「数学の祖」と呼ばれる、古代ギリシャの数学者・タレス。
世界で最初の数学者であるタレスは、
- 影を利用してピラミッドの高さを測る
- タレスの定理の証明を行う
などで有名であり、その後の数学、さらには自然哲学に大きな影響を与えました。
この記事では、タレスの数学の功績だけでなく、人生年表や活動場所、有名なエピソードを解説。
現在の数学は、タレスから始まりました!
時代 | 紀元前625年頃~紀元前547年頃 |
場所 | ギリシャ |
タレスの生涯
タレス(Thales , B.C.6525頃~B.C.547頃)は歴史に名が残っている最古の数学者です。
タレスの年譜
タレスが生きていた時代の歴史は、紀元前4世紀頃まで口頭で後世へと伝わったため、細かな情報までは残っていません。
そのため、タレスの一生を表した年表は、以下のようにざっくりとしたものになります。
イオニア地方のミレトスで生まれる
父はエクサミュアス、母はクレオプリネという名で、裕福な商人の家庭に生まれる。
ミレトスで「イオニア哲学学校」を創立
「なぜ?」という問いを大切にし、論理的な説明を重視した学校であった。
事前に予言した日食が起こる
予言できた理由を人々に解説し、驚かれた。
「タレスの定理」を証明した
バビロニアで学んだ円の性質を証明した。
熱中症により死去
第58回オリンピックの観戦中に熱中症となる。老衰という説も。
タレスの活動場所
タレスは、裕福な商人の息子ということもあり、若き頃にエジプトやバビロニアへ留学しています。
帰ってきてからは地元のミレトスで研究を行い、オリンピック開催の地であるエリス地方(現:イリア県)で最期を迎えました。
タレスの数学的功績
エジプトやバビロニアを旅する中で、幾何学に興味を持ったタレス。
彼の数学的功績のほとんどは、幾何学に関するものです。
世界で初めて数学の証明を行った
タレスが生きていた6世紀初頭、ポリスでは集会が定期的に開かれ、平民たちが談話や議論を楽しんでいました。
そういった環境の中で求められる能力は、自分の主張を合理的に説明することです。
タレスが持ち帰ったエジプトやバビロニアの数学の知識も、ギリシャではすんなりと受け入れられず、周りが納得するような説明を考える必要がありました。
そこで生まれたのが数学の証明。
タレスは、バビロニアから持ち帰った幾何学法則をいくつか証明しました。
その中の1つが、彼の名を冠する「タレスの定理」です。
半円に内接する三角形は直角三角形である。
この定理の内容自体はバビロニアですでに知られていたものの、なぜ成り立つのかというところまで踏み込んだのは、タレスが初めてであり、数学史上最初の証明と言われています。
それゆえに、タレスは「数学の祖」や「最初の数学者」と呼ばれており、証明はその後の自然哲学のスタンダードとなりました。
証明の方法までは明らかになっていませんが、他にも三角形や円に関する定理の証明をいくつか行っています。
ピラミッドの高さを測った
タレスに関して有名なのは、ピラミッドの高さを影の長さから測量したという話。
(1) 棒を1本地面に立て、棒の長さと影の長さの比を測る。
(2) ピラミッドの影の長さを測る。
(3) 対象物の高さと影の長さの比を考える。
40:20=200:(ピラミッドの高さ)
よって、ピラミッドの高さは$~100~$m となる。
エジプトに留学をしていた若い頃のことで、当時のタレスの才能を物語っています。
海上の船までの距離を測った
ピラミッドの高さの測量や日食の予言などを通し、タレスの学者としての評判が広がっていき、様々な人が彼に助けを求めてきました。
その中の1つが、沖に出ている船までの距離を求めたいという船乗りからのお願いです。
タレスは以下の方法で、解決策を示しました。
(1) 任意のA地点から船を見て、その方角と直角となるような直線を引く。
(2) 任意のB地点から、(1)の直線と直交するような線を引く。
(3) 図4のような図形が出来上がるため、△OAF∽△OCBとなる。(直角と対頂角で二角相等)
(4) よって、$ \displaystyle OF=\frac{OA\cdot OB}{OC} $となるので、船までの距離が求まる。
ピラミッドのときと同様、相似を使って解決しました。
港にいた商人や船乗りにとって、この方法は重宝されたと言われています。
タレスに関するエピソード
数学以外にも、タレスの頭の良さを表すエピソードがいくつかあります。
日食の予言を行った
タレスが生きている間は、日食が起きる日を的中させた人物として有名となりました。
タレスは、バビロニアの天文学の記録から、日食が起こる日を紀元前585年5月28日と予測。
実際にその日に日食が起こって、どうして予測できたのかを人々に説明をし、驚かせました。
数学以外の分野においても、「なぜ?」という姿勢を大切にしていたことがわかります。
賢いロバとの知恵比べに勝利
タレスは商人や船乗り以外にも、鉱山の労働者から助けを求められたという話があります。
岩塩鉱から塩を掘り出した労働者は、塩を袋に詰めてロバの背中に乗せて運んでいた。
途中、浅い川を渡らなければならない。
ある日、川を渡っている最中にロバが転倒した。
背中に乗っていた塩の大半が水に溶けてしまい、軽くなったため、その日ロバは残りの道中が楽になった。
その日以降、ロバは川で転倒し続け、楽することを覚えた。
なぜ毎日ロバが川で転倒するのかわからない鉱山の人々がタレスに助けを求めた。
タレスは数日間、ロバの様子を観察し続け、ロバの狙いを理解した。
翌日、ロバの背中に乗せた袋には、塩ではなく海綿(スポンジのようなもの)を入れた。
これまで同様にロバは川でわざと転倒するも、その日は海綿が水を吸い、ずっと重くなった。
何日か海綿を運ばせることで、ロバが川で転倒することはなくなり、元通り塩を運べるようになった。
ロバも賢いですが、その賢さをタレスは利用しました。
入念な観察によって原因を探り、その原因を対処するための策を講じるという、今と変わらない問題解決のプロセスを踏んでいることがわかります。
金儲けができることまで証明した
あるときタレスは「あんなに賢いのにどうして金持ちじゃないんだ。」という噂を聞き、金儲けを実演してみせたという話もあります。
ここ数年、ギリシャで重要な作物であるオリーブの生育が悪く、タレスはそれが気候によるものだと分析をした。
そこでその気候が回復する時期を天文学の知識を使って予測し、その直前に近隣のオリーブ園を訪れ、オリーブ搾り器の買い取りを持ちかけた。
オリーブ園は、オリーブの不作でお金に困っていたため、こぞってオリーブ搾り器をタレスに売り渡した。
その直後、タレスが事前に予測していた通り、気候は回復してオリーブは大豊作となりました
しかし、オリーブ園は搾り器ををタレスに売ってしまっていたため、オリーブオイルに加工できません。
オリーブ園は、タレスから搾り器を借りるしかなかったため、タレスは賃料で大儲けしました。
お金儲けもできることを実証したタレスは、買ったときと同じ値段で各オリーブ園に搾り器を売り戻しました。
本当にお金儲けをするつもりはなく、あくまで噂を否定するためにお金儲けを実証したという点が、お金に執着しないタレスの人間性を表しています。
このエピソードは、今で言う「デリバティブ取引」の祖と言えるでしょう。
天体観測中に井戸に落ちた
紀元前585年に日食の予測を的中させたタレスは、恒星の動きにも興味を持っていて、そこから夏至や春分を予測し説明する理論まで唱えました。
星空観測への熱中ぶりを示唆する話も残っています。
ある日、星空を観測していたタレスは、足下がおろそかになり、井戸に落ちた。
その近くを女性が通りかかり、タレスが落ちた経緯を説明すると、その女性から次のようにからかわれた。
「タレス先生ほどの賢い人が、頭上にある遠くの星には注意を払うのに、自分の足下にあるものは見えないんですか?」
この井戸に関する話については、タレスは井戸に落ちたのではなく、自分から井戸の底へ下り、調べたい星以外の光を遮ったという説もあります。
どちらにせよ、タレスの天文学への興味の強さが現れているエピソードです。
まとめ
裕福な商人の家に生まれながらも、お金儲けには目もくれず幾何学や天文学に熱中したタレス。
彼が「数学の祖」と呼ばれる所以、自然哲学への影響、彼の頭の良さについて解説してきました。
- 世界で初めて「証明」を行い、その後の数学では証明が当たり前となった。
- 日食を予言したことで、賢人として重用された。
- タレスの頭の良さや学問への熱中度合いを表すエピソードがいくつか残っている。
次の記事では、タレスと並ぶ紀元前の数学者ピタゴラスについて解説します。
タレスって伝説上の人物で、書いた本とかも残っていないのに、どうしてここまでの情報がわかったの?
エウデモス(Eudemos, B.C.307頃-B.C.300頃)が書いた幾何学史に関する本で、約300年間口頭で伝わってきたタレスの業績がまとめられたんだよ。
その本は現存していないものの、紀元後のギリシャの数学者プロクロス(Proclus, 412頃-485)が、エウデモスの研究を根拠に著書『エウクレイデス「原論」第Ⅰ巻の注釈』の中でタレスのことを記したため、今に伝わっているよ。
参考文献(本の紹介ページにリンクしています)
- 『カッツ 数学の歴史』,pp.57
- 『メルツバッハ&ボイヤー 数学の歴史Ⅰ』,pp.43-45
- 『数学史 数学5000年の歩み』,pp.86-88
- 『数学の歴史物語』,pp.20-24
- 『数学の流れ30講(上)』,pp.27-29
- 『世界数学者事典』,pp.273-275
- 『数学者図鑑』, pp.8-12
- 『ずかん 数字』,p66
- ポール・パーソンズ、ゲイル・ディクソン(2021)『図解教養事典 数学』,p.17,NEWTON PRESS
- マイケル・J・ブラッドリー(2009)『数学を切りひらいた人びと1-数学を生んだ父母たち』,pp.13-28
- ピエルジョルジョ・オーディフレッディ著,河合成雄訳(2021)『幾何学の偉大なものがたり』,pp55-68
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