ \\ &=\frac{119}{120} \\ \\ c'&=\frac{x+y}{2} \\ \\ &=\frac{\frac{12}{5}+\frac{5}{12}}{2} \\ \\ &=\frac{144+25}{120} \\ \\ &=\frac{169}{120} \end{align*}
となり、$②$に代入することで、次の等式が求まる。
1^2+\left( \frac{119}{120} \right)^2=\left( \frac{169}{120} \right)^2~~~~\cdots③
バビロニアの書記による記述はここで終わっています。
$③$から、$~b=119~,~c=169~,~\displaystyle \left(\frac{c}{a}\right)^2=\left(\frac{169}{120}\right)^2=1.9834028~$を書き残したのが、<表4>の1行目です。
ちなみにですが、今の我々にとっては、$③$の両辺を$~120^2~$倍して、
120^2+119^2=169^2
としたほうが、理解しやすいです。
三平方の定理がバビロニアで知られていた根拠
ここまでの話だと、$~a^2+b^2=c^2~$を満たす自然数の組を求める方法が知られていたことはわかるものの、この$~a~,~b~,~c~$が直角三角形の三辺に対応することまで知られていたかは断言できません。
しかし、粘土板プリンプトン322を訳した<表4>を見ていると、明らかに直角三角形を意識していたことがわかります。
粘土板プリンプトン322 の数表に隠れた秘密
ピタゴラス数を一見乱雑に並べているような<表4>ですが、<図6>の直角三角形の角度$~\theta~$について考えると、$~\theta~$の大きい順にピタゴラス数が並んでいることがわかります。


$~\tan{\theta}=\displaystyle \frac{b}{a}~$ですが、三角比の相互関係を使って式変形を次のように行います。
\begin{align*} \tan^2{\theta}&=\frac{1}{\cos^2{\theta}}-1 \\ \\ &=\frac{1}{\left(\frac{a}{c}\right)^2}-1 \\ \\ &=\left(\frac{c}{a}\right)^2-1 \\ \end{align*}
<表4>にあった$~\displaystyle \left(\frac{c}{a}\right)^2~$の値と繋がってきましたね。
この$~\displaystyle \left(\frac{c}{a}\right)^2~$の値から$~1~$をひくことで、$~\tan^2{\theta}~$が求まり、さらには$~\tan{\theta}~$や$~\theta~$の値を考えてあげると、以下の<表7>が出来上がります。
$~\displaystyle \left( \frac{c}{a} \right)^2~$ | $~\displaystyle \left( \frac{c}{a} \right)^2-1=\tan^{2}{\theta}~$ | $~\tan{\theta}~$ | $~\theta~$ | No. |
---|---|---|---|---|
1.9834028 | 0.9834028 | 0.9916667 | $~44.8^{\circ}~$ | 1 |
1.9491586 | 0.9491586 | 0.9742477 | $~44.3^{\circ}~$ | 2 |
1.9188021 | 0.9188021 | 0.9585417 | $~43.8^{\circ}~$ | 3 |
1.8862479 | 0.8862479 | 0.9414074 | $~43.3^{\circ}~$ | 4 |
1.8150077 | 0.8150077 | 0.9027778 | $~42.1^{\circ}~$ | 5 |
1.7851929 | 0.7851929 | 0.8861111 | $~41.5^{\circ}~$ | 6 |
1.7199837 | 0.7199837 | 0.8485185 | $~40.3^{\circ}~$ | 7 |
1.6845877 | 0.6845877 | 0.8273982 | $~39.6^{\circ}~$ | 8 |
1.6426694 | 0.6426694 | 0.8016666 | $~38.7^{\circ}~$ | 9 |
1.5861226 | 0.5861226 | 0.7655864 | $~37.4^{\circ}~$ | 10 |
1.5625 | 0.5625 | 0.75 | $~36.9^{\circ}~$ | 11 |
1.4894168 | 0.4894168 | 0.6995833 | $~35.0^{\circ}~$ | 12 |
1.4500174 | 0.4500174 | 0.6708334 | $~33.9^{\circ}~$ | 13 |
1.4302388 | 0.4302388 | 0.6559259 | $~33.3^{\circ}~$ | 14 |
1.3871605 | 0.3871605 | 0.6222222 | $~31.9^{\circ}~$ | 15 |
Excelで計算してみましたが、角度$~\theta~$はほぼ等差数列のように減少しています。
このことから、バビロニア人は角度$~\theta~$を考えていた、すなわち直角三角形における$~a^2+b^2=c^2~$を知っていたということがわかります。



なんでもかんでも数表。バビロニア人の活用力がすごい!



角度が等差数列的に並ぶのが神秘的。見つかってはいないようだけど、三角比の数表もあったんだろうね。
(年表はメニューからどうぞ)
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