後世の伝承の中で「数学の祖」と呼ばれてきた、古代ギリシャの思想家・タレス。
タレスは「世界で最初の数学者」と紹介されることがありますが、その生涯や業績の多くは、後世の文献や逸話を通して伝わったものです。
- 影を利用してピラミッドの高さを測ったと伝えられる
- いわゆる「タレスの定理」に関わったと伝えられる
などの逸話で有名です。
ただし、これらは史実として確定しているというより、古代ギリシャにおける数学や自然哲学の始まりを象徴する物語として受け止めるのがよさそうです。
この記事では、タレスに結びつけて語られてきた数学上の伝承だけでなく、人生年表や活動場所、有名なエピソードを解説します。
現在の数学がタレス一人から始まったと断言することはできませんが、タレスは「数学的な考え方の始まり」を語るうえで、象徴的な人物として扱われてきました。
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タレスの生涯
タレス(Thales , B.C.625頃~B.C.547頃)は、古代ギリシャの思想家として名が伝わる人物であり、後世には「最古の数学者」の一人として紹介されてきました。

(出典:Unidentified engraver, Public domain, via Wikimedia Commons)
タレスの年譜
タレスが生きていた時代の歴史は、紀元前4世紀頃まで口頭で後世へと伝わったため、細かな情報までは残っていません。
そのため、タレスの一生を表した年表は、以下のようにざっくりとしたものになります。
イオニア地方のミレトスで生まれる
父はエクサミュアス、母はクレオプリネという名で、裕福な商人の家庭に生まれたと伝えられる。
ミレトスで「イオニア哲学学校」を創立
自然現象を神話ではなく、理由によって説明しようとした学派の始まりとして語られることがある。
日食を予言したという伝承が残る
ただし、タレスが本当に日食を正確に予言できたのかについては慎重に見る必要があり、後世に作られた名声を示す物語と考える見方もある。
「タレスの定理」を証明したと伝えられる
後世の文献では、バビロニアなどで知られていた円の性質を論証した人物として語られるが、実際にどのような証明を行ったのかは明らかではない。
熱中症により死去
第58回オリンピックの観戦中に熱中症で亡くなったという話がある。老衰という説もあり、死の経緯も伝承の域を出ない。
タレスの活動場所
タレスは、裕福な商人の息子であったという伝承と結びつけられ、若き頃にエジプトやバビロニアへ渡ったと語られてきました。
その後は地元のミレトスで活動したとされ、オリンピック開催の地であるエリス地方(現:イリア県)で最期を迎えたという話も伝わっています。
タレスの数学的功績
なお、タレスの数学的功績については、後世の数学史家が伝えた内容に大きく依存しています。タレス自身の著作は残っていないため、以下の内容は「タレスが確実に行った業績」というより、古代ギリシャ数学の始まりを説明するために語り継がれてきた伝承として紹介します。
エジプトやバビロニアを旅する中で幾何学に興味を持った、と伝えられるタレス。
タレスに結びつけて語られる数学的功績の多くは、幾何学に関するものです。
世界で初めて数学の証明を行ったと言われる
タレスが生きていた6世紀初頭、ポリスでは集会が定期的に開かれ、平民たちが談話や議論を楽しんでいました。
そういった環境の中では、自分の主張を合理的に説明することが重視されるようになったと考えられます。

(AIイメージ)
このような背景のもとで、エジプトやバビロニアの計算・測量の知識が、ギリシャでは「なぜそうなるのか」を説明する方向へ発展した、と説明されることがあります。
この流れの中で、後に数学の証明と呼ばれる考え方が育っていった、と見ることができます。
後世の文献では、タレスが幾何学の法則をいくつか証明したとされています。
その中の1つとして語られるのが、彼の名を冠する「タレスの定理」です。
半円に内接する三角形は直角三角形である。

この定理の内容自体は、バビロニアなどで以前から知られていた可能性があります。
その一方で、後世の伝承では、タレスが「なぜ成り立つのか」という論証に踏み込んだ人物として位置づけられ、数学史上最初期の証明に関わる人物と紹介されることがあります。
ただし、タレス自身の著作は残っておらず、どの定理をどのように証明したのかは確定できません。
そのため、「タレスが世界で初めて証明を行った」と断言するよりも、「後世の数学史叙述の中で、証明の始まりを象徴する人物として語られてきた」と見るのが慎重です。
このような伝承を背景に、タレスは「数学の祖」や「最初の数学者」と呼ばれるようになりました。

ピラミッドの高さを測ったと伝えられる
タレスに関して有名なのは、ピラミッドの高さを影の長さから測量したという伝承です。
(1) 棒を1本地面に立て、棒の長さと影の長さの比を測る。

(2) ピラミッドの影の長さを測る。

(3) 対象物の高さと影の長さの比を考える。
40:20=200:(ピラミッドの高さ)
よって、ピラミッドの高さは$~100~$m となる。
この話は、タレスが実際にエジプトで測量を行ったことを確実に示す史料というより、相似の考え方を用いる賢者としてのタレス像を伝える逸話として読むのがよいでしょう。
海上の船までの距離を測ったと伝えられる
ピラミッドの高さの測量や日食の予言などの逸話を通して、タレスは後世に「実用的な問題を数学的に解く賢者」として描かれました。
その一例として、沖に出ている船までの距離を求めたという話があります。
以下は、その方法として伝えられる内容です。
(1) 海岸線に対して、垂直な視線で船$~D~$を見られる位置$~A~$に立ち、視線と海岸線との交点を$~E~$とする。
(2) 直線 $~AE~$上にない任意の$~B~$地点から船を見て、その視線の垂線と$~AE~$の交点を$~O~$とする。
(3) $~A~$から直線$~BO~$への垂線の足を$~C~$とする。

(4) 図4のような位置関係となるため、$~\triangle OAC$∽$\triangle ODB~$となる。(直角と対頂角で二角相等)
(5) (4)より、$~\displaystyle OD=\frac{OC\cdot OB}{OA}~$となるので、$~OA~,~OB~,~OC~,~OE~$を測定すれば、海岸線から船までの距離$~DE=OD-OE~$で求めることができる。
ピラミッドの話と同様に、相似を使った測量として説明できる逸話です。
ただし、これもタレス自身が実際にこの方法を用いたと断定するより、幾何学が実用的な測量と結びついていたことを示す後世の物語として読むのが自然です。
タレスに関するエピソード
ここで紹介するエピソードは、古代の文献や後世の語りの中で伝えられてきたものです。
史実として確定できるものばかりではありませんが、タレスがどのような人物として記憶されてきたのかを知る手がかりになります。
数学以外にも、タレスの頭の良さを表すものとして、いくつかのエピソードが後世に伝えられています。
以下の話は、いずれも史実として確定した記録というより、タレスの人物像を伝える逸話として紹介します。
日食の予言を行った
タレスについて特に有名なのが、日食が起きる日を予測した人物として語られる五輪です。

伝承では、タレスはバビロニアの天文学の記録をもとに、紀元前585年5月28日の日食を予測したとされています。
ただし、当時の知識で日食の「日付」まで正確に予測できたのかについては定かではありません。
日食の話は、タレスが自然現象を神話ではなく理性的に説明しようとした人物である、という後世のイメージを象徴する伝承と考えるのがよさそうです。
その意味でこのエピソードは、数学以外の分野においても、「なぜ?」という姿勢を大切にした人物としてタレスが語られてきたことを示しています。
賢いロバとの知恵比べに勝利
タレスは商人や船乗り以外にも、鉱山の労働者から助けを求められた、という寓話のような話もあります。
岩塩鉱から塩を掘り出した労働者は、塩を袋に詰めてロバの背中に乗せて運んでいた。
途中、浅い川を渡らなければならない。

ある日、川を渡っている最中にロバが転倒した。
背中に乗っていた塩の大半が水に溶けてしまい、軽くなったため、その日ロバは残りの道中が楽になった。
その日以降、ロバは川で転倒し続け、楽することを覚えた。
なぜ毎日ロバが川で転倒するのかわからない鉱山の人々がタレスに助けを求めた。
タレスは数日間、ロバの様子を観察し続け、ロバの狙いを理解した。
翌日、ロバの背中に乗せた袋には、塩ではなく海綿(スポンジのようなもの)を入れた。
これまで同様にロバは川でわざと転倒するも、その日は海綿が水を吸い、ずっと重くなった。
何日か海綿を運ばせることで、ロバが川で転倒することはなくなり、元通り塩を運べるようになった。
ロバも賢いですが、その賢さをタレスが逆に利用した、という筋書きの逸話です。
この話が史実かどうかは別として、入念な観察によって原因を探り、その原因に対処するための策を講じるという、タレスに結びつけられた合理的な人物像がよく表れています。
金儲けができることまで示したと伝えられる
あるときタレスは「あんなに賢いのにどうして金持ちじゃないんだ。」という噂を聞き、金儲けを実演してみせたという有名な逸話もあります。
ここ数年、ギリシャで重要な作物であるオリーブの生育が悪く、タレスはそれが気候によるものだと分析した。
そこでその気候が回復する時期を天文学の知識を使って予測し、その直前に近隣のオリーブ園を訪れ、オリーブ搾り器の買い取りを持ちかけた。
オリーブ園は、オリーブの不作でお金に困っていたため、こぞってオリーブ搾り器をタレスに売り渡した。

その直後、タレスが事前に見込んでいた通り、気候は回復してオリーブは大豊作となった。
しかし、オリーブ園は搾り器をタレスに売ってしまっていたため、オリーブオイルに加工できない。
オリーブ園は、タレスから搾り器を借りるしかなかったため、タレスは賃料で大儲けした。
お金儲けもできることを示したタレスは、買ったときと同じ値段で各オリーブ園に搾り器を売り戻した。
この逸話では、タレスは本当にお金儲けをするつもりだったのではなく、あくまで噂を否定するためにお金儲けも可能であることを示した人物として描かれています。
現代の視点から見ると、このエピソードは、今で言う「デリバティブ取引」を連想させる話として紹介されることがあります。
ただし、現代の金融取引と直接つながる制度的な起源と見るのではなく、あくまで似た発想を含む逸話として楽しむのが適切でしょう。
天体観測中に井戸に落ちた
日食の予測を行ったと伝えられるタレスは、恒星の動きにも関心を持ち、夏至や春分を説明する知識を持っていた人物としても語られています。
星空観測への熱中ぶりを示唆する、印象的な逸話も残っています。
ある日、星空を観測していたタレスは、足下がおろそかになり、井戸に落ちました。

その近くを女性が通りかかり、タレスが落ちた経緯を説明すると、その女性から次のようにからかわれました。
「タレス先生ほどの賢い人が、頭上にある遠くの星には注意を払うのに、自分の足下にあるものは見えないんですか?」
この井戸に関する話については、タレスは井戸に落ちたのではなく、自分から井戸の底へ下り、調べたい星以外の光を遮ったという説もあります。
いずれにせよ、この話も史実というより、タレスの天文学への興味の強さや、学問に熱中する人物像を伝える逸話として読むのがよいでしょう。
まとめ
タレスについては、裕福な商人の家に生まれながらも、お金儲けには目もくれず幾何学や天文学に熱中した人物として、さまざまな伝承が残されています。
この記事では、彼が「数学の祖」と呼ばれてきた背景、自然哲学の始まりと結びつけられてきた理由、そして彼の頭の良さを伝える逸話について解説してきました。
- 世界で初めて「証明」を行った人物として語られるが、現在では伝承として慎重に扱う必要がある。
- 日食を予言したという有名な話があるが、正確な予測だったかどうかは断定できない。
- タレスの頭の良さや学問への熱中度合いを表すエピソードは、後世に作られた人物像を反映する逸話として読むとよい。
次の記事では、タレスと並ぶ紀元前の数学者ピタゴラスについて解説します。



タレスって伝説上の人物で、書いた本とかも残っていないのに、どうしてここまでの情報がわかったの?



エウデモス(Eudemos, B.C.307頃-B.C.300頃)が書いた幾何学史に関する本で、約300年間口頭で伝わってきたタレスの業績がまとめられたと考えられているんだよ。
その本は現存していないものの、紀元後のギリシャの数学者プロクロス(Proclus, 412頃-485)が、エウデモスの研究を根拠に著書『エウクレイデス「原論」第Ⅰ巻の注釈』の中でタレスのことを記したため、今に伝わっているよ。だから、タレスの記事を読むときは「確定した事実」ではなく、「後世の文献に残った伝承」として受け止めるのが大切なんだ。




コメント
コメント一覧 (2件)
タレスの日食の予報も、いわゆる「タレスの定理」の証明も、いずれも現時点で認める科学史家は非常に少数派だと思います。その他の逸話は、まあ、ご愛敬だとは思いますが、これらは科学史の流れに関する重要な論点を含みます。たとえば、後者は、論証数学はどういった背景でどのように生じたかに関わる問題で、さしたる根拠もなく小話のネタとして書いてしまうのはいかがなものかと思います。
松本様
お世話になっております。
記事への詳細なフィードバックをいただき、誠にありがとうございます。
ご指摘の通り、タレスの日食予報や定理の証明、また論証数学の成立過程については、現代の科学史・史料批判の観点からすれば、慎重に扱うべき論点であると認識をしております。
紀元前の記事を書いているときには、上記の観点が確かに疎かになっており、信頼できる情報と不確かな情報が混在してしまっているのが現状です。
随時、タレスやピタゴラスをはじめとする紀元前の記事を中心に、リライトをかけてまいります。
当サイトの格調と正確性を高めるために欠かせないご指摘をいただき、心より感謝申し上げます。
引き続き、何卒よろしくお願い申し上げます。
Fukusuke