哲学者ゼノンのパラドックスはなぜ生まれた?ゼノンが後世に与えた影響とは?【数学史6-7】

当ページのリンクには広告が含まれています。

 古代ギリシャで活躍した哲学者ゼノン

 彼は哲学者でありながら、その優れた思考力によって、矛盾や逆理とも訳されるパラドックスを当時の数学者たちに提起しました。

 生涯で約40個ものパラドックスを作りましたが、その中でも「二分法」「アキレスと亀」「飛んでいる矢」「競技場」の4つは「運動のパラドックス」と総称されるほど有名です。

 この記事では、ゼノンの生涯や彼が提起したパラドックスの概要について紹介します。

この記事を書いた人

Fukusuke(ふくすけ)
数学史の先生

  1. 現役の中学・高校数学教員
  2. 重刷、ブログ累計200万PV達成
  3. 行間がなくなるほど丁寧な式変形で執筆中
  4. つむぎびより」「TSHファン」SEO監修
この記事を書いた人

Fukusuke(ふくすけ)
数学史の先生

  • 現役の中学・高校数学教員
  • 著書2冊は発売1ヶ月で即重刷
  • 当数学史ブログは累計200万PV達成
  • 行間がなくなるほど丁寧な式変形で記事を執筆
  • つむぎびより」「TSHファン」のSEO監修を担当

』『』好評発売中!

この記事を読んでわかること

ゼノンの生涯:紀元前5世紀のエレアで活躍

 ゼノン(Zeno , B.C.490頃-B.C.430頃)は、当時のギリシャ数学を先導していたミレトス学派に対して、パラドックスを提起した哲学者です。

 彼の存在は、後のギリシャ数学に無限を扱う事の難しさを残しました。

ゼノン
ゼノン
(出典:Jan de Bisschop, CC0, via Wikimedia Commons)

ゼノンの年譜

 ゼノンが生きていた時代の歴史は、紀元前4世紀頃まで口頭で後世へと伝わったため、細かな情報は残っていません。

 彼の功績はプラトンアリストテレスの著作によって後世に伝わっています。

ゼノンの年譜
B.C.490年頃

イタリア半島南部の町エレアで生まれる

B.C.430頃

ゼノンの活動場所

 イタリア半島南部のエレアで生まれ、エレア派の創始者であるクセノファネスやパルメニデスと交流し、エレア派の考えを支持しました。

 ゼノンは哲学者でありながら、ミレトス学派(ミレトスタレスサモス島ピタゴラスアブデラデモクリトスなど)に対し、運動におけるパラドックスを提示して論争を吹っ掛け、その後のギリシャ数学に影響を与えました。

 晩年、ゼノンはエレアの僭主(市民に支持された独裁者)に反抗し、死刑となりました。

このブログの参考文献

 書名をタップすると、当ブログの本の紹介ページに移動します。

 書名をクリックすると、当ブログの本の紹介ページに移動します。

コメント

コメントする

CAPTCHA


この記事を読んでわかること