数学者テアイテトスについて解説!プラトン立体はテアイテトスのもの?【数学史6-16】

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テアイテトス アイキャッチ

 プラトンの著書『テアイテトス』にその名が残る古代ギリシャの数学者テアイテトス

 テアイテトスは、プラトンと共に無理数について学び、無数数かどうかを判定する独自の方法を見つけ出しました。

 他にもプラトン立体とも呼ばれる5つの正多面体について研究し、正多面体が5つしかないことを証明した数学者としても知られています。

 この記事を読むことで、プラトンに大きな影響を与えた数学者テアイテトスについて深く知ることができます。

この記事で主に扱っている時代と場所
時代紀元前417年頃~紀元前369年頃
場所ギリシャ
この記事を読んでわかること

テアイテトスの生涯

 テアイテトス(Theaetetus ,B.C.417頃〜B.C.369頃)は、生まれも育ちもアテネという珍しい経歴のギリシャ数学者です。

 哲学者プラトンとの親交が非常に深かった数学者でした。

テアイテトス(AIによるイメージ)
<図1> テアイテトス
(AIによるイメージ)

テアイテトスの年譜

テアイテトスの年譜
B.C.417年

ギリシャのアテネで生まれる

 裕福な家庭で生まれ育った。

B.C.399年頃
プラトンと共に無理数を学ぶ

 クニドスにいたテオドロスから教わった。

生きている間

無理数を一般的に扱う。

 $~\sqrt{2}~,~\sqrt{17}~$といった具体的な数ではなく、無理数全般について考えた。

生きている間

5種類の正多面体について研究する。

 すでに見つけられていた正 4 , 6 , 12 面体の他に、正 8 , 20 面体を発見した。

B.C.369年頃

 傷と赤痢によって死亡。

 コリントスで起きた戦いで負った傷と、赤痢に悩まされて自宅で死亡した。

 

テアイテトスの活動場所

 テアイテトスはアテネで生まれ、アテネで才能を開花させました。

 青年時代に、当時無理数研究の第一人者だったテオドロスに会うために、プラトンと共にクニドスへと留学しています。

 その後、黒海沿岸のヘラクレアや、アテネのアカデメイアで研究を進めていましたが、コリントスで起こったアテネの戦いに徴兵され、そのときに負った怪我がきっかけで若くして亡くなりました。

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