
そこでの円の扱い方について解説します。
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Ⅰ 円周率
紀元前のエジプトでは、円周率が$~\displaystyle \frac{256}{81} \fallingdotseq 3.16~$であったことを、リンド・パピルスの情報から読み取ることができました
それに対し、紀元前の中国では『九章算術』1章の第31問において、次のような文章がありました。
今、円周$~30~$歩、直径$~10~$歩の円田がある。
問う、田の面積は如何ほどか。
大川俊隆「『九章算術』訳注稿(3)」より引用
問題の解き方に関しては、次の章で触れることにして、今回注目すべきなのは1行目です。
「円周$~30~$歩、直径$~10~$歩の円田」ということから、古代中国の円周率は
\begin{equation}
円周率=\frac{円周}{直径}=\frac{30}{10}=3
\end{equation}
とわかります。
この円周率の値は、下の図のような円と正六角形の周の長さが等しくなってしまうことを意味する、大変粗雑な値です。
しかし、現実の問題を解決する上では十分正確で、とにかく計算がしやすいという理由で円周率$~3~$が用いられ続けました。
測量に力が入っていたエジプトこそ$~3.16~$であったものの、バビロニアでも$~3~$が使われている等の地域差がありました。
Ⅱ 円の面積
先ほどの『九章算術』1章 問題31をはじめとする円の面積の求め方に関して、次のような4つの記述が同書の中にありました。
① 円周を半分にし、直径を半分にし、これらを掛け合わせると円の面積が得られる。
② 円周と直径を掛け、$~4~$分の$~1~$にする。
③ 直径を自乗して、これを$~3~$倍し、$~4~$分の$~1~$にする。
④ 円周を自乗して、$~12~$分の$~1~$にする。
大川俊隆「『九章算術』訳注稿(3)」より引用
現在のように半径を使うのではなく、実際に測量ができる円周や直径を使っているのが実用的と言えます。
円周を$~\ell~$、円の直径を$~d~$とすると、円の面積$~S~$は、
\begin{equation}
①~~S=\frac{\ell}{2}\cdot \frac{d}{2}
\end{equation}
となり、分母を掛け合わせることで、
\begin{equation}
②~~S=\frac{\ell \cdot d}{4}
\end{equation}
です。
また、円周率は$~3~$であるため、$~\ell=3d~$とすることで、
\begin{equation}
③~~S=\frac{3d \cdot d}{4}=\frac{d^2 \cdot 3}{4}
\end{equation}
が求まり、逆に$~\displaystyle d=\frac{\ell}{3}~$を$②$に代入することで、
\begin{equation}
④~~S=\frac{\ell \cdot \frac{\ell}{3}}{4}=\frac{\ell^2}{12}
\end{equation}
とも求まります。
与えられた情報に応じて、$①$から$④$の式を使い分けることができました。
では、紀元前の中国人は円の面積公式をどのように発見したのでしょうか?
『九章算術』をはじめとする書物には、根拠となる文章が無かったため、現在考えられている2つの説を紹介します。
円周$~\ell~$、直径$~d~$の円を次のように分割する。
分割してできたおうぎ形を上下が交互になるように並べる。
細かく分割するほど、長方形となるため、円の面積$~S~$は
\begin{equation}
S=\frac{\ell}{2}\cdot \frac{d}{2}
\end{equation}
とわかる。
よくある面積の求め方かと思います。
次の方法は、中世の中国の文献には載っていた求積方法です。
円周$~\ell~$、直径$~d~$の円の内部に、同じ中心を持ち、半径が異なる円を無数に作る。
これらの円を赤線で切り、各円の円周を伸ばすと、次のような二等辺三角形が出来上がる。
したがって、円の面積$~S~$は
\begin{equation}
S=\frac{1}{2} \cdot \ell \cdot \frac{d}{2}=\frac{\ell}{2}\cdot \frac{d}{2}
\end{equation}
とわかる。
どちらも$~\displaystyle \frac{\ell}{2}\cdot \frac{d}{2}~$という式が直接出ているため、有力な説と言われているのでしょう。
Ⅲ 弓形の面積
今の数学教育で主だって登場することはない弓形の面積についても、『九章算術』では公式を与えていました。
弓形というのは、円の弧と弦で囲まれた部分のことです。
弦の長さを$~s~$、矢(弦の中点から弧に対して垂直に伸ばした線分の長さ)を$~a~$とすると、弓形の面積$~S~$は次のように求められる。
\begin{equation}
S=\frac{as+a^2}{2}
\end{equation}
この公式についても近似的に与えているものであり、半円のときのみ正確な値が出ます。
実際に計算してみると、
\begin{align}
S&=\frac{\frac{d}{2} \cdot d+\left( \frac{d}{2} \right)^2}{2} \\
\\
&=\frac{1}{2} \cdot \left( \frac{d^2}{2}+ \frac{d^2}{4} \right) \\
\\
&=\frac{1}{2} \cdot \left( \frac{3}{4} d^2 \right) \\
\end{align}
となり、Ⅱ章で出てきた円の公式$③$の半分となっていて正確であることがわかります。
ただ、式の意味を考えると、次のような台形に近似していることが読み取れます。
このような近似の考え方は、古代の中国だけでなくエジプトやバビロニアにも見られます。
そのため、正確な数値よりも実用上や計算上で便利な形や数を重視していた傾向が、紀元前の数学の共通点と言えるでしょう。


$~3.14~$で計算した場合には、弓形の公式で半円を計算しても一致しないから注意しよう。
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◇参考文献等
・張替俊夫「『九章算術』訳注稿(3)」,< http://pal.las.osaka-sandai.ac.jp/~suanshu/articles/9Chapters03.pdf>
・ヴィクターJカッツ著,上野健爾・三浦信夫監訳,中根美知代・高橋秀裕・林知宏・大谷卓史・佐藤賢一・東慎一郎・中澤聡訳(2009)『カッツ 数学の歴史』,pp.24-30,共立出版.
・中村滋・室井和男(2015)『数学史ーー数学5000年の歩み』,pp.135-137,共立出版.
・三浦伸夫・三宅克哉監訳,久村典子訳(2018)『メルツバッハ&ボイヤー 数学の歴史Ⅰー数学の萌芽から17世紀前期までー』,pp.198-199,朝倉書店.
・中村滋(2019)『ずかん 数字』,pp.70-77,技術評論社.
・ジョニー・ボール著,水谷淳訳(2018)『数学の歴史物語』,pp.167-183,SB Creative.
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