【数学史6-6】キオスのヒポクラテス~三日月図形がもたらす歴史的な意味を解説!~

当ページのリンクには広告が含まれています。
6-6 アイキャッチ

 三日月図形の研究で有名な古代ギリシャの数学者・ヒポクラテス。

 彼は当時のギリシャで話題となっていた三大作図問題について取り組み、以下のような成果を上げました。

  • 円積問題解決のため、三日月図形の研究をした。
  • 立方体倍積問題解決のための方針を、幾何平均によって与えた。

 この記事では、ヒポクラテスの数学の功績だけでなく、人生年表や活動場所、有名なエピソードを解説。

 三日月図形のような曲線図形の面積が求められたことは、世界で初めてのことでした。

この記事で主に扱っている時代と場所
時代紀元前470年頃~紀元前410年頃
場所ギリシャ
この記事を読んでわかること

ヒポクラテスの生涯

 キオスのヒポクラテスHippocrates , B.C.470頃-B.C.410頃)は、後に「ヒポクラテスの三日月」と呼ばれる図形を研究した、古代ギリシャはキオス島出身の数学者です。

 同時代に医者のヒポクラテスがいたため、出身地で区別して「キオスのヒポクラテス」(以下:ヒポクラテス)と呼ばれています。

<図1> キオスのヒポクラテス
(出典:学生バイブ TVW, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)

ヒポクラテスの年譜

 ヒポクラテスが生きていた時代の歴史は、紀元前4世紀頃まで口頭で後世へと伝わったため、細かな情報までは残っていません。

 また、タレスピタゴラスと違って情報も少ないです。

ヒポクラテスの年譜
B.C.470年頃

イオニア地方のキオス島で生まれる

若い頃

キオス島で商人として暮らす

B.C.430頃

アテネに引っ越し、幾何学の研究をする

 海賊に全財産奪われたことをきっかけにアテネで暮らすようになった。

アテネにて
B.C.410頃

 アテネにて死亡

ヒポクラテスの活動場所

 ヒポクラテスの誕生の地であるキオス島は、タレスの出身地ミレトスや、ピタゴラスの出身地サモス島と同様、自然哲学が発展したイオニア地方にありました。

 海賊に襲われたことをきっかけにアテネに移り、そこで幾何学の研究をして過ごしました。

 ビザンツでは、税関に騙されて大金を失ったというエピソードもあります。

コメント

コメントする

CAPTCHA


この記事を読んでわかること