『数学史図鑑』11月14日に発売!予約はこちらから

数学者のヒッピアスは円以外の曲線の発明者!円積線で三大作図問題が解ける!【数学史6-12】

当ページのリンクには広告が含まれています。

 三大作図問題がブームになっていた紀元前5世紀頃のギリシャ。

 ヒッピアスは円積線(円積曲線)と呼ばれる曲線を使って、三大作図問題の1つである角の三等分問題に解法を与えました。

 この記事では、ヒッピアスが考案した円積線の内容を中心に、ヒッピアスの人生年表や活動場所などを解説。

 円積線を使えば角の三等分が簡単にできるんです!

この記事で主に扱っている時代と場所
時代紀元前460年頃~紀元前390年頃
場所ギリシャ
この記事を読んでわかること

ヒッピアスの生涯

 ヒッピアスHippias , B.C.460頃~没年不明)は、古代ギリシャのソフィスト(哲学者)であり、数学や詩、歴史学、天文学、建築学などのあらゆる学問に精通していました。

ヒッピアス(AIによるイメージ)
ヒッピアス
(AIによるイメージ)

ヒッピアスの年譜

 ヒッピアスが生きていた時代の歴史は、紀元前4世紀頃まで口頭で後世へと伝わっていたため、情報力が少なく、細かいことまでわかっていません。

 数学史上、ヒッピアスの年譜として表せるのは以下の通りです。

ヒッピアスの年譜
B.C.460年頃

ペロポネソス半島のエリスで生まれる

B.C.430頃

アテネで円積線(クアドラトリックス)を発明した

 円積線を使うことで、角の三等分線の作図が可能であることまで研究をした。

B.C.399頃以降

 ソクラテスの没年(B.C.399)よりも後に死亡

 ソクラテスは晩年、ヒッピアスを「男前で学はあるが高慢で浅薄」と評した。

ヒッピアスの活動場所

 ヒッピアスはペロポネソス半島のエリス(現イリア)で生まれたため、「エリスのヒッピアス」とも呼ばれています。(同時代に「ヒッピアス」という名の人物は大勢いました)

 ヒッピアスはその後アテネに住み、そこで様々な学問の研究を行い、数学としては円積線を発明・研究しました。

 没年や最期の場所は定かではありません。

コメント

コメントする

CAPTCHA


この記事を読んでわかること