数学史5-7 ~紀元前の中国(三平方の定理)~

文化史文化史

 紀元前の中国の数学書『九章算術』の第9章は、三平方の定理がテーマとなっていました。
 \(~3:4:5~\)の基本から、難解な文章題まで覗いてみましょう。

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Ⅰ 基本の直角三角形

 バビロニアインド同様、紀元前の中国でも、三平方の定理は使われていました。
 
 『九章算術』9章「句股」の問題のほとんどが三平方の定理に関するもので、辺の長さが全て有理数の直角三角形が登場しています。
 その中の1つをまずは見てみましょう。

『九章算術』9章 問題1

 今、句が\(~3~\)尺、股が\(~4~\)尺である。
 問う、弦の長さはいくらか。

大川俊隆「『九章算術』訳注稿(29)」より引用

 直角三角形の斜辺を「弦」、一番短い辺を「句」、残りの一辺を「股」と言います。
 すなわち、下の図のような最も基本的な直角三角形について述べた問題ということになります。
3:4:5
 当然ながら、弦の長さは\(~5~\)であり、解説には次のように書かれています。

『九章算術』9章 問題1の解法

 句股の術にいう、句・股はそれぞれ自乗し、それを併せて開平方すれば、それが弦の長さである。

大川俊隆「『九章算術』訳注稿(29)」より引用

 「自乗」は2乗のことで、「開平方」は平方根をとることを表します。
 すなわち、
\begin{equation}
弦=\sqrt{(句)^2+(股)^2}
\end{equation}
という式を表しており、「句股の術」は三平方の定理を意味しているとわかります。
 ちなみに、平方根の取り方に関しては、『九章算術』4章に載っていました。
 
 三平方の定理が成り立つ理由までは明記されていないものの、『九章算術」よりも古い『周髀算經』には視覚的な証明の図が洗得られています。

周髀算經の三平方の定理
出典:File:Chinese pythagoras.jpg, Public domain, via Wikimedia Commons

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Ⅱ 三平方の定理の利用

 直角三角形の残りの一辺を求める単純な問題以外にも、円を絡めた問題や自然を題材とした問題までありました。
 
 池の水面から顔を出しているあしの長さに関する文章題を紹介します。

『九章算術』9章 問題6

 今\(~1~\)丈四方の池があり、葭が池の中央に生えていて、水から\(~1~\)尺出ている。
 葭を岸まで引張ってくると、岸とちょうど等しくなる。
 問う、水深と葭の長さはそれぞれいくらか。

大川俊隆「『九章算術』訳注稿(29)」より引用

 状況を2つの図を使って整理すると、次のようなものになります。
九章算術9章問題6図
 ここで、岸までの距離を\(~y~\)尺、水面から出ている葭の長さを\(~a~\)尺とすると、池の水深\(~x~\)尺は次のように求まると書かれています。
\begin{equation}
x=\frac{y^2-a^2}{2a}~~~\cdots ①
\end{equation}
 さらに、葭の長さは\(~x+1~\)で得られます。
 
 そのため、今回の問題の設定では、池の正方形の一辺が\(~1~\)丈\(~=~10~\)尺なので、\(~y=5~\)。
 さらに、\(~a=1~\)も代入すれば、
\begin{align}
x&=\frac{5^2-1^2}{2\cdot 1} \\
\\
&=\frac{24}{2} \\
\\
&=12
\end{align}
となるため、池の水深は\(~12~\)尺(\(~1~\)丈\(~2~\)尺)、葭の長さは\(~13~\)尺(\(~1~\)丈\(~3~\)尺)と求まります。
 
 ここで、\(①\)の証明を考えてみましょう。

\(①\)の証明

 九章算術9章問題6 式の証明
 上の図で、三平方の定理を使うと、
\begin{align}
(x+a)^2&=x^2+y^2 \\
x^2+2ax+a^2&=x^2+y^2 \\
2ax&=y^2-a^2 \\
x&=\frac{y^2-a^2}{2a}
\end{align}

 現代の代数的なアプローチを施せば、特に難しい計算をすることなく証明ができました。
 ただ、紀元前の中国で\(①\)の式が導出されるにあたっては、幾何的に考えたという説もあります。


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Ⅲ ピタゴラス数の求め方

 バビロニアのように、ピタゴラス数(\(~a^2+b^2=c^2~\)をみたす自然数の組\(~(a,b,c)~\))の表までは残っていないものの、ピタゴラス数を発見するための考え方が読み取れる問題がありました。

『九章算術』9章 問題14

 今二人が同じ所から出発する。
 甲の速さは\(~7~\)、乙の速さは\(~3~\)である。
 乙は東に行き、甲は南に\(~10~\)歩行ってから東北方向へ斜めに向かうと乙に会った。
 問う、甲・乙の行った道のりはそれぞれどれだけか。

大川俊隆・田村誠「『九章算術』訳注稿(30)」より引用

 状況を図で整理してみましょう。
九章算術9章問題14状況図
 『九章算術』に即した解法で解いてみます。
 

『九章算術』9章 問題14の解法

 乙の道のりを\(~x~\)歩、甲の南方向への道のりを\(~y~(=10)~\)歩、甲の北東方向への道のりを\(~z~\)歩とする。
九章算術9章問題14 解説
 このとき、速さの比から、
\begin{equation}
y+z=\frac{7}{3}x ~~~\cdots ②
\end{equation}
であり、三平方の定理から
\begin{equation}
x^2+y^2=z^2 ~~~\cdots ③
\end{equation}
という2本の式ができる。
 
 \(~x=3 \cdot 7v~\)(\(~v~\)は定数)とすると、\(②\)は
\begin{equation}
y+z=7^2v ~~~\cdots ② \prime
\end{equation}
となる。
 
 また、\(③\)より
\begin{align}
x^2&=z^2-y^2 \\
x^2&=(z+y)(z-y)
\end{align}
で、\(~x=3 \cdot 7v~\)と\(~② \prime~\)を代入すると、
\begin{align}
3^2 \cdot 7^2 v^2&=7^2v \cdot (z-y) \\
3^2v&=z-y ~~~\cdots ③ \prime
\end{align}
となる。
 
 よって、\(~② \prime-③ \prime~\)と\(~② \prime+③ \prime~\)をすることで、
\begin{align}
y=\frac{7^2-3^2}{2}v~&,~z=\frac{7^2+3^2}{2}v \\
\\
y=20v~&,~z=29v
\end{align}
が求まり、\(~y=10~\)より、\(~v=\displaystyle \frac{1}{2}~\)なので、
\begin{equation}
x=\frac{21}{2}~,~z=\frac{29}{2}
\end{equation}
と求まる。
 すなわち、甲は\(~14~\)歩半、乙は\(~10~\)歩半である。

 実はこの解法の中に、ピタゴラス数を見つけるヒントが隠されていました。
 
 速さの比率を\(~7:3~\)から\(~a:b~\)にすると、\(②\)の式は、
\begin{equation}
y+z=\frac{a}{b}x
\end{equation}
となり、\(~x=b \cdot a~\)とすることで、
\begin{equation}
y+z=a^2~,~z-y=b^2
\end{equation}
が出てくるので、
\begin{equation}
y=\frac{a^2-b^2}{2}~,~z=\frac{a^2+b^2}{2}
\end{equation}
が求まります。
 
 すなわち、\(~a > b~\)を満たす自然数の組を使えば、ピタゴラス数\(~\displaystyle \left( ab~,~\frac{a^2-b^2}{2}~,~\frac{a^2+b^2}{2}~\right) ~\)が求まるということです。
 
 バビロニアでは、 \(~ab=1~\)と固定することで逆数表を活用し、\(~a > b~\)の組を考えていましたが、その基となっている式は中国でも同じであったということがわかりました。


 葭の問題、今の中3の教科書の応用問題とかに載っていてもおかしくないね。
ふくすけ笑顔
 うん。漢文と数学のコラボ問題ができそうだよ。
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◇参考文献等
・張替俊夫「『九章算術』訳注稿(29)」,< https://core.ac.uk/download/pdf/229489192.pdf
・大川俊隆・田村誠「『九章算術』訳注稿(30)」,< https://osu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=2016&item_no=1&page_id=13&block_id=21よりダウンロード>
・ヴィクターJカッツ著,上野健爾・三浦信夫監訳,中根美知代・高橋秀裕・林知宏・大谷卓史・佐藤賢一・東慎一郎・中澤聡訳(2009)『カッツ 数学の歴史』,pp.39-41,共立出版.
・中村滋・室井和男(2015)『数学史ーー数学5000年の歩み』,pp.135-137,共立出版.
・三浦伸夫・三宅克哉監訳,久村典子訳(2018)『メルツバッハ&ボイヤー 数学の歴史Ⅰー数学の萌芽から17世紀前期までー』,p.194,朝倉書店.
・中村滋(2019)『ずかん 数字』,pp.70-77,技術評論社.
・ジョニー・ボール著,水谷淳訳(2018)『数学の歴史物語』,pp.167-183,SB Creative.

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Posted by Fuku